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魔王リライト  作者: ゆずリンゴ


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88.リライト

 朝食の後、スルクが地図を広げた。


 ハートヴェルを中心に、周辺の神域の位置と、アダムが確認されている拠点候補が書き込まれている。


「創設者の動きを追っている。あの男は一か所に留まらない。学園を手に入れた今、次はどこを動くか」


「神域が次の標的か」


「ガルム島は封鎖した。俺の知り合いに頼んで、近づけないようにしてある。ただ——この辺りにある別の神域が危ない」


 スルクが二箇所を指した。


「一つは山の中の古い祠。もう一つは湖の底に眠る神域だ。どちらも、神がまだ活動している場所だ」


「神を殺すことで加護に変わる力を手に入れる。それが目的だったな」


「ああ。ただ、コゴメ令嬢の血から何かが分かった以上、計画が少し変わった可能性もある。祝福の性質と加護の性質を組み合わせれば——何ができるか、まだ俺には読めていない」


「……厄介だな」


「そうだな。だから焦らず情報を集める段階だ。今日はとりあえず、お前の話を聞きたい」


「俺の話?」


「ズーム戦の話だよ」


 スルクが地図を閉じた。向き直って、ルベルドを正面から見た。


「あの時、ズームの攻撃を受け流した。普通じゃない方法で。魔力の流れを操作したんだろう?」


 ルベルドは少し止まった。


「……見ていたのか」


「遠くから。全部ではないけど、最後のあたりは見えた。あの動き、お前が意識的にやったことか?」


「……無意識だった」


「無意識か。なるほどな」


 スルクが少し考えるような顔をした。それから、嬉しそうに口の端が上がった。


「ルベルドにもできたのか」


「できた、とは言えない。あの時だけで、今はまだどうやったのか自分でも分かっていない」


「それでいい。できたことが重要だ」


「……どういうことだ。兄上は何を知っている」


「何を、じゃなくて——俺にも同じことができる。あの時神域で初めて見せたろ。ズームより前の話だけど、お前も覚えてるか」


 ルベルドは思い出した。


 神域実習での戦闘。刻印男が攻撃を放った瞬間、スルクが指一本で止めたあの場面。魔法を使ったようには見えなかった。ただ、指を弾いて——攻撃が消えた。


「……やはり、あれと同じか」


「同じだ。お前がやったのも、俺がやったのも、根は一緒の技術だ」


「仕組みを教えてくれ」


 スルクが少し腕を組んだ。


「説明するのが難しいんだよな、これ。でも試みる」


 スルクが手のひらを開いた。


「魔力の流れは、動きの前にある。人間が何かをしようとする時、脳が決めてから体が動く。魔法もそれと同じで——発動するには、その前段階がある。魔力が集まって、方向が決まって、放たれる。その過程を、数字で表すとしたら」


「ズームとの戦闘で感じた。動こうとする直前が99だった」


「そう。0から始まって、100で実行される。お前が読んでいたのは、その途中の数字だ。魔力の流れを追ってたんだろ、ずっと」


「……追っていた。それは昔からだ」


「それが才能の根っこだ。ルベルドは魔力の流れを読める。俺も同じで——父さんもできる。恐らく、俺たちの血筋に宿っている性質だ」


「父上が」


「ああ。俺が使えるようになったのは、父さんを見ていたからだと思う。ただ父さんは教えてくれなかったから、自分で掴んだけど」


 ルベルドは少し考えた。


「……99のところで、何をした。俺が無意識にやったのは——」


「その99までの数字を、ずらした。0に戻したのとは少し違う。正確に言うと——1つ書き換えた」


「書き換えた」


「ズームが放とうとしていた攻撃の流れを狂わせた。事実と合わせるために攻撃は無かったことになったんだ。ズームも混乱してたな。自分の意志と、実際に起きた出来事が食い違ったから」


 ルベルドの中で、何かが繋がった。


(……書き換えた。事実を、変えた)


「……技に名前はあるのか」


「ある」


 スルクが少し笑った。いつもの軽い笑顔とは少し違う、どこか誇らしそうな顔だった。


「リライト——と、俺は呼んでいる」


 その言葉が、静かに落ちた。


 リライト。書き直す。事実を、書き換える。


「……俺が、無意識に使ったということは」


「使えるようになった、ということだ。まだ安定はしていないだろうけど——素質がある証拠だ。俺と同じ技が、ルベルドにも宿っている」


 ルベルドは手のひらを見た。


 あの瞬間のことを思い返した。死を覚悟した瞬間。それでも諦めたくないという感情が動いて——腕が自然に伸びていた。


(あれが、リライトだったのか)


「父上も使えるのか」


「できると思う。ただ父さんはほとんど使わない。あの方は別の力が桁違いに強いから、必要がないんだよ」


「……なぜ兄上は教えてくれなかった。魔界にいた頃」


「気づいてなかったからだよ、俺自身が。この技を意識して使えるようになったのは、魔界を出てからだ。それにルベルドは俺より根が真面目だから、教えたら怖いものなしになりすぎると思って」


「それは失礼な判断だ」


「ごめんごめん。でも、お前がちゃんと自分で掴んだから良かった。教えてもらったものより、自分で掴んだものの方が、しっかり根を張る」


 ルベルドは少し黙った。


「……練習できるのか、今から」


「できる。むしろ、今から練習しないといけない。あの刻印を刻んだ奴らが相手なら、この技の熟練度が勝敗に関わってくる可能性がある」


「なぜ」


 スルクが少し真剣な目になった。


「強化版の刻印の挙動をルベルドも見ただろう?あれは他の所に無くては成り立たない力すらも一部に集中させる効能がある。それを直にくらえばどうなるか、ルベルドも分かるはずだ」


 ルベルドはしばらく黙っていた。確かにあれが直撃すれば無事では済まない。


「……リライトを使えば、その攻撃を避けることが出来る。確かに必要な技だ」


ルベルドは言う。それからスルクは懸念した顔になった。


「ただ、その能力が創始者には効かない可能性がある。……確証はない。でも、俺がそう感じた」


「……あの男は、何者なんだ。スルクと同等の力を持つだけでなく、リライトが効かない可能性があるとは」


「あの男が何者かは、まだ完全には分かっていない。ただ、普通の人間では無い」


「人間じゃないとはどういう事だ」


「人間の魔法使いとして限界はとうに超えている。加護でもない、刻印でもない。もっと根本的な力。限りなく神に近い力。少なくとも既に神殺しを行っている」


 スルクが地図を再び開いた。


「それを調べることが、今俺がやっていることの一つだ。創設者の素性を洗う。それが分かれば、弱点も分かる」


「……俺は何をする」


「今日から、リライトの練習だ。意識的に使えるようにならないと話にならない。俺が付き合うよ」


「分かった」


 ルベルドは立ち上がった。


 窓の外、ハートヴェルの方角が見えた。学園の輪郭が、遠くに薄く見える気がした。


(……待っていてくれている人間がいる。それだけは、変わらない)


「スルク」


「なんだ」


「夢の話だが——本当に、あんな結末にはならないと思うか」


 スルクは少し考えた。それから、真剣な顔のまま答えた。


「ならないようにするために、俺たちは動いている。それが答えだ。保証はできない。でも——俺は、諦めない方に賭ける」


「……そうか」


「そういう奴だよ、お前の兄上は」


 スルクが笑った。


 ルベルドも、少しだけ口の端が動いた。スルクの言葉に安心できた。きっとアダムにだって勝てる。その時のことを考えながらスルクと共に歩き出した。

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