195.二百万と二万
加速した世界の中、ドロップしたのは剣。
錆びた剣だった。
いわゆるロングソードとかダガーとか、柄と刃が異なる材質で出来てるものと違って、その剣は柄も刃の部分も、まったく同じ材質で出来ている。
一つの金属の塊から出来たような錆びた剣だ。
その剣の横に女がいた。
フィギュアサイズの、留め袖を着た女。
加速した世界の中で、女は俺をじっと見つめていた。
「なるほど、そういうことか」
いうと、女は静かにうなずいた。
俺のつぶやきに反応した形だ。
鏡ときて、勾玉ときて、今度は剣。
あきらかにあの三種の神器だ。
そして、全九階の中の地下七階、ドロップしたのは錆びた剣。
「後二階攻略しろって事なのか?」
また静かにうなずき、ふっと微笑んだ。
やっぱりそういうことか。
どういう経過なのかは分からないけど、残り二階も攻略したら、この剣が錆びてない元の姿になっていく。
俺はそう推測して、女――ニホニウムは認めた。
「わかった、もう少し待っててくれ」
女はにこりと、穏やかに微笑んだまま姿を消した。
俺は剣を掴み、来たるべき日までポケットの中にしまうことにする。
そういえばどうなんだろう。
HPと力と体力、この三つは鏡を手に入れて、限界のSを突破してSSになった。
MPと速さと知性は、勾玉を手に入れて同じように限界突破した。
そしたら、剣は?
さっきダンジョンをでようとしたとき、俺が「今はまだ無理」と思ったのは剣を手に入れてないからだ。
本来の剣を手に入れたら間違いなくSSになれるだろう、けど、この錆びた剣は?
気になって、加速した世界の中でマミーを見つけて、瞬殺した。
種は……なかなかドロップしなくてやきもきした。
早く……早く……。
しばらくして、種のドロップとともに加速の効果が切れた。
『マスター?』
訝しむレイアをひとまずおいといて種を取る、が。
ーー精神が0あがりました。
まだ、限界突破は出来ないみたいだ。
やっぱり剣の本来の姿を取り戻してから、三つまとめて解禁、って事らしい。
☆
午後、いつもの様にテルルダンジョンを周回した。
午前中にニホニウムでやったときとはまた違う周回。
テルルのドロップはレイアにも拾える、むしろレイアに拾わせた方が効率が上がる。
その効率のいい周回を模索してたら……逆にちょっと効率が悪くなった。
「今日の合計は214万ピロです」
屋敷に戻ってきて、エルザに合計金額を聞いてやっぱりと思った。
仕方がない、こういう日もある。
挑戦するって事は失敗とも隣り合わせだ、今日のやり方は効率悪い、それがはっきりわかっただけでもよしとしよう。
「なんか冴えない顔ですけど、大丈夫ですか?」
どうやら完全に割り切れてなくて、顔に出てたのか、エルザに心配された。
「ああ、周回のやり方で色々試したけど今日のはダメだったみたいだ」
「でもすごいですよ。一日で二〇〇万ピロも稼ぐなんて」
「そうだな。でもせっかくレイアがいるんだ、もっと上を目指したいんだよ」
「リョータさん……すごい」
エルザは感動したような、尊敬したような目で俺を見た。
そんなに立派なものじゃないけどな、言ってみればただの負けず嫌いだ。
だからそんな目で見られるとちょっと申し訳なくなる。
何かごまかす台詞を探してると、助け船が外からやってきた。
「ご主人様ー」
ケルベロスの声だった。
「呼ばれてるからちょっと行ってくる」
「はい!」
エルザの所を脱出して、庭にでた。
するとそこに俺を呼んだケルベロスだけじゃなくて、クレイマンの姿もあった。
「どうした」
「ご主人様に報告」
「報告?」
首を傾げて、ケルベロスとクレイマンを交互にみる。
クレイマンが一歩前に出て、俺をまっすぐ見つめて口を開く。
「無事に今日の仕事終わりました、報酬もいただきました」
「そうか、よかったな」
「それで、私とみんなで相談して、これをサトウさんに持ってきました」
クレイマンはそう言って、封筒を差し出した。
受け取って中を見ると、一万ピロ札が二枚はいっていた。
「これは?」
「今日の報酬を、みんなの分を引いた残りです」
「これをご主人様にって」
「いや、こんなの気にする必要は――」
クレイマンは真顔で、俺の言葉を遮った。
「あそこで静かに暮らせる事になりそうです。それもこれもみんなサトウさんのおかげです、その気持ちとして」
「インドールのみんなと同じだって」
「インドールのみんな……税金か」
確かに、今でも定期的にインドールから俺の口座に振り込みがある。
砂金の村として冒険者が稼いだ税金の一部だ。
それと同じ事を、クレイマン達もするってことだ。
「そうか」
気持ちは嬉しい、断るのもなんだから、俺はその二万ピロを受け取った。
「分かった、受け取る」
「これから毎日渡しに来ます」
「それは面倒じゃないのか?」
「僕たちの足だとそうでもないよ」
「なるほど、モンスターだもんな。普通の人間よりも体力は高いか」
俺は少し考えて、二人に少し待ってくれといった。
屋敷の中に入って、エルザの所に戻ってくる。
「エルザ、申し訳ないけど、買い取りを一部キャンセルさせてもらえるか」
「はい、いいですけど。何をですか?」
「全部少しずつ……ざっくり二十万ピロ分引いてくれ」
「わかりました」
エルザにそう言ってから、俺は二十万ピロ分の野菜をポケットに入れて、庭にでた。
そしてポケットの野菜をクレイマンの前に出す。
「お裾分けだ、持っていけ」
「え? いいんですか?」
「お裾分けに良いも悪いもないだろ?」
にこりと笑って見せた、するとクレイマンは少し迷ったが、同じように笑顔で答えた。
「ありがとうございます、みんな喜びます」
さすが元モンスター、ハグレモノ。
クレイマンは二十万ピロ分の野菜を一人でもって、屋敷から立ち去った。
それを見送った後、ケルベロスが俺にむかって。
「ご主人様、優しいね」
「そうか」
「それに太っ腹」
「元手ほとんどゼロだからな」
「それでもすごい」
「そうか」
ケルベロスはそう言って、尻尾を振って俺にじゃれついてきた。
サーベラスの巨体はちょっと重かったが、悪い気はしなかった。
こうして、俺はインドールに続いて。
魔物達の村からも税金収入が入るようになった。