第11話 フィー
「では、改めてご挨拶いたします」
ユーリフィアはそう言うと、直立不動の姿勢で右手を左胸に当て、一同へ軽く頭を下げた。
「私の名は、ユーリフィア・エル・フェネクス。聖天騎士団と呼ばれる組織に所属し、能聖天という位にある天使です」
その自己紹介を受け、鯉丸はひとまず座るよう勧めた。
しかし、ユーリフィアは周囲の者をまねて床へ腰を下ろしたものの、どうにも居心地が悪そうだった。座り方もどこかぎこちなく、何度も姿勢を直している。
どうやら彼女の故郷には、床へ直接座る習慣がないらしい。
そう察した鯉丸が床几を用意させると、ユーリフィアは安堵したように息をつき、そこへ腰を下ろした。
「……拙は鯉丸だ。ええと、ユーリフィア殿」
「フィーとお呼びください。敬称も必要ありません」
「……では、フィー。まずは、あの化物を討つのに力を貸してくれたこと、礼を言う」
「悪魔の討伐は任務のうちです。お気になさらず」
涼しい顔でそう言ってのける彼女に感心しつつ、鯉丸は疑問に思っていたことを口にした。
「君の言う悪魔とは、一体何なのだ?」
そこで、フィーは腕を組み、悩むようにウンウン唸りながら眉を寄せた。
「……そこで言葉に詰まるのか?」
「背景が複雑だから、理解できるような言葉を探してます」
そう言って少し悩んだ後、彼女は答えた。
「ざっくり説明すると、悪魔とは、許されない罪を犯した罪人の魂が、生きた人間に憑依した結果生まれる怪物のことです」
「……罪人の魂が、生きた人間に憑依する?」
「はい。憑依される過程は様々ですが、その結果生まれる怪物は、人智を超える権能を持つ代わりに、終わりなき苦しみを味わうと言います」
淡々と答えたユーリフィア――フィーの視線が、鯉丸の傍らに座る紅葉へ移った。
紅葉の肩が、わずかに強張る。
「本来ならば、彼女も私たちの討伐対象です」
室内の空気が張り詰めた。
それでもフィーは剣へ手を伸ばさず、紅葉の姿を静かに見つめている。
「ですが、どうやら事情があるようですね。何があったのか、聞かせてもらえますか?」
鯉丸が紅葉へと視線を送る。
紅葉はそれを受け、少し逡巡した後、ゆっくりと話し始めた。
城を襲撃され、目の前で父親を殺されたこと。
弟を守ろうとして、光春から受け取った丸薬を飲んだこと。
その結果、鬼になり、弟を衝動のままに殺してしまったこと。
説明の途中で、鯉丸は俯き、幸綱は涙を堪えるように上を向いた。部外者であるはずの経守でさえ、痛ましさに目を伏せた。
「……酷い。なんて酷いことを」
紅葉の話を聞き終えたフィーは、痛ましげに目を伏せた後、紅葉の目を見た。
「辛かったでしょう」
「……ええ。でも、仇は鯉丸が取ってくれました。もう大丈夫です」
気丈に振舞う紅葉に、フィーは同情的な視線を送っていた。
二人の話に割って入るように、鯉丸が口を開く。
「フィー。どうにか彼女を元には戻せないのか?」
フィーは顎に手を当てて少し考えるが、思い浮かばなかったのか首を横に振った。
「こんな事例、聞いたことが無いです。そうだよね?デカラビア」
フィーの言葉に答えるように、彼女の外套の中から何かが飛び出した。
「……っ⁉」
「何だ⁉」
「ヒトデ……⁉」
それは、人間の手のひらほどの大きさのヒトデだった。
体は白い金属でできており、中央部分には黄金色に輝く単眼が埋め込まれている。
フィーにデカラビアと呼ばれたそれは空中を浮遊し、紅葉の周りを一周する。
『……あー、こりゃダメだ。遺伝子レベルで作り変えられてらぁ』
そう言って、デカラビアはフィーの肩に乗っかる。
『聖天騎士団の技術があっても、その娘の体を人間に戻すのは無理だ。元に戻そうとするより、その体でどう生きていくかを考えたほうぎゃあ⁉』
喋っている途中でフィーがデカラビアを掴み、ビタンと床に叩きつけた。
呆気に取られる一同に、フィーは引き攣った笑みを返す。
「……失礼しました、これの名はデカラビア。聖天騎士団が開発した、自律思考型汎用人工知能なんですが、いかんせん機械なものでデリカシーが無くて……」
『フィー!現実的な提案をしただけでこの扱いはひでーよ!オイラがいなきゃ日本語話者との会話なんてできな……』
フィーはデカラビアを拾い上げ、外套の中に押し込める。
「……ニホンゴ?」
「何でもありません。お気になさらず」
そして、コホンと咳払いをした。
「とにかく、彼女を元に戻すことは我々でも不可能です。ただし、症状を緩和するお手伝いはできます」
「……症状を緩和?」
鯉丸の言葉に頷き、彼女は腰のポーチから円筒形の筒を取り出した。
「この筒の中には、人間の血が入っています」
その言葉に、一同の目が丸くなった。
「本来は輸血といって、ケガで血を大量に失った時に体内に注入するためのものなのですが、事情が事情です。貴女が人を襲ってしまわないよう、この輸血用血液を聖天騎士団から送ってもらうことができます」
「本当か⁉」
ただしと、彼女は付け加えた。
「これを提供する条件があります」
「条件だと?」
鯉丸の表情が強張る。
今の鯉丸は、文字通り何も持っていないからだ。
所領も家臣もない少年に、彼女が納得できるものを差し出せるのか?
「その、条件とは?」
鯉丸の問いに、彼女は鯉丸の目を真っすぐに見て、言った。
「私を傍に置いてください」
「え?」
フィーの言葉に、鯉丸が困惑の声を上げる。
幸綱と経守は目を点にさせ、紅葉は口を両手で押さえる。
「……ん?あれ?私、なんか変なことを言いました?」
「……フィーさん。あのね、女の人が男の人に『傍に置いて』っていうのはね」
紅葉にそこまで言われて、ようやくフィーは自分の発言に気が付いた。
「違いますぅ~!客将として迎えてほしいという意味ですぅ~!」
顔を真っ赤にして、フィーは絶叫した。
「紅葉さんの経過観察も必要だし!鯉丸さんの目覚めた力についても、詳しい報告を上げろって、上からせっつかれてるんです!ていうか、貴方ねぇ!ここ数日で悪魔に襲われすぎなんですよ!絶対に何かあるから、そこも調べさせてもらいます!」
「いや、でも……」
「そもそも、私が管理責任者として同行しない限り、騎士団から血液の支給許可は下りないんです。だから、嫌でも受け入れてもらいます!」
「ええ……?」
鯉丸は経守と幸綱を見る。
経守は額を押さえ、幸綱は困惑したような顔をしていたが、二人ともやむを得ないと言わんばかりに首肯した。
「わかった。ただし、拙たちはすべきことを終えたらすぐ、ここを発たねばならんのだが……」
「構いません。旅には慣れています」
あまりにも頼もしい返事だった。
もはや、断る理由はない。
「では、よろしく頼む。フィー」
「こちらこそ、よろしく」
そう言って、彼女は不敵に笑った。




