83.話すべきこと
コゴメから伝言が来た。
ダリアを通じて。「話したいことがある。明日、少しだけ時間をもらえませんか」という言葉だった。
ルベルドはそれを受け取って、しばらく廊下に立っていた。
(……分かっている。何を話すつもりか)
あの男が、何かを言ったのだろう。コゴメに、ルベルドの正体を告げた。そう考えるのが自然だ。
ダリアが詳細を話さなかったのは、コゴメが「ルベルドさんに直接聞く」と言ったからだとも伝えられた。
その夜、ルベルドは眠れなかった。
天井を見ながら、何度も考えた。正直に話すか——それは選択肢として既に決まっていた。ここで嘘をつくことは、もうできない。できないし、したくなかった。問題は——正直に話した後、何が起きるかだった。
コゴメが受け入れてくれる可能性もある。拒絶される可能性もある。どちらも、ルベルドには覚悟が必要だった。
もし拒絶されれば——それはルベルドが選んだことの結果だ。一年以上隠し続けたことへの、当然の帰結かもしれない。
しかし受け入れてもらえたとして——その後、ルベルドの立場はどうなるのかという問題が残る。学園側に知られれば追放になりかねない。アダムの組織が動いている今、魔族だと公になることは危険だ。
(……それでも話す)
ルベルドは目を閉じた。
コゴメを危険に晒した。それは事実だ。その責任を持って向き合うなら、嘘をついたままではいられない。
翌日の昼過ぎ、ルベルドは医務室の外の廊下で待った。
コゴメが出てきた。顔色は昨日より良かった。しかし目に、いつもと違う何かがあった。真剣だった。いつもの柔らかさの奥に、決意のようなものが見えた。
「ルベルドさん」
「コゴメ」
「来てくれてありがとうございます。……少し歩いてもいいですか。ここだと人目があるので」
「ああ」
二人で中庭の外れに向かった。
木陰の長椅子に二人で腰を下ろした。秋の葉が少し風に揺れていた。
コゴメが正面を向いたまま、言った。
「先日、図書棟で——本棚に隠れていた時に、一人の男が来ました」
「……知っている」
「そうですね。その男が、私に言いました」
コゴメが少し間を置いた。深呼吸するようなものではなかった。ただ、言葉を正確に選ぶための沈黙だった。
「ルベルドさんは魔族だ、と。魔王の息子だと」
静けさが落ちた。
ルベルドは答えなかった。答えられなかった。しかし——否定もしなかった。
「……聞いてもいいですか」
コゴメが少し顔を向けた。目が、真剣だった。怒りではなかった。恐れでもなかった。ただ、本当のことを聞こうとしている。
「本当のことを、教えてください」
◆◇◆◇
ルベルドは少しの間、何も言わなかった。
正直に話すか——頭の中で一瞬だけ考えた。しかし選択肢はもう決まっていた。ここで嘘をつくことは、もうできない。できないし、したくなかった。
コゴメは逃げなかった。男の言葉を聞いても、ここに来て、直接聞いた。それはどういうことか、ルベルドには分かる。
怒りだけで来る人間は、「事実を確認する」より「責める」話し方をする。コゴメはどちらでもなかった。ただ真実を聞きたいと思っている。
(……コゴメは、ずっと変わっていない)
ルベルドは前を向いたまま、口を開いた。
「本当のことを話す」
コゴメが少し息を止めた。
「俺は人間じゃない。魔族だ。魔界の者で——魔王ヴォンドの次男だ」
短い沈黙。
コゴメは何も言わなかった。聞いていた。続きを待っていた。
「いつから人間界に」
「ちょうどお前と会った日だ。退屈だったから来た。それが最初の理由だった」
「退屈」
「俺にとって魔界は静かな場所だ。誰も近づかない。強さで全てが決まる。そこから飛び出したかった。ただ、それだけの理由で転移魔法を使って来た」
「……それで、私と会った」
「森の中で、お前が迷子になっていた。偶然だった。本当に偶然だった。その後学園に来たのは……最初はお前に会うためだった」
コゴメが少し俯いた。
「ずっと、隠していたんですね」
「そうだ。魔族と分かれば学園にはいられない。それ以上にこんな状況では、言えなかった」
「こんな状況とは」
「アダムという組織が動いていた。神を殺し、魔族を滅ぼすことを目的にしている集団だ。俺が魔族だとバレれば、お前の周りに危険が及ぶ。それが怖かった。お前が危険に晒されるのが、俺にとって一番避けなければならないことだった」
ルベルドはそこで少し止まった。
自分でも驚くくらい、正直な言葉が出た。言葉を並べながら、自分がどれだけそれを本気で思っていたかを確認していた。
「……お前を危険に晒した。それは俺の責任だ。本当に申し訳ない」
静かにそう言って、頭を下げた。
コゴメは何も言わなかった。
しばらくして、コゴメが言った。
「顔を上げてください、ルベルドさん」
ルベルドが顔を上げた。
コゴメの目が——真剣だった。怒ってはいなかった。何か、大切なものを確認しようとしている目だった。
「一つだけ聞かせてください」
「なんだ」
「私と話してきた一年以上、あの言葉たちは本物でしたか」
ルベルドは答えた。間を置かずに。迷いなく。
「本物だ。ただお前といたいから、学園に来た。お前の近衛騎士になりたいと思ったのは、傍に立てる理由が欲しかったからだ。一度もそこは変わっていない」
コゴメが息を吐いた。
長い沈黙の後——コゴメが言った。
「……分かりました」
「それだけか」
「それだけです」
コゴメが少し笑った。いつもの笑顔とは少し違った。震えていたかもしれない。しかしそれでも、笑顔だった。
「正直に教えてくれてありがとうございます。怖かったでしょう」
「怖かった、とは」
「言えばどうなるか分からなかったでしょう。それでも話してくれた。ありがとうございます」
ルベルドは何も言えなかった。「ありがとう」と言われることを、想定していなかった。拒絶されるかもしれないと思っていた。しかしコゴメはそうしなかった。
「私は、あなたの事情を理解しきれていないかもしれないです。魔族と人間のことも、学園のルールがどうなるかも、これから何が起きるかも、全部は分からない。でも」
コゴメが、ルベルドを真正面から見た。
「あなたが傍にいてくれることが、私には大事です。それは変わりません」
ルベルドは、その言葉を受け取った。
「……ありがとう」
初めて、それ以上の言葉が出なかった。
「一つ、お願いがあります」
コゴメが少し真剣な顔に戻った。
「レインさんとダリアにも、話してほしいんです。二人は、あなたのことをちゃんと知る資格があると思うから。あなたが信頼している人たちに本当のことを話してほしい」
「……分かった」
「急がなくていいです。あなたが話せると思った時に」
「急いだ方がいい。このまま隠し続けるのは——誰にとっても良くない」
コゴメが頷いた。
「そうですね」
二人は長椅子から立ち上がった。木の間から、秋の光が差し込んでいた。
「ルベルドさん」
コゴメが歩き出す前に言った。
「近衛騎士の話、まだ変わりませんよね」
「変わらない」
「……良かった。これからも、私の事守ってくださいね」
コゴメが笑って、先に中庭に出た。
◆◇◆◇
ルベルドは一人、木陰に立っていた。
コゴメが受け入れてくれた。それが信じられないような、しかし当然のような――そういう奇妙な感覚があった。
(……次は、レインとダリアだ)
どうやって話すか、頭の中で組み立て始めた。
タイミングを探す。二人が落ち着いていて、騒がしくない場所で——
しかし。
それから直ぐに事態は急展開した




