第5話『借金まみれの仲間を拾った件』
「なんだ、あんた。こいつの知り合いか?」
「ああ。俺はタナカだ。ペコル、お前いま借金いくらだ?」
「え、ええと……諸々の込み込みで確か2000万くらいっす」
俺が話を合わせたことに驚いたのか、目が泳ぐペコルだったが、うまくつなげた。
「2000万ルピか……」
男たちからの訂正は入らない。
多重債務者なのに、自分の借金を、ちゃんと利子を含めて把握しているとは珍しい。
思った通り、かなり頭が回る子のようだ。
俺はかたわらのガルディアにこっそり尋ねた。
「ガルディア。2000万ルピってどのくらいの金だ?」
「魔王通貨でいうと5400万ギラくらいだ」
わかんねえよ。
「俺の聞き方が悪かった。今2000万ルピ、現ナマであるか?」
「ない。せいぜい1000万ルピだ」
半分か……。
しかし、バカ正直に「半額だけ返すので残りは分割で」なんてお願いしても通らないだろう。
向こうは、今、全額回収したいのだから。
だったら、答えはひとつしかない。
俺はごろつきたちに問いかける。
「なあ、あんたらはその子使って2000万も作れるのか?」
すると、代表格らしき男が不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。
「……あるかどうかは関係ねえ。落とし前つけさせるだけだ」
なるほど。つまり、ないと。
だったら、付け入る余地はある。
俺は不敵に笑い、堂々と言い放った。
「そうか。俺ならそいつから4000万は引っ張れる」
「4000万!?」
「マジかよ……」
ざわつくごろつきたち。
しかし、代表格は惑わされることなく、鋭い目で俺をにらんだ。
「おい、兄ちゃん。それ本気で言ってんだろうな?」
「もちろん」
もちろん嘘だが、ノープランではない。
俺はガルディアを親指で指した。
「こいつを見ろ。いい女だろ?」
「まあ、そりゃあ……」
「出会ったのはつい最近だが……俺はこいつの真名を握ってる。意味はわかるな?」
「ほう?」
代表格が片眉を持ち上げる。
その程度のハッタリ、俺は見慣れてるぜと言わんばかりだ。
まあ、この世界ならありふれたものなんだろう。
だが、俺は違う。
「証明してやろうか。……ガルディア」
俺はこともなげに命じた。
「俺を愉しませろ」
「くっ……わ、わかった……」
ガルディアは悔しそうにうなずくと、おもむろに俺を抱きかかえた。
そして、とろけるような甘い声を耳元でささやいてくる。
「よ、よーちよち。今日も僕ちゃんはいい子でちゅねー」
「きゃっきゃっ!」
「可愛い僕ちゃんには、あとでたーっぷりご褒美あげまちょうねー」
「ママー! ……ってちがーう! なにやらしてんだオメーは!」
「貴様がやらせたんだろうが!」
畜生。もっとこう……具体的に命じればよかった。
これじゃ俺の性癖を晒しただけじゃねえか。
静まり返っているごろつきたちをよそに、俺は落ち着き払って乱れたネクタイを直した。
「……これでわかっただろ?」
「あ、ああ……」
「こうやっていつも奉仕させてるんだ。最高だよ」
「だろうな……」
本当に納得したんだろうか? 妙にごろつきたちの反応が鈍い。
これで俺が真名を握る能力を持っていると証明できたんだろうか。
不安になって聞いてみた。
「もっとすごいのを見せてやろうか?」
「いや、いい! あんたの力はよくわかった!」
「もう十分だ!」
そうか。ならいい。
俺はジャケットを裾を正して、なぜか真っ青になっているペコルのほうへ顎をしゃくった。
「そういうわけだ。俺にそいつを渡してくれれば、2000万ぽっち、一ヶ月以内に、耳を揃えて返すと約束しよう。どうだ、悪い話じゃないだろ?」
「うむ……」
「真名を握ってるのはマジっぽいしな……」
「トリックじゃないか?」
「あの女、相当高位の魔族だぞ。真名でも握ってなきゃ、あんな真似させらんねえよ」
「確かに……」
「わー! 待って待って! お願いしやす、娼館でもどこでも行きますから、あの男に渡すのだけは勘弁してくだせえ!」
「おい!」
お前が始めた物語だろ、これは!
「そうはいかねえ。せいぜい、あの兄ちゃんをたっぷり可愛がってやんな」
「い、いやあああ! まだママにはなりたくないー! あーしにはまだまだたくさん、やりたいことがあるんだから――! 『等価交換』!」
ごろつきに取り押さえられていたペコルの姿が、突如として虚空に消えた。
と思った次の瞬間、ぱっと俺の頭上に姿を現す。
瞬間移動か!?
「ガルディア! 捕まえろ!」
身軽な身のこなしで、壁を蹴って屋上を目指すペコルのもとへ、ガルディアがひとっ飛びで到達する。
「ひいい! お見逃しを!」
「悪く思うな。貴様も道連れだ!」
「ゲフッ!」
腹パンを食らってぐったりするペコルを、小脇に抱えて着地するガルディア。
ドオン! という衝撃が大地を揺らした。
舞い上がっていたスカートが、ガルディアの脚をゆらりと隠す。
俺は何事もなかったかのように、代表格と交渉を再開した。
「で、受け渡しの場所はどうする? 方法は?」
「ああ。期日は一ヶ月後。夜明け前にここで落ち合おう。言うまでもないとは思うが、王国通貨で頼む」
「わかってるさ」
俺は代表格と固い握手を交わし、笑顔で手を振って別れた。
いやあ、気持ちのいい取引ができたな。
「大したペテンだな、タナカとやら。こんなに早く貴様の真名がわかるとは思わなんだわ」
「あっ」
「えっ?」
ガルディアが冗談だろとばかり、こちらを凝視してくる。
やっべ、普通に真名名乗っちゃったよ。
数秒の沈黙ののち。
ガルディアがニヤッと笑って顔を覗き込んでくる。
「くっ、くははは! 不用心だな、タナカ! 気をつけろよ? 互いに真名を握り合えば、両者は対等の関係に戻ってしまうからな。貴様の上の名前、聞ける日が楽しみだ」
「ぐぎぎ……」
いかん、この調子じゃうっかり本名まで使ってしまいかねん。
適当な偽名を考えておくか。
タナカはもうバレちゃったからいいとして、名前は……タローとかにしておこう。これなら真名とはかすりもしないからな。
いいか、俺はタナカ・タローだ。もう忘れるなよ?
そう自分にしっかりと言い聞かせ、挽回策を考える。
……待てよ、別に難しいことないじゃん。
「ガルディア。俺の真名を忘れろ」
ガルディアは想定済みの質問を受けた論文発表者のように、余裕たっぷりにうなずいた。
「よし、忘れた。……おっと、こんなところに誰かさんの真名が記された紙があるぞ」
「げっ!」
胸の谷間から俺の名刺を取り出し、ひらひらとかざしてみせるガルディア。
「タナカ。タナカだな? 理屈はわからんが今では読める。この文字は田中と読むのだ。さあ、何度でも命令するがいい。そのたびに妾はこれを見て思い出すだけだ」
「じ、じゃあ、その名刺を俺に返せ!」
「それは拒否する」
「なんでだよ! 真名を握ったやつの命令は絶対なんだろ!?」
「それはそうだが、何事にも法則と例外がある。妾の見立てでは、貴様の真名簒奪能力はスキルによるもの。ならば、この制約はスキルと密接に関わっていると見るのが妥当だろうな」
名刺を返させられないのが制約か。
確かに、読めない文字で書かれているとはいえ、『自身の真名を記した名刺を渡す』という重いリスクを背負って相手の真名を奪っているのに、その後で『じゃあ俺の名刺だけ返せ』なんて話は筋が通らない。
しかし、
「ガルディア。『この能力強すぎない?』って本人が思っている能力は成立するのか? たとえば、今の俺が、お前から名刺を返させることができたら、強すぎるだろ」
「しない。『良心律』という理があってな。術者自身が不条理だと感じるものは、たとえスキルであっても成立せんことが多い。ほかにも、術者の中の常識に背く行いなども、この『良心律』に引っかかりやすい」
「俺の中の常識……」
そこで、俺ははっと気がついた。
『名刺交換』はビジネスマナーに則って、相手に名刺を渡さないと成立しない能力。
つまり、この場合、名刺の扱いは、すべてビジネスマナーに則ったものになるのでは?
俺は試しに命令してみた。
「ガルディア。俺の名刺を破棄しろ」
「拒否する」
「ガルディア。俺の真名を思い出そうとするな」
「拒否する」
「ガルディア。今からお前の名刺を取り上げるから、抵抗するな」
「拒否する」
やっぱり。
俺は頭を抱えたくなった。
渡した名刺を返してもらうなんてありえない。
その常識が俺の中にある限り、一度他人に渡した名刺は、どうあがいても回収できない。
また、名刺をもらった相手の名前を知らないなんてありえない。
これもビジネスマナーに則った法則である。
俺の名刺を持っている相手が、俺の真名を思い出そうとする行為は禁止できない。
そして、渡した名刺を取り上げるなど、完全に論外。
要するに、『名刺交換』で真名を握った相手が、俺の真名を知る可能性を完全に消し去ることは不可能なのだ。
俺は歯噛みした。
この能力、まさにハイリスク・ハイリターンだ。
使い所は慎重に選ばないと、とんでもないことになる。
最初にゴブリンへ使ったのを後悔していたが、自分から破ってくれただけまだマシだ。
もしあの名刺が、俺の目の届かないところに出回ったりしたらと思うと、ぞっとする。
「う、うーん……」
うめき声を上げながら、ペコルが身じろぎし始めた。
やがて、はっと俺の顔を見上げると、へらっと愛想笑いを浮かべた。
「……あの、このままあーしのこと、見逃してもらうわけにはいきませんかね?」
「無理」
「ですよね……」
単に頭がいいという以上の利点を、俺はこいつに見出してしまった。
絶対に手放す気はない。
俺はガルディアに観念した様子のペコルを地面に下ろさせると、質問を始めた。
「まず、お前の能力について聞きたい。あれは、俺を瞬間移動させることもできるのか?」
「できやす。ただし、3つ! 条件がありやす」
切り替えが早い。
先ほどとは打って変わってしゃんとした顔のペコルが、ビッと三本の指を立てた。




