75.話したい
レインがミレイユに近づいたのは、進級式の翌日のことだった。
廊下でたまたますれ違った時、レインが声をかけた。
「ミレイユ・アルヴ!俺、レインっていうんだけど。よかったら知り合えないかなと思って!」
ミレイユが立ち止まって、レインを上から下まで見た。
「……何が目的ですか」
「目的というか、面白そうだなと思って。あんな風に場を制圧するような入学は初めて見た」
「それは褒めているんですか」
「褒めてるよ!すごかった!」
「……別に。ただ言うべきことを言っただけです。それより、あなたは確か選抜試験を受けた方ですよね。二属性とかいう」
「そうそう!土と水!今年の夏に水の加護をもらって——」
「なら私に関わる必要はないと思いますが。近衛騎士を強制されるつもりはないので」
「そういうつもりじゃなくて」
「じゃあ何のつもりですか」
ミレイユが少し鋭い目でレインを見た。レインは少しも揺らがずに笑っていた。
「ただ友達になりたいと思っただけ。強い人には、どういう理由で強くなったのかを聞きたくなるんだよな、俺」
「……」
「ミレイユさんってお姉さんがいるんでしょ。ルイーズ・アルヴって人。俺も兄がいるんだよ。だから少し気になった」
ミレイユが、一瞬だけ表情が変わった。
ほんの一瞬、何かが揺れた。しかしすぐに元に戻った。
「……姉は関係ない」
「そうかな。俺には関係があるように見えたんだけど」
「見間違えです。私は急いでいるので失礼します」
ミレイユが歩き始めた。
レインは見送った。それから小さく笑った。
(……嘘だな。急いでいるわけじゃない。あの子なんか複雑そうだ。ルベルドに似てるな)
レインは入学した当初のまだ棘が多いルベルドを思い出した。
(……面白い子だ)
レインは前を向いた。もっと話したいと思った。これがただの感想だとレインは思っていたが、それがどういう意味を持つかは、まだ本人も気づいていなかった。
◆◇◆◇
十月が近づいた。
レインとミレイユの関係は、それからも同じパターンが続いた。
レインが声をかける。ミレイユがうざったそうに返す。それでもレインが全然引かずにいると、ミレイユが少し困った顔をしてから立ち去る——というパターンだ。
「今日は少し話せたぞ!!」
演習棟でルベルドに報告した。
「具体的には」
「四回くらい言葉を交わした!」
「……それが少し話せた、に該当するのか」
「俺の基準では!!ミレイユって基本的に言葉が少ないから、四回は多い方なんだよ!」
「そうか」
「俺の兄貴の話をしたら、少し聞いてくれた。ロスタ兄貴が大地神の加護を持ってて、ずっと目標にしてたって話。そしたらミレイユが『目標にしていた人がいたんですね』って言ってくれた」
「……それが今日の成果か」
「大きな一歩だぞ!!」
ルベルドは少し考えた。
(レインはこういうやつだ。相手が壁を作っていても、当たり前のように声をかけ続ける。それが得意なのか苦にならないのか、どちらかは分からないが——その素直さが、人を動かすことがある)
「ミレイユはどういう子だ。お前が会話した限りで」
「んー……強い子だと思う。強いから一人でいいって思ってる。でも本当は一人じゃなくていい場所を、探してるんじゃないかなって」
「根拠は」
「姉の話をした時の目。俺、人の感情を読むの少し得意だから。ルイーズさんの話になると目が変わる。強い人への尊敬と——少し、羨ましさが混じってる気がした」
「羨ましさ、か」
「姉が切り開いた道が、自分には本当に同じようにできるか分からないんじゃないかな。だから余計に強がっている気がする。俺の感覚だけど」
ルベルドは少し感心した。
(……レインは、人を見る目がある。これは本物の観察眼だ)
「俺に話したのはなぜだ」
「ルベルドに聞いてほしかっただけ。あと、どう思うか聞きたかった」
「……お前の判断は正しいと思う。続けろ」
「続けていいのか!!」
「お前がやりたいなら、やればいい。ただ——焦るな。ミレイユはすぐには動かない。時間がかかる」
「うん、分かった。でも俺、なんか諦める気がしないんだよな。どうしてかは分からないけど」
レインが少し笑った。
ルベルドはその笑顔を見て、何も言わなかった。しかし——こういうやつだ、とまた思った。
◆◇◆◇
十月。
学年別大会が行われた。
今年のルベルドは三年生として、そして近衛騎士候補として初めて舞台に立った。試合の詳細内容はここでは省くが、結果として三年生ではルベルドとダリアが最後に競いルベルドが勝利を収めた。
そうして大会を無事に終え、演習棟での訓練が再開された頃にその日がやってきた。
学園に、アダムの刺客が来た。




