第4話『見知らぬ美人に膝枕されていた件』
気がついたら、目の前には青空と、柔らかそうな二つの半球が映っていた。
頭の下に敷いているのは、これまた柔らかくも、ずっしりした筋肉の重厚さを感じる枕……ではなく。
「起きたか。永遠に寝ていればよかったのにな」
半球越しに、銀髪の女が憎まれ口を叩いてきた。
思わず、息を呑むような整った美貌。
目尻のつり上がった切れ長の目は退屈そうに細められていて、シミどころか毛穴ひとつ見えないツヤツヤの肌は、水も弾きそうだ。
起き抜けで寝ぼけていた俺は、素で聞き返してしまった。
「……ど、どちら様でしょうか?」
「たわけ。妾だ。ガルディアだ」
「はあ!? うっそお! だってお前、なんか……違う! ちっちゃくなってる!」
ガバっと起き上がり、俺はむっつりと正座しているガルディアを頭のてっぺんから爪先まで眺め回した。
言われてみれば、顔の造形自体は同じだ。
しかし、肌の色は赤から薄橙色に変わっているし、全体的なサイズも縮小したみたいに縮まっている。
服装は胸元をはだけた麻のシャツに、太ももがあらわになる大胆なスリット入りのロングスカートだ。
尖った耳はそのままに、額に生えていた一対の角もなくなっていた。
有りていに言えば、ガルディアは人間の姿になっていた。
「ちっちゃくなどない! 貴様とさして変わらんだろう。ほれ」
「おお、ほんとだ」
不機嫌そうに言い返し、立ち上がったガルディアの身長は、確かに俺と同じ175センチくらいだった。
うーむ、縮尺が同じになると、スタイルの良さがさらに際立つな。
腰の位置、俺と頭1個分くらい違うんじゃないか?
「しかし、なんで人間の格好なんてしてるんだ。魔法、使えないんじゃなかったのか?」
「そんなこと一言も言っとらんわ、たわけ。人化程度なら苦にもならん。潜入や偵察も妾の任務であったのでな」
「へえー」
人は見かけによらないもんである。
「その服はどっから? てかメイド服は?」
「変装用の服くらい常備しておるわ。あのたわけた服は……捨てた」
「えー! なんでだよ、似合ってたのに!」
「う、うるさい! 妾の勝手だろう! あんなもの、二度と着ないからな!」
そんなあ……せっかくデザインも俺が考えて、ゴブリンお針子部隊に発注かけたのに……。
がっかりしている俺に、ガルディアはなにか物言いたげにしていたが、顔を上げるともとの様子に戻っていた。
「それで、これからどうする。言っておくが、街に入るには身分証か、通行証がいるぞ」
「え? ああ。賄賂とかでなんとかならないか?」
なんで膝枕してくれていたのかも聞きたかったが、あまり無駄話をしている暇はないのでやめておいた。
今度、ゆっくり時間を設けよう。
小高い丘の上から眼下を見下ろすと、街の外周を覆う壁に設置された関門には、馬車の行列ができていた。
どうやら、あそこで通行証だかを要求されるようだ。
俺がぱっと思いついた案を言うと、ガルディアは嫌そうに柳眉をしかめた。
「……その賄賂とやらは、誰が用意するのだ?」
「お願いします」
「ちっ、命令されては仕方ない……」
別に命令したつもりはなかったが、ガルディアはグチグチと文句を垂れながら、おもむろに胸元へ手を突っ込んだ。
おおう……手首まですっぽり入ってる……どんだけでかいんだってちょっと待て! 肘まで入るのはおかしいだろ! 消えとるがな亜空間に!
「えーと、どこにやったかな? あれでもない、これでもない……」
「待て待て待て! どうなってんだお前の谷間は! 四次元ポケットか!」
「は? 四次元? なんだか知らんが、ただの収納魔術だ。魔族なら誰でも使える」
「はえー、便利なもんだな」
明らかに胸よりも大きな、中身のぎっしり詰まった革袋を取り出すと、ガルディアはいたずらっぽく口元を緩めた。
「その気になれば生き物だって入るぞ。どうだ、入ってみるか? 「入りたい! 入りたい!」なんてな、くひひ……は?」
俺の魂からの叫びに、ガルディアがドン引きしたように頬を引きつらせた。
「なんだ、その顔は。お前が入っていいって言ったんだろうが! ええ!? 違うか!」
「いいとは言っとらん! だいたい、無事に出られる保証はないぞ」
「ほんとか?」
「どんだけ入りたいのだ。……前に食い物を入れたときは、半日も経っとらんかったのに腐り果てておったぞ」
「なら遠慮しておきます……」
中と外で時間の流れが違うってことか? 精神と時の谷間?
なんにせよ、さすがに命をかけてまでやりたくはない。
俺は断腸の思いで辞退した。
ガルディアが呆れ果てたように肩をすくめる。
「まったく、物欲しそうな目をしておったから、ちょっとからかってみたらこれだ。おお、怖い怖い、童貞は怖い。飢えた獣のようだ」
「そ、そんな目しとらんわい! ……くだらない話は終わりだ。さっさと行くぞ、デカ女」
「お前が始めた話だろう……」
やれやれと首を振りながら、ガルディアは俺の後をついてきた。
◆
数時間後。
どうにか賄賂作戦は成功し、トラヴィスとかいう街に潜り込んだ俺たちだったが、さっそく問題にぶち当たっていた。
「めっちゃくちゃ怪しまれたな、俺……」
「そんな面妖なものを着ておってはな」
この世界には、スーツと似たような服こそあるものの、まず庶民が着るものではないらしい。
そして、よしんば貴族や大富豪だとして、馬にも乗らずトコトコ街道を歩いてくるはずがない。
よって、俺は衛兵から控えめに言って頭のおかしい人扱いを受け、「誰かに真名を奪われたのか?」と心配までされてしまったのだ。
さっさと賄賂を出さなかったら、病院送りの憂き目に遭っていた可能性すらある。
今、通りを歩いていても、通りすがりの人から珍獣でも見るような目を向けられていて、かなり辛い。
「服を買おう。可及的速やかに」
「それは貴様の勝手だが、古着屋などそう見つかるものではないぞ」
「そうなの?」
「一般庶民なら、服は自作するか、譲ってもらうかの二択だからな」
「貴族は?」
「御用達の仕立て屋で特注だ。既製品など売っている場所は基本的にない」
「基本的にってことは、売ってるとこには売ってるわけだ」
「それが見つけられればの話だがな」
つまり、闇市場みたいなところを探すしかないと。
「ちなみにどこにあるか知ってたりとかは」
「していたら今教えているわ」
「ですよねー」
そうなんでも都合よくはいかないか。
まっ、金ならあるわけだし、気長に探そう。こんなことで名刺使うなんてもったいないしな。
俺は名刺の残量を確認した。
名刺ケースの中に残っている名刺は、あと6枚。
……ゴブリン相手に3枚無駄にしたのがだいぶ痛いな。
こんなに重要なリソースだなんて、想像もしていなかった。
早いところ、こいつを補充する手段も見つけないとな。
そんなことを考えながら、街をうろついていると、
「てめえゴルァ! 手こずらせやがって!」
「こっち来いやオラァ!」
「ひ、ひいいい! すいやせんでした、許してー!」
ごろつきっぽい男たちに腕を掴まれた少女が、路地裏に連行されていくのが見えた。
髪は茶色でショートボブ。ゆったりしたポンチョに、動きやすそうなショートパンツを履いている。
周りの人たちも、厄介事はごめんなのか、助けに入る様子はない。
ナンパや人さらい……って感じでもないよな。なにがあったんだろう。
気になった俺は、恐る恐るそちらへ近づき、こっそり角から覗き込んだ。
「ダメだ! こいつ素寒貧だ!」
「おい! 金はどこに隠した!」
「そんなの持ってないですよお! 本当に! あーしに渡せるものはぜんぶお渡ししたって、何度もお伝えしてるじゃないですか!」
「嘘こけ! こちとら一ルピだって受け取った覚えはねえよ!」
「うちもだ! 500万ルピ、この場で返せねえなら沈めんぞ!」
「な、ない袖は振れませんってー!」
ごろつきに胸ぐらを掴まれ、涙目にこそなってはいるが、少女は忙しなく辺りに視線を巡らせ、逃げ出す機会をうかがっているよう見えた。
見た目によらず、したたかなようだ。
……これ、あんまり関わらないほうがいいやつかも。
そーっとその場を離れようとした、そのとき。
俺は少女とぴったり目が合ってしまった。
途端、彼女の目が獲物を見つけた猫のようにかっと見開かれた。
「だ、旦那ー! よかった、旦那なら必ず来てくれるって、このペコル信じていやした!」
「はあ!?」
いや、誰だよお前! なに知り合いみたいな顔してんの!?
心底安堵したようなペコルの声に、ごろつきたちが振り向き、俺のことをロックオンする。
こ、このクソ女、許せん!
「誰だ? 兄ちゃん」
「あんたがこいつの肩代わりしてくれんのか?」
ごろつきたちの仲間と思しき連中が、いつの間にか俺の背後にくっついていた。
どうする、ガルディアに追い払ってもらうか?
いや、まだ早い。せっかく賄賂まで払って忍び込んだ街で、早々に揉めごとを起こしたくない。
それに、俺の営業マンとしての勘がささやいている。
この女は使える、と。
「……遅くなって、悪かったな。ペコル」
俺は心の中で深呼吸し、気軽に手を挙げた。
ピリッと空気が張り詰め、ごろつきたちが俺を品定めし始めたのを肌で感じる。
さあ、商談開始だ。




