第13話 失敗
鬼灯山城での決戦から三日目の昼間、琳照寺で正式な法要が行われた。
本堂は倒壊してしまったため、瓦礫の下から運び出した仏像や仏具で仮の祭壇を設けるという、ひどく質素な法要だった。
それでも、ちゃんと死者を弔うことはできた。
「爺、ありがとう」
新しく用意された墓に貞春と卵丸の遺骨を納め、鯉丸は宗玄に礼を言った。
自ら動かせる兵を持たない宗玄は、大国家の者たちに協力を求め、琳照寺の復旧へ全力を注いでいた。その働きによって、どうにか人々を迎えられる程度には境内も整えられていた。
「礼を言われるようなことではございません。これが、仏の道に生きる者の務めですので」
そう言いつつ、宗玄は鯉丸に視線を送る。
「ときに鯉丸様。だいぶ無茶をなされたと聞きましたぞ?」
「拙の戦いだったんだ。拙が前に出ずしてどうするか」
「命の危機だったとも聞きましたが?」
「戦だぞ。安全であるわけなかろうが」
「貴方は……」
「爺」
鯉丸は立ち止まり、宗玄の目をまっすぐに見て言った。
「この戦、始めたのはお前と義父上だ。だったら、今さら危険を避けろとは言うな。黙って見届けてくれ」
あまりにも乱暴な言い分だった。だが、宗玄には返す言葉がなかった。
その様子を見て、鯉丸は微かに笑みを浮かべた。
「ただ、まぁ、爺と義父上が用意した舞台には乗ってやるよ」
吹っ切れた顔で、鯉丸は前を向いた。
「もっとも、そこでどう踊るかは、拙が決めるがな」
そう言って、鯉丸は歩き出した。
その背が、宗玄には少し大きく見えた。
◇◇◇
琳照寺の山門前には、大勢の百姓が集まっていた。
彼等は須佐本家の領民であり、領主の死と因幡家の離反という予想外の事態に、どうしたらいいかわからず、宗玄和尚に教えを乞うために集まっていた。
「おい!あれ!」
その中の一人が、山門に立つ鯉丸の姿を認めた。
百姓たちは、少年の正体を知らなかった。
ゆえに新たな領主となるであろうその少年に、百姓たちの視線が集まった。
一方の鯉丸は、山門から百姓たちを静かに見下ろしていた。
その目にはいかなる感情も見えず、ただ穏やかだった。
「……皆、聞いてくれ」
大勢がいるとは思えないような沈黙の中、鯉丸が口を開いた。
「我が父貞春と、我が弟卵丸は、逆臣、因幡光春に討たれてしまった。拙の許嫁たる紅葉姫は……光春の企てによって、人前に出せぬ姿にされた」
その言葉に、領民たちが息を呑んだ。
女たちは口を両手でふさぎ、男たちは呆然と立ち尽くした。
「兵も全滅し、城は因幡軍を退けるため、拙の命で焼いた。はっきり言おう、もはや須佐家に領地を治める力は残っていない」
百姓たちの間に、動揺とどよめきが広がる。
涙を流す者、頭を抱える者、呆然とする者――
それら全てを、鯉丸は穏やかな目で見下ろした。
「幸い、因幡光春はこの手で討った。残党どもは因幡城へと引き上げたが、最早須佐領に侵攻するだけの力は残ってはいまい」
その言葉を聞いてなお、動揺は止まらない。
そんな中、一人の百姓が進み出た。
「若様が、須佐家を御継ぎになるのですよね?」
動揺が、ピタリと収まった。
全員の視線が、再び鯉丸に集まる。
鯉丸は一度深く息を吸い、顔を上げた。
「拙は、京へと行く」
その言葉に、一同は呆然とした。
「拙の実父は先の大将軍、天照院晴義公であり、拙の母はその正室、秋津宮内親王。すなわち拙は、先の将軍の遺児ということだ」
続いたその言葉の意味を、百姓たちは呑み込めずにいた。
先の将軍の遺児。
そんな重要人物が、こんな田舎にいるものか。
誰かがそう叫ぼうとした時、鯉丸が言葉を続けた。
「此度の騒乱は、そんな拙の出自が原因だった」
そして、鯉丸は話し始めた。
先の将軍の暗殺で生じた戦乱の中で、貞春が鯉丸の母をかくまったこと。
鯉丸を将軍家へ迎え入れる準備ができたこと。
将軍家の争いに巻き込まれるのを嫌った光春が反旗を翻したこと。
全てを説明し終えた時、百姓たちは呆然としていた。
そして、少なくない数の百姓が、戦乱の元凶と映る少年に怒りの目を向けた。
その怒りの視線を一身に受けながら、鯉丸は続けた。
「須佐家の所領は、武御幸綱殿にお預けいたす。義父上とこの地を治めてきた幸綱殿ならば、安心して預けることができ……」
「ふざけるな!」
百姓の一人が、声を上げる。
「お前さえいなけりゃ、貞春さまが死ぬことなかったんじゃねぇか!」
「そうだ!そうだ!戦の元凶が、偉そうな口きいてんじゃねぇぞ!」
「武御様に代われば、年貢はどうなる⁉田の手入れも終わらねえうちに、また戦になるんじゃないのか⁉」
「京でもどこでも行っちまえ!早く出てけ、腰抜け!」
怒りを露わにした百姓たちが声を上げる。
途端に大国兵が動き、槍の石突で地面を打って威嚇する。
それでも、罵倒は止まない。
石を投げる者まで現れ、終いには山門に通じる階段を上がろうとする者まで出てきた。
「弓隊、足元を狙え!」
「……っ⁉おい、止めろ!」
「放て!」
大国兵が放った矢は、百姓たちの足元に突き刺さった。
それに恐れをなし、百姓たちは雪崩を打つように逃げ出した。
「やりすぎだ!」
「そんなことはありませんよ」
鯉丸のほうを向き、経守が言葉を続ける。
「頭に血の上った百姓は、武装した武士より恐ろしいものです。奴等は普段戦をしませんから、丁度いい塩梅というものがわからんのですよ」
「……だからって、こんな」
「鯉丸様の安全のためです。さあ、お早く」
そう言って、経守は山門に繋がれた馬へといざなう。
鯉丸は背後にいた幸綱と宗玄を見る。
幸綱は苦い顔をしながらも経守に同調するように頷いており、宗玄は鯉丸がどうするのかをジッと見ていた。
鯉丸は少しのあいだ拳を握って立ちすくんでいたが、やがて決心したように馬へと歩みを進めた。
言葉が届かなかった。
血筋を明かしても、事実を並べても、人の心は動かない。
誠実であるだけでは、人は納得してくれないのだ。
「……この無力さは、二度と忘れん」
奥歯を噛みしめながら、鯉丸は馬に跨り、その場を後にした。
遠ざかるその背を見つめながら、宗玄はひとり呟いた。
「今のうちに失敗なされよ。その悔しさが、いずれ貴方様の糧となりましょう」
◇◇◇
その日の夜。
夕食を終えた鯉丸は、寝所に入る前に経守を呼び出した。
「山門でのことについて考えていた」
経守を座らせるなり、鯉丸はそう切り出した。
「拙としては、ちゃんとこれまで起こったことについて説明し、これからのことについて語ろうとしたのだ。しかし、百姓たちからの理解を得ることができなかった」
そこまで言って、鯉丸は少し考え、ゆっくりと言葉にした。
「正直、何が悪かったのかわからん。そこで、経守の意見を聞きたいのだ」
答えを求めるように、鯉丸が問う。
経守はしばし考えこんでから、口を開いた。
「鯉丸様の仰りたいことはわかります。しかし、言葉を選ばずに言わせてもらうと、少々独りよがりだったかと」
「……独りよがり?」
経守の言葉に、鯉丸は愕然とした。
構わず、経守は言葉を続ける。
「鯉丸様は、自分が将軍家の人間であると知らされた時、どう思われましたか?」
「……」
「きっと、心細くなったのでは?」
その言葉は、鯉丸の心に突き刺さった。
「須佐家の跡取りとして育てられた御人が、突然将軍家に迎えられる。きっと、自分がこれからどうなるか不安になったのではありませんか?」
鯉丸は答えず、ただ俯いた。
「民も同じです。これまで守ってくれた須佐家が、突然いなくなってしまった。御城も無くなり、当主になるはずの御人は京に行くと言う。これでは、不安になるのも無理はございません」
納得したように、鯉丸は顔を上げた。
「拙は、自分の事情をわかってもらうことばかり考えて、皆が何を恐れているのかを考えていなかったのだな」
「はい。まず民が何を不安に思っているのかを汲み取り、そのうえで、暮らしをどう守るのかをお示しになるべきでした」
ふぅ、と鯉丸の口から深いため息が出た。
「……まだまだ、拙は未熟だな」
「私も、今日は民を追い散らすことしかできませんでした。偉そうに申せる立場ではありません」
「では、未熟なのはお互い様だな」
「ええ、本当に」
二人は小さく笑い合った。
やがて鯉丸が立ち上がる。その顔からは、先ほどまでの迷いが消えていた。
「寝る前にすまなかったな」
「いいえ。お役に立てたのなら何よりです」
心のつかえが取れた鯉丸は、あてがわれた寝室へ戻った。
そこには、就寝支度を終えた紅葉がいた。
「……なんか、すっきりした顔してるね?」
「気になってたことが解決したからな。今日はぐっすり寝れそうだ」
「よかった。なんか最近、よく寝れてなさそうだったから心配してたんだよ」
そう言って、紅葉は布団に入った。
ふと、鯉丸の中に悪戯心が湧いた。
少なくとも、鯉丸はそういうことにした。
鯉丸は自分の布団を紅葉のものへ寄せると、そのまま彼女の布団へ潜り込んだ。
「ひゃっ……えっ⁉こいまる⁉」
布団の中で、鯉丸は紅葉を抱きしめる。
少し高めの体温と、ふわりと香る彼女の匂いに包まれて――
安堵した途端、張り詰めていた糸が切れたように、鯉丸は眠りへ落ちた。




