36 ただいま今世
「――う゛、え……ッ」
吐いた。
ぶちまけたのは赤――ではなく白っぽい液体。
キングサイズのベッドとふかふかのカーペットはどこぞへ消え去り、膝をつくのもご遠慮したい硬めの床材にかわっていた。
饐えた臭い。未消化の食べ物。心配そうに背中をさするリリィとアリアさん。固唾を呑んで見守る背後の気配。
ああ。そうか。
あのとき俺は死んで。殺されて。
だからこの世界に〝転生〟したってことなのか。
「彼になにをしたの?」
「おっと、そんな怖い顔しないでほしいな! ただ臨終の一部始終を追体験させただけさ。誓って精神汚染や精神攻撃はしてないぜっ☆」
「でも……っ」
「――いや、いい。アリアさん、ありがとな。他に方法なかったのかよとは思うけどさ。こんな荒療治でもなけりゃ受け入れられなかったと思うんだ」
――……相田双太はもう死んだんだってことを。
シャツをまくりあげ、汚れたくちもとを覆うことで、その一言を押し殺した。
「リリィも、ごめんな」
「……え? ……な、なんでソータが謝るの?」
「俺のこと魔王じゃないって……もし魔王だとしても絶対に悪いやつなんかじゃないって、ずっと言ってくれてただろ。でもこの世界に〝転生〟して――〝人間〟の姿してるってことは、やっぱそういうことなんだよ」
――俺は魔王だ。
人前でそう叫んだりもした。
異世界転移したことを除けば、ごくごく普通の一般人だという確信があったからだ。
魔法が使えるのも、リリィたちの言葉や文字がわかるのと同じだって。そういうものなんだろうって。そう思っていたからだ。
でも違った。俺は死んでたし、生まれ変わってた。この世界でSEMから生まれて。だからきっとたくさん女の子を喰らって。その屍のうえに今の身体を築いて――……
「にっしし。それなんだけど、キミちょっと特殊なんだよね~。ほら最初に言ったじゃん? 生まれたばかりってさ!」
生まれたばかり? 言ってたかそんなん。いつ。いつだ。
ここに来て。ばにーちゃんが現れて。エリザヴァトリの仲間だと勘違いして。魔法を発動させようとして。
『にっひっひー。まあキミは生まれたばかりだから知らなくて当然かな? これは〝エヴァ・エッセンス〟。極限まで魔力をあつめ、凝縮したもの――いわば魔力のかたまりさ!』
…………あのときか!
「どういうことだよ……!?」
「どういうこともへちまもないさ、ログがそうなってるってこと。生まれてからまだ二十四時間も経ってないね~☆」
「――そんなはずないわ」
ふたたびアリアさんが鋭く斬りこんだ。
俺が聞きたかったことを、俺以上の知識でもって問いかける。
「魔獣が完全な人の姿を得る……魔王になるには、すくなくとも千人以上の魔法少女を喰らう必要がある。たとえ〝魔女〟だけを喰らったとしても何百人。時間的に考えて不可能よ」
「うんうん、その質問はもっともだ! だからここからはあたしの推測になるんだけど――そこの彼、別の誰かの身体を〝複製〟しているね?」
他人の身体を複製している。
頭が真っ白になった。
言われた意味がさっぱりわからなかった。
いや日本語はわかる。理解できる。だがあまりに脈絡がなさすぎて意図が汲めない。
「待って、ばにーちゃん! それは論理が破綻しているわ! もし彼が〝誰かの身体を複製する〟魔法の持ち主だとしても、その魔法を得るための時間が――……」
「おおっと! 勘違いさせて悪いね、キッカ。あたしはこの新人くんが〝誰かの身体を複製する〟魔法の能力者と言いたかったわけじゃないのさっ! だってそういうことができそうな魔法は、とっくに売り切れてるからね☆」
魔法が売り切れている。
また意味不明な理論に目を白黒させていると、おもむろにばにーちゃんは右手を垂直にかざし、真横に薙いだ。
たちまち六角形がふたつ宙にうかぶ。
「生まれたての赤ん坊にもわかるよう、キミの世界になくてこの世界に存在するもの――魔法についてちょっぴし話そうか。魔法には〝属性〟と〝稀少度〟って概念があるよ☆」
六角形それぞれに「属性」「稀少度」の文字が表示された。
ばにーちゃんの指先が「属性」を押す。ぴこん、とやたらポップな音とともに、さらに五つの六角形が現れた。
「属性はぜんぶで五種類。火属性、地属性、風属性、水属性、そして無属性だね。――新人くん、キミはこの無属性の魔法を有している」
「う、うつろ……?」
「そうさ。他の属性はレアリティがR、SR、SSRの三種類もあるんだけどね。おめでとう! この無属性だけはSSRしかない。最強の属性なのさ!」
ばにーちゃんが、今度は「稀少度」を押した。
さらに投射された映像が更新される。
・属性
火属性
地属性
風属性
水属性
無属性
・稀少度
R
SR
SSR
まだ理解できる。魔法の属性なんて昔やったゲームにありがちだし、レアリティはいかにもソシャゲっぽい。
重要なのはここからだ。
「さて、お待ちかねの本題だ! あたしはSEMのために作られた人工知能だから、今までの調査で以下のことが判明しているよっ☆」
ぴろりん。安っぽい音が鳴り響き、さらに映像が更新された。空中に、要点のまとまった六項目がうかびあがる。
・すべての魔法名と能力内容は固定である
・すべての魔法は5つの属性と3つのレアリティに分類される
・魔法は上位レアリティに進化する可能性がある
・一度発現・進化した魔法のレアリティがさがることはない
・ひとりの人間が複数の魔法を発現させることは有り得る
・すべての魔法はひとりしか所有できない
「見てもらいたいのは一番最後――すべての魔法はひとりしか所有できないってところだね。たとえば、今この瞬間、リリィは〈オモチャの怪獣〉って魔法を持っている。だから彼女が生きているかぎり、他の人間が〈オモチャの怪獣〉を発現することはないのさ」
なるほど。売り切れているという言葉の意味がわかった。
複製魔法がすでに誰かのものなら、俺に授かるわけないって話だ。
とにかく今の説明で、俺が最も気になったのは。
「ばにーちゃん、この調査結果って、つまり……!」
「おおっと、ご明察っ! あたしはすべての魔法データを参照できる。だから当然キミの魔法がどういう名前、どういう効果なのかも把握ずみだし、
これこそ〝キミが生後零日の魔王たる事態〟を解明する糸口だと睨んでいるねっ☆」
魔法ざっくり説明回でした! 今回もお読みくださりありがとうございます~~~!ヾノ。ÒㅅÓ)ノシ




