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07.一躍有名人

 種を拾い上げて、力を1あげた。

 そうしてから、イヴの方を向く。


 イヴはほぼ完全に身を乗り出していた。ウサミミがぴょこぴょこしている。

 自分が隠れてる事も忘れて、おれの事を見つめている。

 どうしたんだ? いきなり。


 そんなイヴと目があった、彼女は思い出したように、慌ててまた隠れた。


「いや遅いから。というか耳やっぱり隠れてないから」

「――っ!」


 ウサミミがぴょこん! と硬直した。

 おいおい、耳は隠れてるつもりだったのか。


 イヴは観念して角から出てきた、おれの所にやってきた。

 おれの前にたって、恨めしげに見あげてきて、チョップをおもむろにはなった。


 ぺちっ。


 前以上に痛くなかった。

 すねてる照れ隠しに見えるのは気のせいだろうか。


「それ、なに?」

「それ?」

「さっきのドロップ」

「……ああ」


 はて、なんと言ったらいいのだろうか。

 状況的に、集めた情報を総合的に判断して、ドロップSのおれだけがこうなるってのはもうほぼほぼ確信している。

 それを話していいものか悩んだ。


 経験上、「おれだけ」「あなただけ」というのは信用しない、やらないことにしている。

 仕事やってるとそれはかなり使える魔法の言葉だが、詐欺臭くなるし、ばれたら色々と面倒臭い事になる。

 そういうのは出来るだけ言いたくない。事実だとしても。


 さて、どうするかな。

 うーん、イヴはおれをじっと見つめてる。


 じー。

 じー。

 じー。


「じー」

「自分で言うなよ!」

「……」


 またじーっと見つめてくる。

 これはあれだな、言わないといつまでも終わらないパターンだな。

 しかたない、ここは――。


「ニンジン、まだ?」

「そっち!? さっきの話はどこいったの!」

「ニンジンないと」

「な、ないと?」


 ごくり。

 なんかまずいのか?


「目があかくなる」

「うさぎっぽいな!」

「こんな風に」

「見開きすぎて充血してるだけじゃん!」

「でっどおあにんじん」

「命に関わるのかよ!?」


 はあ……。

 ツッコミ過ぎて一気にどっとつかれたよ。

 いやまあいいけど、ドロップと種の事がスルーされたからいいんだけど。

 それでも一気に疲れたよ。


「ニンジンは午後からだ。昼過ぎにテルルの方に行く予定だから、ニンジンはもう少し待って」

「本当?」

「本当だ」

「わかった」


 イヴはあっさり納得して、きびすを返して去っていった。

 また隠れてばればれの耳出しをするのかって思ってたけど、本当にいなくなった。


 ニンジンさえあればいい……のか?


     ☆


 午前中はニホニウム地下二階で力をFからDまであげて、午後はテルルの同じく地下二階でニンジンを狩った。


 力が上がったおかげで、あきらかに眠りスライムが倒しやすくなったのを実感した。

 武器の竹のヤリを失ったのにもかかわらず、効率は昨日よりも上がった。

 そのせいで一つ問題が生じた。


 定時よりちょっと前に、微妙にもう一往復するには足りない程度の大体4時くらいの段階で、

 ドロップしたニンジンが昨日よりも多くて、持てないくらいになっていた。


     ☆


 燕の恩返しにやってくると、イヴが既に待ち構えていた。

 買い取り客でごった返しになってる店内で、ひとりちょこんと座ってるイヴはものすごく目立っていた。


 自前のウサミミにバニースーツ姿の彼女のまわりだけ、ぽっかりと空間が空いたように誰も近寄らない。

 なんでだろうと思いつつニンジン担いで近づいていくと、まわりがざわざわした。


「だれだあいつ」

「しらない、無名の新人じゃないのか?」

「無知って怖いねえ、キリング・ラビットに自分から近づいていくなんて」


 なにがどうしたんだ? って不思議に思いつつ、イヴに話しかけた。


「はい、ニンジン」


 そういってニンジンを差し出すと、まわりが更にざわざわした。


「馬鹿な、ニンジンだと」

「あいつわかってるのか? 誰に何をしてるのか」

「可哀想に、頭ザクロだよ、あの坊や」


 またざわざわする。本当なんなんだ。

 と思ってたら、イヴにちょっぷされた。


「なんだよ、ニンジンあげたのに」

「低レベル、嫌い」

「そっちかよ。まあそれはしょうがないか」


 レベルは上がらないんだから。

 いやどうだろう、HPとか力とかが上がる種があるんだから、ニホニウムの下の階にレベルごと上がる何かがドロップされてもおかしくない。

 ま、それはそのうちだな。あればラッキーって程度に思っとこ。


 そんな事を思ってると、イヴはニンジンをかじり出した。

 両手でもって、ガジガジガジ。

 まるでハムスターとかリスとか、そういう齧歯類の様な食べ方だ。


 スマホとか持ってたら写真撮ってツイッターにアップ――いや動画であげてるだろうって位かわいかった。


「どうだ」

「ニンジンだいしゅき」

「そうか」


 そりゃよかった――と思ってたら。


「な、なんだと!」

「あのイヴが」

「キャロットジャンキーが受け入れるニンジンだと!?」


 またざわざわし出した、さっきまでのと微妙にちがうざわざわだった。


 さっきまではなんというか呆れたり同情したりというのがほとんどだったけど、今のは驚愕だった。

 なんなんだ一体。


 何がどうなってるのかちっとも分からないから、放置して残ったニンジンを買い取ってもらうことにした。


 開いてるカウンター――ちょうどエルザのところが開いてるから、彼女の所にむかった。


「こんにちは、今日も頼むよ」

「リョ、リョータさん。あれは一体」

「あれって?」

「あの人と知りあいだったんですか?」

「あの人?」


 エルザの視線を追いかけていった、その先にイヴがいた。

 イヴはまだニンジンをガジガジしている。


「イヴの事か? 知りあいというか、まとわりつかれてるっていうか」

「まとわり!?」

「ごめん言い方悪かった。さすがにそれはないわな。ニンジンで餌付けしたら懐かれた」


 この言い方もどうかと思うけど、いまのイヴ、あんなに可愛らしくニンジンかじってるのをみてると、この言い方の方がふさわしいって思えてくる。

 ニンジンで餌付けしたら懐かれた。

 うん、こっちのが正しい。


 おれ的に正しい事をいったつもりだが、まわりはさらにざわざわして、エルザも信じられないものをみるような目を向けてきた。


「どうしたんだ?」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 エルザは慌てて、一旦奥に引っ込んだ。

 まわりがざわざわしてる中、彼女を待つ。

 一体どうしたって言うんださっきから。


 エルザはすぐに出てきた、表情が少しだけ普通に戻ってる。


「お待たせしました、マスターに確認しました」

「確認って何を?」

「そのニンジン、倍額で買い取らせてもらいます」

「えええええ!? 倍? 倍ってうぇえええ!?」


 なんだ、何が起きたんだ一体。


「どうですか?」

「いやそれはいいんだけど……あっ」


 振り向き、イヴをみる。

 ニンジンをかじり終えた彼女はまだ物欲しそうに、おれが持ってる残ったニンジンを見つめてくる。


「あれのおかげ?」


 エルザはこくこくと頷いた。


     ☆


 イヴ・カルスリーダー。


 自前のウサミミとバニーガール姿がトレードマークの冒険生産者だ。

 必殺のエクスカリバーは一見可愛らしく見えるが、当てた一秒後にタイム差で爆発的なダメージを与えるわざとしても有名。

 その威力は山をも真っ二つにするともっぱらの噂。


 一方で、ニンジンソムリエとしても有名。

 シクロにある五つのダンジョン、ニンジンがドロップする7の階層を全て踏破していて、特にビスマス19階のニンジンは、モンスターの倒し方も含めて彼女しかとれないことでかなりの希少価値がある。

 口癖は「でっどおあにんじん」、まずいニンジンを喰わせたせいで犠牲になったものも少なくない。


     ☆


「なんというか、情報が多すぎてついていけねっす」

「とにかくイヴさんが認めたニンジンはすごく珍しいんです」

「ってことは彼女に礼をいわなきゃだめだな」


 ニンジン買い取りで手に入れた15000ピロをみる。

 ざっくり昨日の倍額の収入を得られたのは間違いなく彼女のおかげだ。


「お礼よりニンジン」

「うお! どこから現われてるんだあんたは」

「どこって、お股の間」

「子供かあんたは! そんな所からじゃなくて普通に話しかけてくれ」

「それよりニンジン」

「明日な」

「明日?」

「今日はもう定時、上がりなんだ」


 定時上がりはエミリーとの約束、それは守る。


「かえるの?」

「ああ」

「うぅ……」

「そんな顔してもダメだ。今日はもう働かない」

「……どうしても?」

「どうしても」

「ケチ」

「ケチで結構」

「低レベル、嫌い」


 チョップされた。


「それは今関係ないだろ」

「ふん、だ」


 イヴは唇を尖らせて、店から出て行った。

 彼女がいなくなったのと同時に店の中の空気が弛緩した。

 おいおい、どんだけなんだ。


 まあいい。

 おれもたって、エルザに別れを告げた。


 今日も定時上がり、何かエミリーにお土産を買って帰ろう。


「この素晴らしいもやしを生産した人を教えてくれ!」


 店の中でなにやら新しい騒ぎが起きていたっぽいから、それに巻き込まれない様に、おれはさっさと退散したのだった。

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