210.努力家りょーちん
朝、起きた俺は食堂にやってきた。
「おはようなのです」
「おはよ」
食堂ではエミリーがバタバタと動き回って朝食の準備をしていて、イヴは自分の前に並べられた料理をつまみ食いしている。
「おはよう……なんだその料理は」
「ニンジンのサイコロステーキ」
答えるイヴ、にっこりと食堂からキッチンに引っ込んでいくエミリー。
ニンジンの……サイコロステーキ?
「それただのさいの目切りでやいたものなんじゃ?」
実際パッとみそんな感じだった。
サイコロステーキというにふさわしく、「ごろごろ」な感じのカレーで入ってる大ぶりなニンジンくらいに切りそろえられたニンジン。
それが綺麗な焼き目がついて、皿の上に載せられている。
「低レベルは甘い、エミリー神がそんな雑な仕事をするわけない」
「か、神?」
「煮たニンジンを裏ごししてバターを混ぜて、それをニンジンで作った型に閉じ込めてそれごとやく」
「へえ?」
俺はニンジンのサイコロステーキを改めてよく見た。
確かに中に何か閉じ込めた様な切れ込みが入ってる。
一口大のサイコロニンジンは、まるで箱の様に一面だけ開けられた様なあとがある。
「エミリー神のニンジンサイコロステーキ、外はかりっかりで中はとろとろ、噛んだ瞬間二種類のニンジンの味と香りが一斉に口の中に広がってアストラルシンフォニー」
「相変わらずニンジンの事になると饒舌だし妙に詩的だな」
おかしかったが、同時に理解した。
エミリーがこしらえた手の込んだ料理だ、そりゃ美味いに決まってる。
ちなみにエミリーの料理のうまさは、手が込んでるから美味いってレベルじゃない。
俺がイヴと話している間も次々と運ばれて食卓の上に並んでるような、何の変哲もない朝食でも美味いのだ。
例えばハムエッグ、ありきたりな朝食の献立。
美味さに対価をつけるとしたら、俺はエミリーが作ったそれに一食1万ピロは出せる。
それくらい美味いのだ。
今日も美味い朝飯で幸せな一日が始まる、そんな期待の中、仲間達が次々と起きてきて、食堂にあつまった。
セレスト、エルザ、ケルベロス、アウルム、レイア。
みんな次々と集まってくる、が。
「あれ? アリスは?」
「アリスちゃんなら朝早く出かけて行きました」
「ガウガウがあたしを呼んでる、だそうよ」
セレストとエルザが俺の疑問に答えた。
「ガウガウが呼んでる? ……仲間になるモンスターか」
「そういうことね。ガウガウ……犬かしら」
「僕の同族なのかな!」
ケルベロスが眼をきらきらさせた。
「ガウガウならそんな雰囲気だな」
何となく納得しつつ、アリスが連れて帰る新しい仲間に軽く期待した。
アリス以外のみんなが集まったから、全員で頂きますと食事をはじめた。
「私はアルセニックさんにご飯を届けてからそのままアルセニックで狩りするです」
「私は魔力嵐だから休むわ」
「ニンジンとうさぎの邂逅は誰にも止められない」
エミリーの料理を食べながら、その日のある程度の予定を報告しあう。
別に決まってはいないけど、何となくこういうルールが我が家に出来あがっている。
「リョータさんは?」
「俺はアウルムを送ったあとセレンに籠もる、一階で弾丸のレベルあげだ」
「あまり根を詰めすぎるのはよくないのです」
「大丈夫だ、無茶はしない」
「低レベルは嘘つき」
ニンジンの話じゃなくなったイヴはローテンションで言ってきた。
「嘘つきって、そんな事ないだろ」
「エミリー神から聞いた、目の下のクマは消えてからが本番」
「そんな事もいってたっけな」
「私は大丈夫だと思うわ」
「私もそう思う」
セレストがイヴに反論し、エルザも同調した。
「リョータさんが無茶をするのは他人のために何かをするときだけ」
「ですね。銃弾のレベルあげ? は自分の事ですからマイペースにやると思います。ステータス上げもものすごくマイペースですしね」
「……なるほど」
二人に言われて納得するイヴ。
そういう風に言われるとちょっとこそばゆいが、元々一気に上げるつもりはない。
成長弾がどんな風に成長して、育ちきったあとどうなるのかの予測がつけば当面はそれでいいと思ってる。
「まあとにかくそんな感じだ。ケルベロス、そういうことだから加速弾の回収は夕方くらいになるってみんなに言って。アウルムの送迎ついでにやるから」
「わかった! 僕に任せて!」
賑やかな朝食の一時を過ごし、出かける組は準備をし始めた、その時。
「たっだいまー!」
食堂の外からアリスの声が聞こえた。
廊下をドダドダと駆け抜ける足音が近づいて、アリスが食堂に飛び込んできた。
「たっだいま! みてみて! ガウガウだよ!」
飛び込んできたアリスは興奮した様子で、手に持ったぬいぐるみの様なものを差し出した。
ホネホネ、プルプル、ボンボン、トゲトゲ。
今までの仲間モンスターと同じように、それもデフォルトされたぬいぐるみの様なモンスターだった。
その姿はまるで――。
「トカゲ?」
「ガウ!」
アリスの手に抱きかかえられていたモンスターはいきなり怒りだした。
「俺はトカゲじゃねえ! ってガウガウ言ってるよ」
「そうか、すまん。トゲトゲと似てたから」
「うん! だってビスマスの一番下の階にいたからね」
「なるほど」
ビスマスダンジョン。
アリスの仲間になっているニードルリザードのトゲトゲのように、は虫類的なモンスターが多く生息している。
似ているのは当然だ。
「えええ!? ビスマスの一番下って、マスタードラゴンなんですか?」
驚くエルザ。
「知ってるのか?」
「はい。有名なモンスターですから。ビスマス最下層のマスタードラゴン。一度に一体しか存在しない上に、ドロップもすごく渋いモンスターって」
「なるほど、それは有名になる」
改めてアリスが持ってる「ガウガウ」をよく見た。
確かに、ちっこいしデフォルメされてるけど、ドラゴンはドラゴンだ。
「ドラゴンなんだ……」
「気を落とさないのです、そのうちケルちゃんのお仲間も来るです。ワンワンって名前が出たら本番なのです」
「そうですよね!」
「にしても、マスタードラゴンなんて名前からしてものすごく強そうだけど、よく倒せたな」
「うん! ホネホネ達が何回もやられてピンチだったけど、りょーちんを呼んだら楽勝だった」
「オールマイトか」
召喚魔法オールマイト。
術者が知っている最強の相手を召喚する事ができるという魔法だ。
一日に一回、効果時間は60秒。
しかし召喚した相手はオリジナルとまったく同じ強さになる。
アリスがオールマイトで呼んだ俺、りょーちん。
「それで倒せたのか」
「うん! 最初はりょーちんいろいろやったけどどれも上手く行かなくて、残り十秒になったところで急に速くなったんだ」
「加速弾か、最近のヤツだな」
「そしたらガウガウが蜂の巣になっちゃって。すごいよ! 本当に蜂の巣だよ。みててぞわぞわするくらい蜂の巣」
「りょーちん容赦ねえな」
でも大体の想像はついた。
「ねえ、この子を召喚――大きくして見せてよ」
「屋敷の外じゃないと。ガウガウの本来の姿すっごく大きいんだ」
「僕よりも?」
「うん! 十倍くらい大きい」
「マスタードラゴンだもんね……」
仲間のみんながアリスとガウガウを取り囲んで、わいわい言い合ったりした。
りょーちんが時間ぎりぎりで加速弾まで持ち出してようやく倒せた程のモンスター。
手が自然と銃に伸びた、成長弾を触れた。
無茶はしないけど……やっぱり強くならないとな、とおもったのだった。