72.選抜試験2(後編)
準決勝のもう一方を勝ち上がり、ルベルドは決勝に来た。
舞台の向こう側に、ユーリが立っていた。
「来たね」
いつもの笑顔ではなく——静かな、真剣な顔をしていた。
「ユーリ」
「お互い来た。良かった」
「そうだな」
「一個だけ言っていい?」
「なんだ」
「今日は本気でいくよ。あなたに対して手を抜く理由がないから」
「そうしてくれ」
「あなたも本気でね」
ルベルドは少し間を置いた。
「分かった」
「じゃあ、舞台で」
ユーリが先に歩いていった。
ルベルドは深く息を吐いた。
(ユーリ。完成した光の加護。速度と光の透過性、そして読みの精度。それら全部と戦う)
今年の選抜試験、ここが最大の山場だとルベルドは分かっていた。
「七番ルベルド対一番ユーリ・ファルコ。決勝試合、開始!」
ユーリが動いた。
早い。大会で見ていた動きより、さらに速かった。試合の一発目から最大速度だ。
ルベルドは後退しながら防壁を展開した。レオニードに叩き込まれた「防壁を存在させる」感覚が、ここで本領を発揮した。防壁が薄れることなく、ユーリの動きを追う。
光の透過が来た。ユーリの体が薄くなり——ルベルドの攻撃をすり抜けた。
(内側に入られた)
近距離から光の束が来る。
ルベルドは横に飛んだ。身体の上に纏った闇の防壁を貫通して光の束が掠めた。肩口がチリとした。
(速い。速さだけじゃない、精度がある。次の一手を先に打っている)
防壁を張り直した。ユーリが再び透過を使った。今度はルベルドは先に動いた。
透過した状態では攻撃力が落ちる。と言うのがルベルドの読みだった。実際にユーリは攻撃をする前に透過から実体に戻る。
そしてその瞬間に一拍の隙がある——大会で観察していた時から気づいていた。
ルベルドはその一拍に、闇の圧縮球体を叩き込んだ。
「——っ!」
ユーリが実体に戻りながら衝撃を受けた。体勢が崩れる。
しかし倒れない。ユーリは光魔法を一時的に身体を支えるための疑似回復魔法として扱った。光の加護が身体を支えている。すぐに体勢を立て直して、次の光の束を放ってきた。
攻防が続いた。
ユーリは速度でルベルドを翻弄しようとしている。しかしルベルドは速度で対応しているのではなく——読みで対応していた。
ユーリの動作のパターン。今年の大会からずっと脳内で研究してきた動き。透過を使う前の重心の微かな変化。光の束を放つ直前の呼吸の変化。そこを読んで、先に動く。
「……なんで読めるの」
ユーリが少し驚いた声で言った。
「大会から、ずっと見ていた」
「……えっち」
「くだらん。観察していただけだ」
「それはちょっとすごいね」
透過が来た。今度はルベルドが動かなかった。防壁をあえて緩めた。ユーリが防壁の中に入った瞬間——
内側から闇の爆発を放った。
防壁の内側で発生した爆発は、中心に向かって圧力がかかる。ユーリが内側で衝撃を受けた。
「——!」
ユーリが実体化しながら吹き飛んだ。数歩よろけて——踏みとどまった。
(流石は近衛騎士。簡単には倒れないか)
さすがだと思った。身体強化の精度が高いからだ。
ユーリが再び構えた。今度は透過を使わないようだった。輪郭がしっかりと見える。 それから光の束を連続で放ってきた。ルベルドの視界を覆うほどの量だが直線的だ。ルベルドは最小限を防壁で受けながら前に進んだ。
「……前にきていいの?」
「距離を詰めた方が、俺に有利だ」
「そっか」
透過を使えない距離では光の束の威力が拡散する。近距離では光属性は扱いにくい。ルベルドはそう考え、ユーリの懐に入った。
瞬間──、ユーリの口角が上がる
次に放った決着をつける予定のルベルドの球体を放つ攻撃はユーリの身体をすり抜けた。
(……なに!?)
予想だにしない出来事に珍しくルベルドは焦りを顔に出した。
そして次の瞬間にルベルドを一筋の光がルベルドの頬を掠った。放たれた方に目線を向けるがユーリの姿は見えない。ユーリ自体は間違いなく目の前にある。──そうルベルドの目には移った。
(虚像……!)
実態があるのに当たらない、姿の見えない方向からの攻撃。そこからルベルドは答えを出した。
ルベルドの推察は正しい。
これはユーリの最終手段だった。完全な透過を使えない、実態を常に危険に晒す。それを代償に相手の目から正しい位置が映らない光の加護を活用した能力。
見えないユーリからの攻撃が続く。
攻撃をされた方向へ技を放つもそうした頃にはユーリはその場には居ない。見えないままでは防戦一方になるばかりだろうか。
いや、そうとも言えない。この状況でユーリは多数の光の束を放たない理由はなんだ?
答えは単純だ。今の状態を維持して出来る程ユーリに魔力が残っていない。
攻撃をするにも慎重になっている。それなら、ルベルドにも考えがあった。
(見えないなら、見えるようにすればいい)
次の瞬間──闇が降りた。
リング全体を包む大きな防壁を展開したのだ。攻撃を防ぐような耐久力は無い。代わりに作り出されたのは一切の光を他に通さない空間。
そこで見えるのは光源だけだった。
ルベルドには魔力がまだ多く残っている。四方から闇の拘束魔法を撃ち込むと同時にルベルドは駆け出した。ユーリにもはや逃げ場は無かった。
近距離で闇の圧縮を掌から押しつけた。ユーリが防御魔法を展開したが——それもルベルドの密度が上回った。
防御が崩れた。ユーリが後退した。今度は踏みとどまれなかった。三歩、四歩——場外の線を、越えた。
「判定、七番ルベルド!!」
演習場に声が走った。
ルベルドは深く息を吐いた。
ユーリが場外から戻ってきた。表情は穏やかだった。負けを悔やむ顔ではなく——納得した顔だった。
「……ありがとう。良い試合だった」
「俺もだ」
「まず……透過の隙について、いつから気づいてた?」
「大会の時から」
「ずっと黙ってたんだ」
「試合相手に教える必要はない」
ユーリが少し笑った。
「そうだね。……一個だけ言っていい?」
「なんだ」
「強かった。本当に」
「……お前もだ」
「ありがとう」
ユーリが会釈をして、自分の席に戻っていった。
ルベルドは演習場に一人、立っていた。
(……勝った)
審査員席を見た。レオニードが短く頷いた。コゴメが——その隣で、何か言いたそうな顔をして前を向いていた。
エヴァが静かにそれを見ていた。




