200.受け継がれた意思
アウルムのダンジョン、アウルムの部屋。
朝、出勤の送迎って事でアウルムをここに送ってきた。
「んーーー、よし! 今日も一日頑張る!」
伸びをした後、アウルムは小さくガッツポーズをして気合を入れた。
それが気になって、ちょっと聞いてみる。
「気合入れて頑張ると何か違うのか?」
「ダンジョンのシャッフルがちょっとエグくなるよ」
「それはひどい」
アウルムダンジョン、冒険者が立ち入る度にダンジョン内部の構造が変わる特殊なダンジョンだ。
その構造変更がエグくってのは冒険者からすればはた迷惑な話なんだが、まあその辺りはルールを決めてダンジョン運営してるから、あまり変わらないか。
「低レベル、早くする」
一緒についてきていたイヴが俺の服をぐいぐいと引っ張った。
「今日はウサギにニンジンを食べ放題させてくれる約束」
「分かってるさ。じゃあアウルム、また夕方にな」
「うん! まったねー……あら?」
「どうした」
手を振って俺たちを見送るアウルムの表情が突如変わった。
何かに驚いてる表情だ。
「けが人が出ちゃった」
「けが人?」
「うん、珍しいね。結構大けがだ。今搬送されてる」
「それは珍しい」
この世界の冒険者は冒険してない、生産者だ。
第一次産業の生産者だから、99%の冒険者は安定を取ってダンジョンを周回してる。
ダンジョンで大けがするなんて元の世界の交通事故以下の確率だ。
それに加えてアウルムダンジョンは階層が浅く、モンスターのバリエーションも少ない。
本来大けがする要素はないんだが。
「ちょっと見てくるか。アウルム、どの階なんだ?」
「んとね――」
「待って、ウサギのニンジンが優先」
イヴはいつものように平坦な口調で言ってくるが、唇は尖ってて目に非難の色がある。
ニンジンが絡むと人が変わるのがイヴだ、それは分かるんだが。
「代わりにウサギが調べる。低レベルはテルルに行く」
「調べてくれるのか?」
「全てはニンジンのタメに」
「すごい安心感と安定感だ」
それでいいのかは別として。
ともかくそういうことなら、と。
俺はイヴに任せて、予定通りテルル二階でニンジン狩りをする事にした。
☆
昼、シクロの屋敷。
その中庭で俺がイヴとニンジンの山と向き合っている。
文字通り山積みのニンジン、価格にして10万ピロを越えている量だ。
それを目の前にしてイヴはテンションが上がっている。
「わあ、ご主人様のニンジンだ。ご主人様、僕に一ぽ――」
「じろり」
ニンジンに呼び寄せられて駆けてきたケルベロスが急ブレーキを踏んだ。
上機嫌から一変、修羅の様なイヴに睨まれてしまったからだ。
「これはウサギのニンジン」
「う、うん」
「これはウサギのニンジン」
「がくがくがくがく……」
ウサギに睨まれた番犬はガタガタ震えだした。
我が家のヒエラルキーは結構面白い事になってるようだな。
「それよりイヴ、話を聞かせてくれ」
「分かった。搬送された冒険者の名前はアル・サーティー。25歳の男。誕生日は――」
「誕生日? そんなのこんな短時間で調べてきたのか?」
「もちろん」
イヴは胸をはった。
「うさぎはニンジンのタメなら相手の生年月日から口座の残高、今日のパンツの色から初体験の年齢と体位まできっちりしらべるいいうさぎ」
「すげえよ! ってそれはむしろ怖いウサギだよ」
初体験の年齢とか体位とかどう調べてくるんだ?
「それはすっ飛ばしていいよ。何があったんだ?」
「新しくインドールに来た冒険者ファミリー、変なルールがあった」
「変なルール?」
「偉い人と駆け出しの人のファミリー。ダンジョンでの回復魔法は偉い人の許可制だって」
「許可制? そいつの許可が無かったら回復しちゃいけないってことか? いやそんなばかな――」
「低レベルの言うとおり」
「うそお!?」
おいおいおいおい、そんなアホな事があるのか?
昔会社にいた頃、トイレに行くのにも許可を取らないといけない時期があったのを思い出す。
回復の許可制とか、それよりも更にヤバイじゃないか。
ダンジョンでモンスター相手だ、小まめに回復しなかったら下手したら死ぬ。
「それで回復してなくて、大けがして搬送された」
「……やな話だな」
「ちなみにすぐにダンジョンに戻った」
「え?」
「ドロップノルマがあった。だから戻った」
「……業績のノルマがあったのか?」
「そう、足りない分は自腹で市場からかって、上納しないといけない」
「……」
イヴの説明に、久しぶりにはらわたの煮え繰りかえる気分になった。
☆
「あれ? まだお昼だよね。どうしたのリョータ」
「ちょっと相談があるんだアウルム」
イヴから話を聞いた後、俺は少し考えて、アウルムの所にやってきた。
「相談って?」
「アウルムはドロップの調整が出来るんだよな」
「自分のダンジョンならね。ああでもリョータをゼロにするの無理だよ。前からちょこちょこやろうとしても出来なかった、リョータだけほかの人と何かが違うみたい」
「そんな事をしてたのか……」
思わず苦笑いした。
「それなら、戦闘開始前にHPを回復してなかったらドロップしない、ってのはできるか?」
「HP全快でってこと? そんなの簡単だよ? というかやってる子いるし」
「そうなのか」
頷くアウルム。
そういうダンジョンが既にあるのか、覚えとこ。
「じゃあそれを頼めるか?」
「いいよー。そのかわり、今度あたしとデートして」
「デート?」
「うん! 外に出られるようになったけど、そういえばデートってした事なかったから」
「なるほど……わかった、デートのプランとコースを考えとく」
「わーい、約束だよ!」
笑顔のアウルム、俺は彼女と約束をして、アウルムダンジョンのルールを更に変えた。
☆
アウルムダンジョンの前、インドールの中央広場。
ダンジョン協会の名の下に立てかけられた立て札の周りに人が集まっていた。
立て札の内容はいたってシンプルだ、モンスターと戦闘開始前に体力を満タンにしておかないとドロップは一切しない、というもの。
冒険者達はざわざわした。
「オガネソンみたいになるのか……」
「それはいいんだけど、なんでいきなり」
「ほら……あいつのせいだよ」
ある冒険者がいうと、その場にいた冒険者達の視線が一斉にある男に注がれた。
男は最初「ふーん」って感じで立て札を見ていたが、周りの視線に気づいてうろたえだした。
「な、なんだねキミたち」
「なあ、あんただろ?」
「部下に回復の許可制とかやってるヤツは」
「そ、それがどうかしたのかね。我がファミリーではそれがルール――」
男は抗弁しようとするが、周りの冒険者が更に集まってきた。
全員が男を軽く睨んでいる。
「ほかでいくらそれやってもいいけど、この街でそれやめてくれねえか、迷惑」
「め、迷惑なんかかけてないだろ」
「お前のせいなんだよこれは」
冒険者の一人が立て札をさす、すると周りの冒険者達に火がついた。
「そうだそうだ」
「そういうのはやめろよ!」
「やめないんなら出てけ」
まさに四面楚歌、男はたじろいだ。
そんな男に、「迷惑」とはっきり言い放った冒険者が更にいう。
「ここのダンジョン協会長はそういう『理不尽』なのが嫌いなんだ。リョータ・サトウ。知ってるだろ」
「はあ?」
「……しらねえのかよ」
「おいおい……」
「無知って怖いな」
「ってかそれみんなに迷惑かけんなよ」
周りが更に男を糾弾する、男の肩身がますます狭くなる。
「もう知らねえでいいから、許可制やめるか街から出て行くか、どっちかにしてくれ」
そう言うと、まるでそれが皆の総意だと言わんばかりに、全員が一斉に男を睨んだ。
にらまれた男はグヌヌ……ってなって、抗弁しようとするが。
「いた! ちょっとそこのあなた!」
人混みを割って、若い女がやってきた。
女は男の前に立って。
「あんたさ、部下にノルマつけて、ノルマ達成しなかったら自腹で買ってでも持ってくるようにさせてたよね」
「「「えええええ!?」」」
女の台詞に、冒険者一同が沸いた。
さっきよりも遥かに大きくざわめいた。
「マジかよそれ」
「お前今すぐ消えろよ」
「協会長まだ知らないよな。なら俺が今こいつを消せばタダの冒険者同士のいきすぎたケンカでカタが付く」
更に非難をされる男、一部では過激な手段に走ろうとしてるものもいる。
リョータ・サトウの事は既に冒険者の間ではあまねく知られている。
理不尽な事に遭遇すると介入せずにはいられなくて、それは時には環境を変えての解決になることを皆知っている。
何より既にドロップの変化が起きてるのだ。
本来なら、ダンジョン協会ごときがドロップの変化を告知することはおかしいのだが、この街は既に一度、ドロップ時間の変化が起きている。
過労の人間が出て、それで変わったのだ。
今回もそうなって、その上更に理不尽である、ノルマと自腹がある。
それでなにかが変わるのは確実、その前にこの男をどうにかしないと、ってのが冒険者達の総意になった。
この瞬間、男はここにいる全員の敵になった。
「すみません、ちょっと通して下さい」
人混みの外側から声がした、若い男がそう言って人垣を割って道を作り、数人の冒険者を連れて騒ぎの中心に入って来た。
「どうしたクリフ」
中心になって男を責めていた冒険者が、入って来た男を知っていた。
「この人達が彼に話があるって」
「この人達?」
「彼の部下」
クリフが説明している横で、男が部下に三行半を突きつけられていた。
「クリフさんのおかげで目が醒めました」
「もうあなたについて行けません!」
「これからは自分達でやります!」
「お、お前ら! そんな事をして許されると思ってるのか!」
男がわめくが、彼の部下――いや元部下たちは身を翻して、かえりみることなく立ち去った。
「こいつどうする」
「とりあえず街の外に放りだそうぜ」
「いや、あえてリョータさんの前に突き出そうぜ。リョータさんは自分に楯突くヤツには寛大だから。理不尽な事をやらかす前にリョータさんに軽く締めてもらおうぜ」
男がわめいてる横で、冒険者達が彼の処遇について話しあっていた。
この後、冒険者たちの自治によって。
この男は二度と、インドール&アウルムに立ち入ることが出来なくて、実質上の永久追放となったのだった。
☆
「久しぶり、リョータ」
アウルムダンジョンから出て、次はノルマの事をどうしようかと思っていたら、騒ぎを目撃した俺。
俺が何かをする前に話がどんどん進み、話はあれよあれよの内に解決した。
その中心にいた男は俺の前にやってきて、深々と一礼した。
「おまえ……たしかクリフ」
クリフ。
前にシクロでブラックファミリーにいい様に使われた冒険者で、鉱物ドロップが高いから、俺がインドールに連れてきた人だ。
「久しぶりだな。元気だったか」
「リョータのおかげで」
「そういえばお前の仲間は?」
「ちゃんと助け出しました」
「そうか、それはよかったな」
「あの!」
俺とクリフの横から話しかけられた。
そっちを向くと、さっきクリフが連れてきた冒険者達だ。
今度の事の中心にいた、ブラックファミリーに搾取されてた人達。
彼らはクリフに向かって、頭をさげた。
「「「ありがとうございました!」」」
「俺よりリョータにお礼を言うべきだ」
「俺!?」
さすがに驚いたが、クリフは当たり前の顔をして、俺にいった。
「俺はリョータファミリー傘下として当たり前の事をしただけだ、リョータがかつて俺たちにしてくれた事を」
「あぁ……そうか」
確かに、俺がした事とすごくよく似てる。
多分俺がもうちょっと早く動いてたらクリフと同じ事をしただろう。
「というか、やっぱりリョータだよ。さっそくダンジョンのシステムを変えたんだから」
「え?」
「それじゃあれは」
「この人がやったんですか?」
クリフが助けた冒険者達に驚かれた。
「ああそうだ。あんたたちの様な人間をこれ以上つくらないためにドロップを変えたんだ。リョータがな」
クリフがそう言うと、冒険者達は一斉に俺をみた。
ものすごく感謝して、感激した目で俺を見て。
「「「あ、ありがとうございます!」」」
と、クリフにした時よりも強い勢いであたまを下げてお礼を言われたのだった。