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魔王リライト  作者: ゆずリンゴ


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69.平穏に帰る

 夏の終わりが来た。


 ハートヴェルの空は高く、風が少し涼しくなっていた。八月の最終週、長期休暇が明けて生徒が戻り始める時期だ。


 ルベルドが学園に着いたのは朝の早い時間だった。


 荷物を部屋に置いてから、演習棟へ向かった。帰ってくればまず真っ先にやることは決まっていた。いつもそうだ。


 演習棟に入ると、予想通り炎の音がした。


 ダリアが一人でいた。的に向かって炎の糸を放っている。弧を描いて目標に当たる。精度がまた上がっていた。一ヶ月でどれだけ変わるのかと、ルベルドは内心で驚いた。


 入り口に立った。


 ダリアが気づいて振り返った。


「帰ったか」


「ああ」


「顔色が良いな。休暇は有意義だったか」


「そうだな」


 ルベルドはそれから少し間を置いた。ダリアを正面から見た。落ち着いた目がこちらに向いている。何も急かさない。


「……加護を受けた」


 ダリアの動きが止まった。


「……なに」


「夏の間に行った神域で、加護を受けた。内容は言えない事情がある。ただ、今まで以上の力が出せるようになった」


 しばらく、沈黙が落ちた。


 ダリアがルベルドの目をまっすぐに見た。嘘をついているかどうかを確かめるような目だった。一秒、二秒——


「……嘘ではないな」


「嘘をつく必要がないところでは嘘をつかない」


「そうだな。お前はそういうやつだ」


 ダリアが一歩、ルベルドに近づいた。


「加護の内容を言えない理由は」


「神の事情による。内容を公言すると、剥奪される可能性があると神に言われた。そういう神がいるとレオニード先輩から聞いていた」


「……分かった。詳しくは聞かない」


 ダリアが少し間を置いた。炎が手の中に生まれた。静かに、しかし強く。


「良かった」


「良かった、とは」


「お前が選抜試験に通れるなら——僕は僕で、三年になってから全力で選抜を目指せる。お前がいる前提で僕もいられる方が、コゴメ姉様の守りとして盤石になるだろうしな」


3年になってから――ダリアの言葉に一部ルベルドは引っかかった。


「ダリア。お前は今年の選抜試験を受けないのか」


「今年は受けない。加護を得て間もない。急いで受けるより、充分に準備した上で受ける方がいい。それに——」


 ダリアが前を向いた。


「俺は今年、お前がどこまでやれるかを確かめたい。審査員席からでも、それは見られる」


「……審査員席に入るのか」


「受験者ではなく、審査員として座らせてもらうことにした。どうせコゴメ姉様が来るなら、その隣にいた立って見るのも選択としてはありだった」


「なるほどな」


 ルベルドは少しだけ口の端を動かした。ダリアは何も変えていないようで、全てを自分なりに組み立てている。それがこの男の強さだと思った。


「選抜試験、必ず通ることだ。そしてコゴメ姉様の傍に立て。それが今僕ががお前に言えることだ」


「分かっている」


「じゃあ練習を続ける。邪魔するな」


「俺も使うぞ」


「隣の区画を使え」


「分かった」


 二人はそれぞれの区画に別れた。演習棟に、炎と闇の音が静かに混ざり合った。



◆◇◆◇



 ルベルドが加護を得たという話は、その日のうちにレインからコゴメの耳にも届いた。レインが廊下を歩きながら「ルベルドが加護もらったぞ!!」と声を上げたからだ。後でそれを知ったルベルドは少し頭を抱えたが、レインがそういう人間だと言う事は分かっていた。事前に止めていなかった自分が悪いということでルベルドは納得した


 翌日の午後、図書棟でコゴメが先に来ていた。ルベルドが席に着くなり言った。


「加護、もらえたんですね」


「ああ」


「おめでとうございます」


「ありがとう」


 コゴメが手元の本の表紙を見ながら、少し考えるような顔をした。


「内容は聞かないほうがいいですか」


「聞かないでくれると助かる。話せる日が来たら……その時に話す」


「分かりました」


 コゴメが本を開いた。それからまた少し考えた。


「……一個だけ聞いていいですか」


「なんだ」


「神様はルベルドさんのこと、ちゃんと見てくれましたか」


 ルベルドは少し止まった。


「どういう意味だ」


「加護って、神様が力をくれるだけじゃなくて、繋がることでもあると思っていて。あなたのことを神様がちゃんと見ていてくれたのかどうか、知りたかったんです」


(……難しいことを聞く)


「……見てもらえたかどうか、正確には分からない。ただ神が居たから俺も、レインも無事に帰ってこれた。それは確かだ」


 コゴメが小さく笑った。


「それで十分です」


「そうか」


「お守りの石、役に立ちましたか」


「役に立った。ずっと持っていた」


 コゴメが嬉しそうな顔をした。言葉には出さなかった。ただ目が笑っていた。


 二人は静かに本を読んだ。


 昼の光が窓から差し込んでいた。コゴメは何も問い詰めなかった。神域で何があったか。加護の内容は何か。嘘をついていないか——詳しいことを一切聞かなかった。信じているからだとルベルドには分かった。

その期待を裏切らないためにも───


(……いつか、全部話す)


 本のページをめくりながら、ルベルドはまた同じことを思った。


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