07-08
「ミル?どこなの?」
答えが固まったナナは、早速ミルを探してみるものの見当たらない。いつもみたいにウィードの教官室にいるものと思われたが、当てを外してしまったようだった。
「まったく、こういう時に限ってどこか行ってるんだから。」
『いつでも連絡して』とは一体何だったのか。
口では立派なことを言いながら随分といい加減なものだと、ナナは不満を垂れつつ、校舎内を探しているとウィードに出くわした。しかし、その傍らにもミルの姿はなかった。
「ちょうど良かったわ。ウィード、ミル、知らない?」
「お嬢様か?それならば塔の…いや、黒魔研に寄ると言っていたが。」
「黒魔研?そう、ありがと!」
そういって走ろうとするものの、ぴたりと足を止め、再びウィードの方に向かっていく。
「まだ何か用か?」
「……今のは取り消しだから!」
「取り消し?」
彼の胸元をつかんで宣言すると、ナナは再び走りだした。
(まったく、ウィードにお礼を言うとは不覚だわ!)
意味も分からず立ちすくすウィードは放っておく。それにしても黒魔研とは。
(どうしてあんな所に?よりにもよって一番隅っこの遠い場所じゃない!)
そんな暗くじめじめとした陰湿な場所に王女様とあろうものが何の用があるというのか。
(まさか、あの怪しいレド達の一味だったりしてね。)
とはいえ、そうであったのならば、ミユまで怪しくなってしまう。
(……ま、何にでも例外はいるってことで。)
ナナは、都合が悪い部分をはぐらかしながら、黒魔研に向かってみることにした。
(いた!)
ミルはそこにいた。研究所からちょうど出てこようとしていた彼女をナナは捕獲する。
「探したわよ、全く。なんでこんなところに。」
「なにかおかしいことでもある?」
「だってここ、黒魔研よ?怪し~い施設じゃない。何の用があるのよ。」
場合によっては記憶を消されてしまうかもしれない、怖い場所だ。ナナはさっきまで忘れていた研究所の恐ろしさを力説した、が。
「忘れたの?私はこの国の王女よ?国の研究を知っておくのは、むしろ王族としての務め。自国の研究に怪しいもなにもないわ。」
「う~ん?」
確かに、一理あるような気がする。一言で論破され、唸るナナ。
「そんなもんかなぁ、」
「そんなもんよ。それより、目的はこれでしょ。」
と、これ見よがしにミルはチケットを取り出した。
「何これ?」
目を凝らしてよく見ると、それはセントラル行を示す飛行船チケットだった。
「く、くれるの!?」
時価にして30万バルダはする代物である。思わずナナの全身が震えた。
「セントラルに来てくれるんでしょ?それとも、まさか、徒歩で行くつもり?」
「そんなわけないじゃない。……でも高価なんじゃないの?」
通常、ナナのような庶民が利用するのは運搬用の馬車ぐらいだ。魔法と交通の発達により以前よりは早く移動できるものの、それでも2日はかかる。護衛依頼を受けていけばちょうどいい小遣い稼ぎにもなるのだが。
「別に遊びに行くわけじゃないのよ。のんびりとセントラルに行くわけにもいかないじゃない。」
「……なんか裏があるんじゃないでしょうね。」
只より高い物はない。ナナは疑り深い性格ではなかったけれども、こういう状況はつい疑ってしまう。
「裏?そんなものないわよ。」
「本当にぃ?」
怪しむナナ。
「本当よ。それに、あったとしても私は王女よ。あなたが答えてくれれば、私も答える義務がある。だから安心して。それは……」
義務。その言葉にピンときたナナは、ミユに教えてもらった言葉を先に発した。
「ノブレスオブリーシュ、でしょ?」
ミルの体は固まった。まるで、言おうとしていた言葉が今まさに先に取られてしまったと言わんばかりに。
「……愛、よ。」
「あい?」
「汝、隣人を愛しなさい。」
ナナは訝しんだ。こんな時に愛なんて無関係なことを言い出すのは何か誤魔化しているからに違いない、と。
「ちょっと待って。今、言葉を変えたでしょ?」
「……変えてないわよ。」
「変えた!」
ナナとミルは言い争った。「変えた」「変えてない」といった押し問答が続く。
「だから、変えてないわよ。汝、隣人を愛しなさい。そうすれば、私も隣人であるあなたを愛します。」
(なるほど、そう来たか。)
偉そうに言っているが、義務という言葉を別の意味に変えただけ。結局、先に言われたことが悔しいだのだと、ナナは判断したが。先に意地悪をしたのは自分でもある。その先は言わないでおいた。
「大丈夫よ。ミユもシアも、愛してる。もちろん、この学園全体もね。だから、私はいくと決めたの。文句ある?」
「いいえ、上出来よ。」
と、ミルはチケットをナナに手渡した。
「これは、約束の代金として先に渡しておくわ。日時はこちらで指定する。それとも、都合がつかない日はある?」
「全然平気!何なら、公休にしてくれるといいんだけど。」
「問題ないわ。これで契約成立ね。」
ミルが念を押すと、二人は成立の証としてがっちりと握手した。そして、ナナは大事そうにそれを制服の胸ポケットにしまうのであった。




