第10話 武御屋敷の会談
重い目蓋を開くと、見知らぬ天井が広がっていた。
「おはようございます、鯉丸様」
傍らに控えていた奉公人が声をかけてくる。ゆっくりと起き上がった鯉丸は、自分が畳の上に寝かされていたことを認識した。
「……ここは?」
「武御様の御屋敷でございます。鬼灯山城での戦闘の後、気絶されてしまいましたので、武御様のご命令でこちらへとお運びいたしました」
「……なるほどな。すまんが、水をくれないか?」
「ただちに」
奉公人が部屋を出ていく。その背を見送って、鯉丸は再び畳の上に寝転がった。
寝起きの頭をどうにか動かし、これまでのことを思い起こした。
化けガエルとの戦闘。
紅葉の変化。
そして、光春の変貌。
一連の事件が、繋がっていないわけがない。
「全て、光春一人の企みか?」
答えは否だろう。
光春は武人ではあっても、呪術師ではない。人をあのように変化させる術を知っているわけがない。
ということは、裏で糸を引いた何者かがいる。
その狙いは――
「拙、だろうな」
言葉にして、事実を受け止めた。
鯉丸は今まで須佐家の跡継ぎでしかなかった。それが、将軍家に迎え入れられることになった翌日から命を狙われ、家族まで巻き込まれた。
敵の正体は、全く見えない。
なのに、敵は既にこちらを捉えている。
「お待たせいたしました。お水です」
「……悪いが、一口飲んでくれるか?」
「え?あ、はい。わかりました」
怪訝な顔で、奉公人が椀に入った水を飲む。
「すまんな、ありがとう」
それを確認してから椀を受け取り、鯉丸は一息に飲み干した。
その直後、廊下から慌ただしい足音が複数近付いてきた。
嵐が来る。その前兆に、鯉丸はため息を吐かずにはいられなかった。
◇◇◇
尋問が始まった。
紅葉は目覚めた鯉丸に抱きついて泣き出し、それからずっと離れようとしない。
幸綱は先の襲撃で鬼灯山城に何があったのか、今後の須佐家をどうするつもりなのかを問いただした。経守は光春の変貌と、鯉丸が見せた青い炎やユーリフィアという天女の正体について矢継ぎ早に質問を浴びせた。
一通り答え終えた鯉丸は、紅葉を抱きしめながらぐったりとした顔で畳の上に座っていた。
「ちょっと、情報を整理しましょうか」
全ての話を、経守が要約する。
「鯉丸様が先の将軍、天照院様の遺児であることが明らかになった翌日、墓参りをしていたところを化けガエルに襲撃される。その襲撃はユーリフィアと名乗る天女が撃退してくれたものの、その日のうちに鬼灯山城が因幡光春率いる軍勢に襲撃され、須佐家当主、貞春殿とその息子である卵丸殿が命を落とされた」
そこで、幸綱ががっくりとうなだれる。
その目には、涙が浮かんでいた。
「……続けます。その後、因幡軍は居城へと戻って宴を開いていたものの、突如宴を切り上げて鬼灯山城へと進軍。あとのことは、ここにいる皆の知る通りというわけですね」
「その通りです」
鯉丸が頷く。
「繰り返しになってしまうのですが、鯉丸様が使っていたあの青い炎と、ユーリフィアという名のあの天女については――」
「知りません。というか、大国殿――」
「経守、とお呼び捨てください、鯉丸様」
一瞬、キョトンとした顔をした鯉丸だったが、すぐに元の顔に戻った。
「経守。あの戦の後、ユーリフィアはどうなったんだ?」
「『ちょっと上司と相談してくる』と言い残し、どこかへと飛び去ってしまわれました」
「……相変わらず、よくわからん人だな」
そう言って、鯉丸は自分の手を見る。
あの炎、今も出せるのだろうか?
「紅葉、ちょっと離れてくれないか?」
「……?鯉丸?」
紅葉を少し離れさせた鯉丸は、戯れに右手の人差し指と中指を立て、その指先に念じてみた。
パン
甲高く鋭い破裂音と共に、二本の指先の間を青い電気が走った。
「「「うわっ⁉」」」
「……すまん」
本当に出るとは思っていなかった鯉丸は、驚きの声を上げた三人に謝罪しつつ自分の手を見つめた。
青い炎。
稲妻のようなその炎は、ルシフェルを名乗る者の言葉によれば奇跡を実現させる力なのだという。
「……この力、ちょっと試してみたいな」
「その前に、やるべきことを整理しましょう」
経守の言葉に、鯉丸は我に返った。
「まずは、因幡家の処遇についてですね」
「取り潰しに決まってるだろう!」
幸綱の怒声が響く。しかし、経守は首を横に振った。
「当家の兵が因幡城を偵察したところ、鬼灯山城から撤収した兵を城に入れて籠城の構えを見せているようです」
「む」
「武御殿。光春は既に討ち取ったんだ。これ以上、犠牲を出す必要はない」
「いや、しかし……」
なお食い下がろうとする幸綱に、鯉丸が正対する。
「それよりも貴方には、義父上の遺領をひとまず預かってもらいたい。拙からも幕府へ、そのように願い出る」
「なっ……⁉しかし鯉丸様!そんなことをしては、須佐本家は……!」
幸綱の言葉に、鯉丸は寂しげに笑った。
「拙は将軍家へ行かねばならない身だ。そして、紅葉も今の体ではこの地に残していけん。ともに京へ連れていくつもりだ」
その言葉に、傍にいた紅葉は安心したように息を吐く。
「そうなると、須佐本家を継承できるのは因幡家のみ。だが、光春の企みに加担した奴等に渡すより、忠臣に治めてほしいと思うのが人情じゃないか」
忠臣。その言葉に、幸綱は目を潤ませた。
「須佐を離れる拙が、貴方に託せる最後の役目だ。引き受けてくれんか、幸綱」
その言葉に、幸綱は目元を押さえながら辛うじて頷いた。
「……では須佐本家領についての鯉丸様のご意向は、それで承りました。因幡城への対応は、改めて検討するとして――」
「御会談中、失礼します!」
そう割って入ったのは、武御家の奉公人だった。
「何事か?」
「はっ!屋敷の門前に怪しい身なりの娘が来ており、鯉丸様に謁見したいと申し出ております!」
「怪しい身なりだと?」
「全身白の衣装を着ており、頭には妙な帽子を被った娘です!」
その返答に、一同は顔を合わせた。




