お引越しします!
翌日、俺は引っ越した。
ダンジョンの近くにある、安い部屋だ。
手持ちの金は、ほとんどなくなった。
それでも、ここに住む価値はある。
昨日見つけたダンジョン。あそこには可能性がある。
いや、可能性しかない。
一階に出現するのはスライム。二階はゴブリン、三階はキラービー。
一階のスライムからのレアドロップは、水色の聖水。
冒険者ギルドの買い取り相場は、一本四十二万円。
四十二万円…
引っ越しで飛んでいった金を考えると、実に魅力的な数字である。
ただし、問題も。
俺は弱い。
スライムなら、なんとかなる。
ゴブリンは怖い。
キラービーはもっと怖い。
以上。
無理して上の階に行く理由はない。
あぶないもの。
次の階に繋がる転移クリスタルは、二階か出口を選べる。
このダンジョンでは、入口から三十秒ほどにある。
確認したが二階の構造も同じだった。
同じ階を周回するなら、移動の手間も少ない。
俺は剣を持ってダンジョンに入り、スライムを倒し始めた。
戦闘中も、スキル《観測記録》は勝手に仕事をしていた。
魔物の出現位置や向き、行動の順番。戦闘の経過も、ドロップ品も、記録されていく。
記録するだけ。
分析も、予測も、してくれない。
そこから何かを見つけるのが俺の仕事。
最初の十周ほどは、ハズレばかりだった。
ようやく小当たりが出たのは、十周目あたり。
ドロップしたのは、魔石の欠片だった。
買い取り価格は二千円ほど。
「……二千円か」
一周に二十分かかるとして、十周なら二百分。つまり、三時間以上かけて二千円だ。
時給換算すると、六百円。
高校生のアルバイトより安いね。これ。
「……割に合わねえ…」
それでも、俺が狙っているのは小当たりじゃない。
一本四十二万円の水色の聖水だ。
その後も周回を続けたが、ハズレばかり。
次の小当たりが出るまで、また時間がかかった。
二回目も魔石の欠片だった。
そして、三回目、四回目。
今度は立て続けに小当たりが出た。
「おっ、また出た!」
ドロップ品を拾い、俺は記録を確認した。
「……ん?」
四回目の記録を、最初に小当たりが出た周回の記録と照らし合わせる。
魔物の初期配置。
出現位置。
向き。
行動の順番。
「……え?」
一致している。
最初の小当たり周回と四回目の小当たり周回。
魔物が出現してから倒すまでのパターンが、完全に重なっていた。
しかも、どちらも同じ場所で魔石の欠片がドロップしている。
「うそだろ……マジかよ!」
思わず声が出た。
俺の予想通り、もし周回のパターンとドロップ品に関係があるのなら…
「……これ、使えるんじゃないか?」
今まで役に立たないと言われてきたスキル。
見たものを記録するだけ。
その記録から、ほかの冒険者が見逃している法則を見つけられるかもしれない。
俺は記録を見返した。
何度も確認した。
やっぱり、重複している。
「……よし」
気づけば、すっかり日が暮れていた。
一日十時間。
ずっとダンジョンに潜って、ようやく手に入った魔石の欠片は四つ。
合計八千円。
「……十時間働いて八千円…誰もやるわけないわ!」
思わず愚痴が出た。
普通に働いたほうがマシじゃないか。
いや、違う。
俺が狙っているのは、二千円の魔石の欠片じゃない。
四十二万円の水色の聖水だ。
店でカップラーメンを買い溜めし、部屋に戻る。
湯を注いで、安っぽいカレーラーメンをすする。
箸が折れたよ。このやろう…
気を取り直して、食べながらもう一度記録を確認した。
「……やっぱり、重複してるよね」
見間違いじゃない。
初期配置から行動パターンまで一致している周回があり、同じ場所で同じドロップが出ている。
なら、大当たりにも同じような法則があるかもしれない。
「……明日もやるか」
翌日も、その翌日も、俺はダンジョンに通い続けた。
小当たりの記録を比較し、パターンの重複を探す。
間違いない。
何百回と周回を重ねるうちに、少しずつ検証を進めていった。
そして、何日も費やした末、
「……ん?」
足元に落ちたものを見て、俺は固まった。
透き通った水色の液体が入った、小さな瓶。
見間違えるはずがない。
水色の聖水。
「……うそだろ?ついに?」
震える手で瓶を拾い上げる。
間違いない。
俺が狙い続けていた、大当たりだ。
「……出た」
声がかすれた。
「出た! 出たぞ! マジかよ、ほんとに出たぁっ!」
思わず叫んでいた。
一本、四十二万円。
たった一本の瓶が、何日も費やした時間と苦労を、一気に報いてくれた。
「よっしゃあああっ!」
瓶を握りしめ、俺は飛び上がった。
やった。やったぞ!
本当に出た!きましたよ!
やってやりましたお父さんお母さん!
俺の考えは間違っていなかった!
「ははっ……やべえ、マジでやべえ!」
笑いが止まらない。
だが、興奮している場合じゃない。
俺はすぐに記録を確認した。
クリスタルから入場した直後の魔物の初期配置。
その後の出現位置と行動パターン。
これがわかっていれば、次の周回では入場直後の配置と見えるスライムの行動を見れば、狙いのパターンかどうかを判断できる。
違えば、その周回は除外すればいい。
何百回も戦い、ドロップを確認する必要はない。
狙いのパターンだけを選んで周回できる。
✳︎
――それから、数時間後。
俺の手には、二本目の水色の聖水があった。
……確定だった。
二本目の瓶を抱え、俺はニヤニヤが止まらなかった。
「ははっ! 俺のスキル、最強じゃねえか!」
今夜はラーメン屋に直行だ!
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