91.練習
リライトの練習は、地道な作業だった。
スルクの拠点の外、木々に囲まれた空き地で、ルベルドは的を前にして立った。
「まず、感覚を掴み直すところからだ」
スルクが隣に立った。
「ズーム戦であの技を使った時、何を感じてた?」
「……コゴメを守らなければならないという感情が先にあった。その後、ズームの魔力の流れが見えた。無意識に触れて、ずらしていた」
「感情が先か。なるほどな」
「感情が関係するのか」
「俺の経験では、そうだった。この技は、理性だけでは動かしにくい。何かを守りたいとか、絶対に諦めたくないとか、そういう感情が引き金になることが多い」
「……それは、訓練できるものか」
「できる。あくまで感情は発現のキッカケに過ぎない。感覚を掴めば技として使えるようになる。だから、練習あるのみだ」
スルクが右手を上げた。
「俺が何かを放つ。お前はその魔力の流れを読むんだ。それをずらす。魔力とは違うから説明するのは言葉じゃ難しいな」
「ずらす……」
「最初は『見るだけ』でいい。書き換えようとしなくていい。ただ見る。それが最初の練習だ」
ルベルドは頷いた。
スルクが動いた。
指先に小さな光の粒が生まれた。闇ではなく、スルクの使う別の種類の魔力だ。それが放たれる直前を、ルベルドは目を細めて追った。
(……流れが見える。集まって、方向が決まって——)
一瞬だけ見えた。
「そこだ」
スルクが言った。
「今、お前が見えたと思ったその瞬間。そのタイミングで流れに触れる、というイメージを持つ。その流れのほんの一点だけをずらす。壊すのではなく——ずらす」
ルベルドは試みた。
失敗した。スルクの粒はそのまま飛んでいった。
「惜しかった。感触はあったか」
「……少し、あった気がする」
「それでいい。今日はそれを百回繰り返す」
◆◇◆◇
百回目に近い頃、初めてうまくいった。
スルクの粒が、空中で霧散した。そのまま、スルクの攻撃が無かったことになった。
「できた」
「ああ」
スルクが嬉しそうに言った。
「初日でここまで来たなら、早い方だ」
「安定はしていない」
「そうだな。これから安定させていく。でも感覚は掴めた。それが一番難しい部分だからな」
ルベルドは少し考えた。
「……練習しながら、聞いていいか」
「なんだ」
「兄上はいつ、この技の名前をリライトと決めた」
スルクが少し間を置いた。
「……事実を書き換える技だから、そう呼ぶのが一番ぴったりだと思って。リライト。書き直す、という意味だ」
「書き直す」
「そう。起きようとしていたことを、なかったことにする。それはある意味で——世界を少しだけ、書き直すことだ」
ルベルドはその言葉を、少し長く頭の中で持っていた。
(リライト。書き直す)
「……俺が学園を出てから、色々なことが書き直せなくなった気がする。コゴメの傍にいられなくなった。レインやダリアとも離れた。近衛騎士の道も、一度途切れた」
「そうだな」
「でも、途切れただけで終わりではない、ということか」
「そういうことだよ」
スルクが空を見た。日が傾いていた。
「ルベルド、この技をどう使いたい」
「コゴメを守るために使う。そして——学園に戻るために」
「それだけか」
「それだけだ。それ以上のことは、今は考えない」
「シンプルだな」
「お前が言うことか」
「ごもっとも」
スルクが笑った。
ルベルドも、少しだけ口の端を動かした。
「明日も練習する」
「もちろん。俺が付き合う。それと明後日から、少し動く予定がある。創設者の手がかりを追いに」
「俺も連れて行くのか」
「場合によっては。今日はもうゆっくりしろ。初日に百回以上やったんだ、体を休めないと」
「魔族は疲れない」
「魔族でも限度がある。それに頭が疲れているのは体と別の話だ」
スルクが小屋の方に歩いた。
ルベルドはしばらく、その場に立ったまま空を見ていた。
ハートヴェルの方角に、雲が一つ流れていった。
(……今日、レインは何をしているだろう。ダリアは。コゴメは)
考えた。考えながら、手のひらを開いた。
リライト。
起きようとしていることを、書き直す。
それがこの技の本質ならば——今の状況も、書き直せると信じていい。
(……必ず戻る。その言葉だけは、書き直さない)
ルベルドは手を閉じて、小屋の方へ歩いた。
夜が来ていた。学園の方角に、星が出始めていた。




