第12話 天使と鬼
フィーが同行することが決まった翌日の早朝、鯉丸は武御屋敷の射場にいた。
まだ辺りは薄暗いが、射場には鯉丸の他にフィーと経守、幸綱の姿があった。
なお、力の発現を間近で記録するため、鯉丸の肩にはデカラビアが乗っていた。
「では、試してみるぞ」
そう言って、鯉丸は射場に設置されている的に向かって手を伸ばした。
念じてみると、指先で青い電気がパチパチと爆ぜる。
しかし、その電気が的に届くことはなく、パチパチと弾けるような音だけが辺りに響く。
『流石に、電撃だけを飛ばすのは無理か』
「次は、矢を使ってみるぞ」
鯉丸は傍らにあった弓を取ると、矢を番え、鏃に念じる。
するとパチッという音とともに、青い電気が鏃に走った。
そのまま引き絞り、放つ。
矢が鯉丸の手から離れた瞬間、激しい電光とともに矢が的を撃ち抜き、的は青い炎をまき散らしながら爆散した。
「うわっ⁉」
「なんと⁉」
「消火!消火を!」
「大丈夫ですよ、放っといて」
焦る三人に、フィーが冷静に言う。
彼女の言葉通り、散らばった青い炎は少しの間だけ燃えたものの、燃え広がることなくそのまま消えた。
その一部始終を、デカラビアは記録していた。
『すげぇな。聖天騎士団が使ってるケテルの炎と違って、着弾した箇所から対象の構造そのものを崩壊させてやがる。しかも、狙った対象以外には燃え移らねぇ。大した破壊力のわりに、周囲への被害は妙に少ないな』
「……ケテルの炎?」
『フィーが使ってる白い炎だよ』
デカラビアの言葉に、鯉丸は頭を抱えた。
昨日の挨拶の後、鯉丸はフィーやデカラビアと話をしたのだが、会話の途上で覚える言葉が多すぎていっぱいいっぱいになっていた。
「……すまん。もう一度確認させてくれ」
『いいぜ。何でも聞きな』
「まず一つ目、セフィロト・スキュラとは何だったか?」
『世界を作りし創造主の力、その一端を封じた《《恒星級のエネルギー体》》だ。伝承では全部で十個あって、一つは聖天騎士団が管理している』
鯉丸は、まだ夜の色を残す空を見上げた。
恒星という言葉の意味は、昨夜教わっていた。夜空に浮かぶ星々も、太陽と同じように自ら輝く、遥か彼方の巨大な天体なのだという。
そんな力が、今、この身の内にあるらしい。
あまりに話が大きすぎて、すぐには現実のこととして受け止められなかった。
「では、フィーが使う白い炎は、ケテルから与えられた力なのか?」
『そうだ。そしてコイマルに発現したのは青い炎だから、ケセドの炎とでも呼ぶべきだろうな』
「では、なぜ拙がケセドに選ばれた?」
『それがわかれば、騎士団も苦労してねぇよ。なんせセフィロト・スキュラは――』
「待った。余計なこと言わないでよ、デカラビア」
それまで黙って成り行きを見守っていたフィーが、鋭い声で遮った。
デカラビアの単眼が明滅し、言いかけていた言葉を飲み込んだ。
先ほどまでの気安い雰囲気が、一瞬で消えた。
鯉丸はフィーを見る。彼女は平静を装っていたが、片手は外套の端を固く握っていた。
「余計かどうかは、聞く側の拙が決めることではないのか?」
「……セフィロト・スキュラの来歴や所在は本来、口に出すことも許されないほどの騎士団の最重要機密。私の一存では明かせない情報なんです。もし下手なことを喋ったら……」
そこで彼女は言葉を噤み、身震いした。
「どんな処分が下されるか、考えるだけでも恐ろしい……!」
フィーの顔からは血の気が引いていた。おそらく、嘘ではないのだろう。
鯉丸たちは顔を見合わせ、それ以上の追及を諦めた。
ひとまず検証も切り上げようと、鯉丸が弓矢を片付け始める。
「ちょっと待って」
そんな鯉丸を、フィーが呼び止めた。
鯉丸が振り返ると、フィーは鯉丸から矢を受け取って、的のあった場所に鏃が上を向くように地面へと突き刺した。
「あの矢を狙って、さっきの力を放ってみて」
「だが、さっきは的まで届かなかったぞ」
「いいから」
強引なフィーの提案に、鯉丸は渋々手を伸ばし、念じてみた。
閃光が迸り、矢が一瞬で灰燼と化した。
「……突出物には落ちる。やっぱり、炎というより電気の特性が強いのかも」
「「「……デンキ?」」」
納得したように頷くフィーの横で、三人は首を傾げた。
◇◇◇
まだ辺りが薄暗い中で、紅葉は目を覚ました。
横を向けば、鯉丸は既に起きているのか布団がめくれていた。
「御飯支度……!」
朝餉を作ろうとして、紅葉の動きが止まる。
ここは武御家の屋敷だ。朝餉を作るのは、武御家の奉公人の役目だ。
「……」
布団から上体だけを起こしたまま、紅葉は耳を澄ます。
そうすれば、ご飯が炊きあがるのを待ちかねた弟が駆けてくる気がしたからだ。
「……は、はは。何してんだろ、アタシ」
そんなことをしても、弟は帰ってこない。
他ならぬ彼女自身が、殺してしまったのだ。
自覚するたび、涙がとめどなく溢れてくる。
「う……うう……」
胸の奥が痛い。
心臓が早鐘を打つ。
あの日の光景が、脳裏に思い浮かんでくる。
「紅葉さん、血を……紅葉さん⁉」
慌てたように入って来たのは、フィーだった。
彼女は血液の入った容器を開けて、紅葉の口元に運ぶ。
あの日と同じ、味がした。
「いやあああああ!」
フィーを突き飛ばし、紅葉が蹲る。
突き飛ばされたフィーは咄嗟に受け身を取って、恐る恐る紅葉の様子を窺う。
紅葉は、すすり泣いていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
床に額を擦り付け、紅葉は誰にともなく謝罪の言葉を並べた。
フィーは紅葉の横に移動し、彼女の背に手を置いた。
「大丈夫。悪いのは、貴女じゃないよ」
そう言って、フィーは紅葉が落ち着くまでその横に寄り添った。
その様子を、障子戸の隙間から鯉丸が窺っていた。
紅葉の悲鳴を聞いて駆けつけた彼は、刀の鯉口に掛けていた手を、ゆっくりと外した。




