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魔王リライト  作者: ゆずリンゴ


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89.干渉

 学園に変化が訪れたのは、ルベルドが去って三日目のことだった。


 アダムは宣言通り、教員を戻した。


 ただ——戻ってきた教員たちは、何かが違った。目の色が少し変わっている。言葉は以前と同じだったが、何かが抜け落ちていた。生徒の中で気づいている者はほとんどいなかったが、レインには分かった。


(……顔が、空だ)


 演習棟の前の廊下で、戻ってきたロウ教師とすれ違った時にそう思った。ロウはいつも通りに見えた。眼鏡をかけて、鋭い目をして、淡々とした声で生徒に話しかけていた。


 しかし——ルベルドについて問われた時に、ロウが言った言葉が、おかしかった。


「ルベルド・クレインは学園の規則に違反した。この学園に魔族の居場所はない。必要以上に引きずるな」


 以前のロウなら、そう言わなかったと思った。少なくとも、ルベルドの才能を評価していたことは知っていた。あの言い方は、評価した人間の言葉ではなかった。


 レインはダリアに話した。


「ロウ先生、おかしくないか」


「……ああ。他にも何人か、戻ってきた教員に似たような気配がある」


「気配とは」


「魔力が、うっすらと干渉されている。刻印とは違う。もっと繊細な、何かの術式が残っている気がする」


「それって、洗脳みたいなものか」


「正確には分からない。しかし、ある方向に考えが向きやすくなっているような——そういう印象だ。本人の意志を大きく変えるものではなく、ただ少し、判断が歪むようなものかもしれない」


 レインが唸った。


「……それ、二年生にもかけられてるんじゃないか、あの神域実習で」


「可能性が高い」


「じゃあ、俺たちの学年にも。最近、ルベルドをひどく言う生徒が増えてる。それも——あいつらが仕向けたのか」


 ダリアは少し沈黙した。


「全員にかけているわけではないと思う。刻印に体力が必要なように、こういった術式にも限界がある。おそらく、影響を受けやすい者に優先してかけている」


「影響を受けやすい者って、どんな」


「……加護を持てない生徒。劣等感を持っている生徒。誰かに怒りをぶつけたいと思っている生徒。そういう者が、最初の標的になりやすい」


 レインの顔が曇った。


「……それって、俺が加護を持つ前だったら、確実に引っかかってたかな」


「そうかもしれない。だからこそ、お前が話せることがある」


◆◇◆◇


 レインは翌日から動いた。


 最初に話しかけたのは、同学年の風属性の生徒——テオという名の、小柄な男子だ。


 テオは入学当初から真面目で、魔法の才能はそれほどではなかったが努力家だった。神域実習にも参加しており、実習から戻ってきてから少し目が変わっていた生徒の一人だ。


「テオ、最近どうだ」


 廊下ですれ違ったところで声をかけた。テオが少し驚いた顔をした。


「……レイン? なんだよ、急に」


「最近の様子が気になってさ。実習から戻ってから、少し元気がなさそうで」


「別に元気はあるよ」


 テオが少し声を落とした。


「俺、アダムの人たちから聞いた話、本当だと思う。加護がなくても強くなれる方法があるって。俺、加護を神域でもらえなかったからあの話を聞いた時、初めて希望が持てた気がしたんだよ」


「刻印のことを聞いたのか?」


「刻印っていう名前じゃなかったけど、体の中に術式を入れて魔力を高める方法があるって。俺みたいに加護を持てない人間でも、強くなれるって」


 レインは少し考えた。


「テオ、その術式を使った後のことは聞いたか」


「使った後?」


「長く使い続けると、体に何が起きるか、説明はあったか」


 テオが少し黙った。


「……そこまでは聞いてない」


「俺は知ってる。去年、神域に行ったときにアダムの人間と戦った。あの人たちが使っていた技術だ。研究途中のもので——長く使えば体が壊れる可能性がある。改良版でも、長期的に安全かどうかは保証されていない」


「それって、本当か」


「嘘をつく理由がない。テオ、お前のことが心配だから言ってる」


 テオが少し迷うような顔をした。


「でも、アダムの人は強くなる方法をただで教えてくれると言っていた。神みたいな不公平なやり方より、誰にでも平等な力が持てると」


「テオ」


 レインは少し声を落とした。


「俺も、少し前までは加護を持っていなかった。お前の気持ちは分かる。本当に分かる。俺も焦ってた。才能のある人間と比べて、どうしてこんなに差があるんだって、ずっと思ってた」


「……そうなのか」


「そうだよ。だから、あの話が魅力的に見える理由は分かる。でも体のことを隠して教える人たちが、本当にお前の事を思っているとは思えない。俺はそう感じる」


 テオがしばらく黙った。


「……少し、考えてみる」


「うん、急かすつもりはない」


 レインはそう言って、テオの横を通り過ぎた。


 廊下を歩きながら、頭の中で今の会話を整理した。


(……全員に届くとは思っていない。でも、一人ずつだ)


◆◇◆◇


 その日の夕方、ダリアが演習棟の裏でレインを呼んだ。


「組織の動きが、少し分かってきた」


「何が分かった」


「教員たちに残っている術式の性質から推測すると、今のアダムは『情報の制御』を目的にしている段階だと思う」


「情報の制御って、どういうことだ」


「学園内で流れる情報を、自分たちに都合のいい方向に調整している。ルベルドが悪だったという印象を強め、自分たちが正義だという認識を広める。それが今のフェーズだ」


「……つまり、力でねじ伏せる前に、心を変えようとしてるのか」


「そうだ。心が変われば、力を使わなくても生徒は自分から従う。それが完成した後で——次の段階に入る」


「次の段階って何だ」


「まだ分からない。ただ令嬢の存在が核心にある以上、何らかの形でコゴメ姉様に関わってくると思う」


 レインが真剣な顔をした。


「コゴメ王女を守ることが最優先だな」


「ああ。そのために新しい近衛騎士が来る。明日、学園長が発表する」


「誰が来るんだ」


「聞いた。名前は——セン。卒業生で、元近衛騎士」


「セン。……あの人か!あの、虚無属性を使ってた人」


「そうだ。既に他の国に出て騎士として活動を行っていたらしいが今回の件を聞いて名乗り出たらしい」


「センさんっていつも眠たそーな印象しかなかったけどカッコイイな!」


「あの人の今の実力は分からない。だが、誰よりも頼りになるのは確かだ」


 ダリアが空を見た。秋の夕空は、オレンジと紺が混ざった色だった。


「……ルベルドは今、どうしているんだろうな」


 ダリアには珍しい言葉だった。


 レインが少し笑った。


「きっと、学園に戻るために動いてる。あいつのことだから、もうすぐ次の一手を考えてる頃だ」


「そうだな」


「俺たちは俺たちでやることをやる。それがルベルドのためにもなる」


「分かっている」


 二人はしばらく、黙って夕空を見た。


 学園の外の、どこかに向けて——二人とも、同じ方向を見ていた。

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