35 ナイトメア・ビフォア・バースデー・4
【注意】今回、軽度の性的な描写があります。全年齢どまりですが、苦手な方はお気を付けください
気付けばベッドのなかだった。
童貞諸君、知ってたか?
キスってめちゃくちゃ顔を近付けるから、相手の口元なんてろくに見えない。
ちなみに俺は今知った。
逃げる俺の後頭部に、真理子さんの手がまわる。怖くないと言うように、あるいはあまえるみたいに鼻がすりよって、でも次の瞬間には歯と歯がぶつかった。がち、という色気も情緒もない音のあとに、ふ、と吐息だけで笑う気配。
「……ふ、…ぅ……ん、んっ……。……ねえ。キス、嫌い?」
「ち、が……」
「だよね。口元の筋肉ががちがちだもの」
どう息継ぎしていいかわからない俺を見かねたのか、ようやく唇と唇が離れる。
離れ際に下唇をかるく甘噛みされて、最高に脳髄が痺れた。
「まりこ、さん、」
「相田くんはこういうの初めて?」
「当たり前……って、そうじゃなくて、携帯が、」
最初こそ話題逸らしだろうと鼻で笑った彼女も、すぐに携帯が鳴っているのに気付いたようだ。やわらかいカーペットから、かすかな振動音がしている。アラームなのか着信なのか、俺の社用なのか彼女の私物なのか、押し倒された体勢ではわからなかった。
彼女は気だるげに髪をかきあげると、おもむろにキスを再開する。
「まっ……ん、んんッ……携帯……鳴っ……ぁッ……」
「キスに集中して」
肩を押しのけようとした手は逆にとられ、恋人繋ぎにされた。
俺の緊張しきり汗まじりの手が、彼女のしっとりした肌膚に驚くほどあっさり馴染んでいく。
ぶっちゃけよう。俺もごくごく一般の健全な男だ。洋画のラブシーンやアダルト動画には、常日頃、大変お世話になっている。
けれどモテたいけどモテないキャラを売りに――まあ実際その通りなんだが、とにかくそういう路線で生きてきたわけで、風俗店に行ったことはない。
でもさすがに童貞のまま一生を終えるってことはないだろうという謎の慢心だけはあって。だから、つまり、その、なにかというと、真理子さんやグラビアアイドルあたりで脳内予行練習してきたわけだ。
でも実際に本番がきてしまえば、そんなものクソの役にも立たない。
洋画はこうだったな、アダルト動画だとこうしてたな、なんて綺麗さっぱり消し飛んだ。
ただ密着した肌がめちゃめちゃやわらかくて、なのに弾力もあって、真理子さんがキスの角度を変えるたびに緩いウェーブのかかった髪がふわふわ動いて、それが妙に新鮮っていうか、ああ女の人なんだなって今更ながらに痛感して。
あとやっぱりめちゃめちゃあまい匂いがして、髪の毛がてっぺんからふわふわするなら、香りは足元から湧きたつみたいだった。
馬鹿だろ?
女性が髪をなびかせるなんて漫画やドラマじゃよくあるシーンだ。
マザーグースだって百年以上前から「女の子は砂糖とスパイスと素敵なもので出来ている」って言ってる。
なのに俺は今の今までなんにも結びつけちゃいなかった。
俺が男で――真理子さんが女なんだってこと。
「いや駄目だってマジで、こういうの洒落にならねえから……!」
「どうして? 私じゃ勃たない?」
「違う! だからできるできないじゃなくてだな、」
「うん、わかってる。しっかり反応してるもの」
ようやく引き剥がしたとおもえば、熱をおびた下半身を探られた。
交歓のあいだにジャケットのボタンは外れていて――そのせいで窮屈そうなのが一発で丸わかりだ。そこをズボン越しとはいえ、ぐっと押さえられ、おもわず変な声がでた。
「あ、また大きくなった。でももうすこし我慢して」
「いやだから待っ……!」
真理子さんはあっというまにベルトを外し、ズボンの金具に触れる。そのまま引き下ろされるのかと思いきや、予想外に――金具が咥えられた。
キスのせいでたっぷり濡れた唇が、そこから覗く白い歯が、かちりと音をたてて金具を食む。そのまま上目遣いに、ゆっくりと引き下ろしていく。
うわ、なんだこれ、なんだよこれ……!
これ夢か? いや夢じゃないけど。夢じゃないから。つまりドッキリだよな? そろそろ「はい、カーット!」ってリビングからカメラ持った男が笑いながら押しかけて――
「…………あ?」
……その声は、俺じゃなかった。
当然、真理子さんでもない。
寝室の入り口に立ちすくむ、今にも血管が破裂しそうなほど怒り狂った男のもので。
「なァにしてんだテメエら! ふざけんじゃねえぞ!」
男は手にしていたスマホを真理子さんに投げつけた。
真理子さんは額から血を流しながらベッドから転げ落ちる。それがさらに加虐心を煽ったのか、男は俺がもってきた社内パソコンをつかむと、配線もそのままに打ちつけた。
「きゃあっ……!」
「真理子! テメエ! 昼間っから男咥えこむたァ、いい度胸してんじゃねえか!」
「ご、ごめっ、ごめんなさっ……!」
一面、文字化けで埋め尽くされた液晶画面に、砂嵐のノイズが入る。
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男がパソコンで殴打するたびに、真理子さんの血飛沫がついて。
「ちょ、ちょっと待てよ! やめろって――……」
「あァ? テメエもだ! 人のオンナに手ぇだしてんじゃねえぞコラァッ!」
男――大城戸はパソコンを取り落とすと、俺が広げていた出張キットからスパナをつかんだ。現物を持ち帰れず、また破損して歪んだ本体からハードディスクを救出することも多い仕事柄、保険として忍ばせていたものだ。
「いいか、真理子は俺が買った! 借金まみれで風俗落ちしてるところをな、俺が五百万で買ってやったんだ! ――俺のもんなんだよッ!」
大城戸は鬼の形相でスパナを振りあげた。
避けようとしたが、ズボンがずり落ちたせいでよろめく。その一瞬が命運をわけた。
「がッ……!?」
痛い。熱い。なんだこれ。殴られたのか?
まるで悪酔いしたみたいに景色がぐるりと一転する。狭く、赤く染まった視界のなかで、額に手をあててうめく真理子さんと、文字化けしたパソコン画面が映りこむ。
絶叫とともに、ふたたび針のように鋭い熱が走った。なんだと思うまえに水をかぶって。傷口が滲みて。野生動物みたいな凄い声が響く。違う。これは俺の声だ。――俺の悲鳴だ。
また血飛沫が増えた。破片も飛んできた。植物の茎と、ばらばらになった花弁も見えた。
その向こう側で、真理子さんが泣いている。泣きながらなにかを言っている。叫んでいる。でも聞こえない。ョ雖梧が諢溘′髱吶∪繧九?繧。どんどん視界が暗くなっていって。熱いのか寒いのかもよくわからなくて。真理子さん。俺。俺は。蜚セ譽?☆縺ケ縺阪%縺ィ繧定ェャ。
――暗転。
主人公の過去(前世)はここで終わりです。お付き合い感謝~! 次回からまたリリィやばにーちゃんたちの世界にもどります。今回もお読みくださりありがとうございました!!!!!




