141.サトウは最高
次の日も、朝からビスマスダンジョン地下六階に入り浸りだ。
アリスに出現を見つけてもらって、俺がリペティションで瞬殺。
その間に魔法カートで出荷。
リペティションをうったそばから無限回復弾で回復する。MPを最大値にしておく。
昨日みたいに襲われた時を考えてMP(HPも)最大値にして備えてるんだけど。
「このケーキ美味しいわね」
「カボチャのケーキなのです、もちろんヨーダさんのカボチャなのです」
「低レベルは、ニンジンが一番」
同じダンジョンの中で仲間達がくつろいでいた。
ビスマス結晶の様な地面にシートを被せて、その上でピクニックのようにしている。
一見ピクニックのように完全にくつろいでいるが。
「さて今日もがんばる――うおっ!」
別の冒険者が現われた瞬間一斉にそっちを向いて驚かせてる。
エミリーはハンマー、セレストはバイコーンホーン、イヴは指を揃えてチョップの形をした。
六階を通って下の階に行くだけの無関係な冒険者だから、すぐにみんなは警戒を解いた。
「ありがたいね、みんながこうして護衛してくれてるの」
「そうだな、おかげで狩りに専念出来る」
本当にありがたいと思いつつ、カメレオンを狩っていく。
そうしていると、更に別の冒険者がやってきた。
さっきと同じ一瞬で警戒態勢に入る三人、その三人に怯えることも驚くこともしなくて、じっと見つめる冒険者風の男。
そいつはみんなをみて、俺を見て。
そして何もいわず、立ち去っていく。
何もせずいなくなったが、それは逆にみんなの警戒を深める事になった。
「今の人私たちをみてたです」
「そうね、間違いなくクリフォード一派の人間ね」
「結構高レベル」
「でも襲ってこなかったです」
「みてただけってのは気持ち悪いわね」
「いくら来ても平気。うさぎは目の前にニンジンがぶら下がってる」
「はいです! ヨーダさんの邪魔はさせないです」
「そうね。いくら来ても返り討ちだわ」
仲間達はなんとも頼もしかった。
っていうかイヴ、お前はそれでいいのか。自分でニンジンをぶら下げられてるって。
そんな三人に守られる安心感のまま、俺は全力でカメレオンを狩った。
全力で狩って、麦をドロップ。
街一つの消費、一日分の消費量をまかなう程の稼ぎを、どうにか夜遅くになってたたき出した。
クリントの依頼は今日も達成した。
そして、その副産物に。
この日の稼ぎは一五〇〇万ピロに達した。
☆
翌朝。今日も頑張ってビスマス行くか、ってベッドからおきて部屋を出ると。
「ヨーダさん、ちょうどよかったです」
「どうしたエミリー」
「協会長さんが来てるです」
「クリントが?」
「それと――お帰りなのです」
エミリーは俺の背後に向かって言った。
振り向くと、そこにイヴの姿があった。
廊下の向こうから歩いてくるイヴはいつも通り表情の乏しい顔をしている。
「どうだったです?」
「いた。多分普段通り」
「おー、それはよかったです」
「どういう事だ? 二人だけで通じ合ってないでちゃんと教えてくれ」
「大丈夫です、クリントさんにあえば分かるです」
「……ふむ」
エミリーのその台詞で何となく察しがついた。
俺は着替えて顔を洗って、朝の身支度をしてから応接間に向かった。
☆
「シクロのエースよ!」
ソファーから立ち上がって、俺に抱きつこうとするクリントををひょいとよけた。
結構な勢いで飛びつかれたから、クリントは顔から壁に突っ込んだ。
「いたたた。ひどいぞサトウ、よけるなんて」
「いやよけるだろ、口のまわりを砂糖でベタベタしてるおっさんが飛びかかってきたら」
クリントが突っ込んだ壁にも砂糖がべったりついてる。もしよけなかったらあれが俺の服についてただろうが。
俺はソファーに座って、クリントにも着席を促した。
「それで、今日はなんのためにきたんだ?」
「クリフォード一家がダンジョンに戻った」
「そうか」
やっぱりな。
「驚かないな。そうか聞かされたのか」
「ああ、イヴが普段通りって言った。今回の件、普段に戻すのが目的なんだろう」
クリントははっきりと頷いた。
今回の話、一言で言えば値上げ交渉だ。
寡占状態になってるから値上げ交渉してるところに、俺が出て行って「その気になれば寡占状態を止められるぞ」と示した。
実際、リョータファミリー総出でシクロの必要量を供給する事ができた。
しかも別に無茶はしてない。
流石に他の仕事を全部止めたが、麦の産出自体は無茶はしてない。
となると向こうが一方的に損するだけだ。ダンジョン周回で稼がないと収入がないわけだからな。
それで値が上がればやる価値もあるが、そうじゃないのなら一方的に損するだけ。
だから戻ったんだろう、普段通りの周回に。
「普段通りで分かるのか」
「昨日見られたしな。多分あれクリフォードファミリーの人間だろう。俺がやってる事を報告して今日こうなったんだと思う」
「そうか、兆候はあったか」
「ああ、だから分かった」
なるほどと頷くクリント。
そうしてからまっすぐ俺を見つめて。
「ありがとう、サトウのおかげで助かった。このお礼は――」
「角砂糖一年分は勘弁だぞ」
先手を打って断った、クリントの目が泳いだ。
「本当に言うつもり――いややるつもりだったのか」
「砂糖はわるくない! 砂糖は最高なのだ!」
「はいはい」
力説されるが、それを聞いただけで糖尿病になりそうな気がしたから適当にあしらった。
まあ、何はともあれ。
これで日常に戻れるって事だ。
この先恨まれて付け狙われるかも知れないが――。
『不審な人! ご主人様の敵だな!』
『うぎゃああああ』
うちには頼もしい番犬がいるし、仲間のみんなは強いし、大丈夫だろう。
「ありがとう、サトウ。本当にありがとう」
砂糖フリークから一変、クリントにまっすぐ見つめられ、礼を言われる。
「向こうに対する牽制もかねて、お礼は納めてもらった麦と同じ金額を払わせてもらう」
「わかった」
この二日稼いだ分が倍。
普通に稼いだ分をいれて、総額で5000万ピロになるな。
その額に、俺はちょっと興奮したのだった。