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158.金持ちの本気

 ニホニウムダンジョン、地下七階。

 魔法が使えないこの階で、今日もモンスター狩りに精を出す。


 最強の周回魔法リペティションが使えないから、ますます戦闘技術を磨くことを決意する俺。

 今日はカウンターの練習をした。それを気兼ねなく出来るのは誰も来ないこのニホニウムだけだ。


 バチバチと電気を纏うマミーにこっちから攻め込まずに待った。

 マミーが近づいてきて、攻撃をしけてきたところで皮一枚によけてクロスカウンターを叩き込む。

 最小限の動きで、しかしシャープに。

 マミーの攻撃にあわせたカウンターの一撃。


 マミーを吹っ飛ばして、種をドロップ。

 これは……快感だ。


 攻撃をまって、それを皮一枚でかわして最高のタイミングで叩き込むカウンター。

 それの最大効率をたたき出せるのは一瞬だけ、おそらくコンマ一秒程度の一瞬。

 それを達成できた瞬間、全身を突き抜けていく快感を覚えた。


 ひょうたんからコマだ。俺はその快感を求めてカウンターを続けた。

 集中して、攻撃をまって、ぴったりと合わせるカウンター。


 マミーが吹っ飛び、また種がドロップする。

 ……ちょっと早かった、さっきほどの手応えはない。


 体感のタイミングを調整する。

 次のマミーにも同じ事をする、今度はちょっと遅くてマミーの攻撃がかすった。


 カウンターを何回も何回も繰り返した。

 いままでにやってきたどのことよりも難しかったが、その分完璧に決まった時の快感が段違いだ。


 カウンターを練習している内に、精神が勝手にEからDに上がったのだった。


     ☆


 午後、そろそろ稼ぐか、と意気込んで転送部屋でテルルの地下一階にやってきた。

 スライムともやしが飛びかうなじみのダンジョンだが、どこか様子がおかしい。

 騒がしいのだ。


 騒がしさを辿って行くと、そこに一軒の建物があった。

 パッと見て百平米はある平屋、昨日まで無かった建物だ。


 地下道の様なテルルの中に出来たその平屋は場違いにも程がある。

 その前に冒険者達が集まって、ざわざわとしていた。


「な、なんだこれは」

「休憩所だってよ」

「休憩所?」


 首をかしげ、隣にいた男の冒険者に目を向ける。

 名前は知らないが、テルルでよく見かける顔、互いに顔なじみの冒険者だ。


「新しいダンジョン協会長が作らせたものらしい。この中にいるとHPとMPは普通よりも早いペースで回復する建物らしいぜ」

「ダンジョンの中の宿屋みたいなものか……」


 それが本当なら結構便利な施設だ。


「でもなんでこんなところに作ったんだ? 言っちゃなんだがテルルの地下一階にこんなの必要ないだろ」


 俺だけの話じゃない。

 テルルの地下一階はスライムしかいない、最弱と言ってもいいスライムだ。

 スライムしかない階層に回復施設が必要とは思えない。


「いや、全部の階に作ったらしいぜ」

「え?」

「シクロの全ダンジョンの全階層――ニホニウム以外の全部につくったらしい」

「作っ()?」

「作っ()


 男は頷く。

 おいおいすごいな……オイルマネーならぬマネーマネー恐るべしだ。


 そんな事を思っていると、建物の中からセルが出てきた。

 前髪で目が隠れているメイドを従えて出てきた。


 セルはくるりと冒険者達を見回してから、演説口調で行った。


「聞け庶民よ。ここは冒険者であれば誰でも利用できる回復施設だ」


 冒険者達が更にざわざわした。


「これを活用するがいい。そしてもっと生産(ドロップ)に精を出すのだ庶民よ」


 いちいち「庶民」と言うから冒険者の中には眉をひそめるものもいたが、大半がただで使える休憩所の存在を心よく受け入れた。


「ただで使えるとか……なんか罠があるんじゃないのか?」

「いや。ダンジョンで回復が出来れば効率が上がる、効率が上がれば税金も増える。作れる金があるのならダンジョン協会としちゃ当たり前のやり方だ」


 一部疑う人間もいたが、ベテラン冒険者であればあるほど休憩所を受け入れていた。


 しっかし……すごいな。

 具体的なコストは分からないけど、ダンジョンの中に宿屋っぽいのを作るのは結構な金がかかるはずだ。

 それを全部の階に、しかも一晩で……。

 金持ち、すげえな……。


「おお、そこにいるのはサトウ様ではないか」


 セルは俺を見つけて、笑顔を浮かべてやってきた。

 前髪メイドはついて来ないで宿屋の中に戻った。直属の部下とかじゃなくて、宿屋のスタッフって事か。


「来てくれたのか、余は嬉しいぞ」

「いや通りかかっただけだ。それよりすごいな、こんなのを作るなんて」

「生産性をあげるための施策だ、余は当たり前の事をしているに過ぎん」


 誇るでもなく、かといって謙遜しているようでもない。

 きわめて自然体で、言葉通り「当たり前の事」をしたと思っている顔だ。

 すごいヤツだな。


「そうだ、サトウ様に一つ受け取ってほしいものがあったのだ」

「俺に?」

「うむ、しばし待て」


 セルは懐をまさぐった、何を渡されるんだ? と思って待っていたら。


「あっ」


 懐からポロッと、フィギュアが地面におちた。

 俺のフィギュア――なのはいいが。

 ポーズが、今朝練習していたカウンターのポーズだ。


 今朝(、、)、はじめたばかりのヤツだ。


「ストーカーだー!」

「失礼した、受け取ってほしいのはこれだ」


 セルは悪びれる様子なく、フィギュアを懐にしまい直して、一枚の札を取り出した。


 何の変哲もない、それどころか何もないただの木の札。


 それを受け取って、表に裏に確認してから、セルに聞く。


「これは?」

「通信機だ」

「通信機?」

「うむ、これはダンジョンに――」


 セルが言いかけたところで、木の札が光った。

 光を放つと共に、なにもなかったそこに文字が浮かび上がった。

 表示されたのは、セレン四階。


「セレン四階? どういう事だ」

「このタイミングで現われるとは運がいい。実はこの休憩所の他に、シクロの全ダンジョンにダンジョンマスターの検知器を設置したのだ」

「ダンジョンマスターの検知器??」

「うむ、知っての通りダンジョンマスターが出ている間は他のモンスターは出ない、そればかりか長居させるとダンジョンの生態系まで変えてしまう」

「ああ」


 冒険者やダンジョン協会、いや街全体の住民にとってやっかいな存在なのだ。


「だから出現と共に迅速に倒さねばならん。これはそのためのものだ」

「……なるほど、ダンジョンマスターが出たらその居場所を知らせてくれるのか」

「うむ。そしてこれを有力者達に持っていてもらおうと思っている。まず、サトウ様に受け取ってほしいのだ」


 真面目な顔をするセル。

 そういうことなら断る理由は何処にもない。


「分かったもらっとく。いまから倒してくる」

「感謝する」


 強い眼差しで俺を見つめたまま礼を口にするセル。

 いきなりクリントを押しのけて協会長になったからどうなるかと思ったけど、意外と真面目にやってるんだな。


 俺は転送部屋経由でセレンの四階に行って、検知器が捕捉したダンジョンマスター・バイコーンに向かってリペティションを撃って瞬殺した。

 こいつが残ってるとダンジョン全体の生産(ドロップ)が止まるから、練習とかそういうのをまったく考えないで瞬殺した。


 そして報告のために再び転送部屋を経由してテルルの地下一階に戻ってきた。

 セルはいなかった、まわりの人に話を聞くと地下二階に行ったという。

 それでおいかけると、セルは地下二階の宿屋の視察を終えたばかりで、同じ格好を……まったく同じ格好をした前髪メイドを従えて出てきた。


 上の時と同じように、一席ぶって冒険者達に宿屋の事を知らせて、檄を飛ばす。


 それが終わるのをまって、セルに近づく。


「おお、サトウ様」

「ダンジョンマスター倒してきたぞ」

「うむ、知っている。さすがサトウ様だな」

「知ってる? ああそうか、これと同じのを持ってたら分かるか」


 さっきもらった木の札をみる、ダンジョンマスターを倒してからそれは再び何も表示しないただの札っぽい姿に戻った。これを作らせたセルが同じものを持ってて、それで把握してても不思議はない。


「助かったよサトウ様、余からあらためて礼を言わせてくれ」


 セルはそう言って頭を下げた。

 やっぱり協会長としては真面目だな……と思っていた。


 ぽと、と、フィギュアが懐から地面におちた。

 新しいフィギュアだった、手をつきだしてリペティションを唱えている俺の姿――直前の俺の姿をしたフィギュアだった。


「おっといけない」

「ストーカーだー!」


 そう叫ぶと共に、俺はちょっとだけぞわっとしたのだった。

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[気になる点] >午後、そろそろ稼ぐか、と意気込んで転送部屋でテルルの地下一階にやってきた。 テルルは稼ぎの効率がそれほど良くない印象。いつまで、もやしを狩っているのか?イヴによって自由に行き来でき…
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