68.勧告
スルクの誘いをルベルドは少し考えた。
その間、スルクは何も言わずにただ待った。急かさなかった。ルベルドの目を見据えて答えを待っていた。
「……断る」
「そうか」
驚いた様子はなかった。残念そうでもなかった。むしろ納得している。最初から断ることを想定していたような顔だった。
「そうだな、お前はそういう奴だ」
「理由を聞かないのか」
「聞かなくても分かるよ。ルベルドは学生だ。アダムと直接対峙するよりもやりたいことだってあるんだろ?」
「……そうだ」
ルベルドは答えた。
「俺には今、やることがある。学園での目的、コゴメの近衛騎士になること、選抜試験——それが先だ。それを投げ出して組織の仕事に入るつもりはない」
「うん、知ってた」
「分かっていたなら、なぜ誘った」
「一応聞いとかないと、という感じかな。それに、お前の反応が気になったんだ」
「……子供みたいな理由だな」
「そう言われると返す言葉がない」
スルクが笑った。
「ただ、一個だけ言っておく。俺が今やっていることは、アダムの創設者を見つけることだ。それは遅かれ早かれ、お前の周りにある問題とも繋がってくる可能性がある」
「アダムはガルム島だけでなく、学園にも手を伸ばしている」
「うん」
「少し前に転入してきた生徒が退学した。その魔力の流れがアダムの者たちと似ていた。レオニードに話して調べてもらったが、確認が取れないまま終わった」
「……あー、その話ね。学園に潜入させた子、一人いたんだよ。アダムの下っ端に近い位置にいた。ただ結局情報が取れなくて引き上げたらしい。ルベルドはそれに気づいてたわけか」
「気づいたが、手が出せなかった」
「それで正解だよ。深追いしたら危なかった。アダムの下っ端でも、学生が真正面から戦っていい相手じゃない」
ルベルドは少し黙った。
「……兄上は、今も魔界に戻る気はないのか」
スルクが少し目を細めた。
「今はないね。やることがあるから」
「……魔界を出てからずっと、どこにいた」
「ここと、あそこと、その間のいろんなところ」
「答えになっていない」
「今は答える必要はないと思っている。ただ俺はずっと俺の為に生きてるよ。それだけはずっと前から変わっていない」
スルクが珍しく、はっきりとした目でそう言った。笑顔は変わらないが、その奥に何かがある。ルベルドはそれを読もうとしたが、スルクは上手に隠していた。
「……お前は、今何者なんだ」
「俺?そうだな……お前の兄上だよ」
「答えになっていない」
「一言では言えないんだよ、正直な話。俺がやっていることは、名前をつけるのが難しい。ただやりたいと思ってやっている。それは間違いない」
(……兄上は昔からそういう人だった)
ルベルドは思い出した。あちこちに連れ出して、禁断の書を盗み読んで、名前のないことを楽しんでいた兄。性根の部分は何も変わっていないのだ。
「父上は知っているのか、お前が動いていることを」
「……まあ、ある程度は。止めないから、俺のやりたいようにしろってことだ。あの方は、俺たちの行動に口を出すタイプじゃないからね」
「そうだな」
ルベルドは頷いた。父ヴォンドが「後悔をする選択はするな」と言った言葉を思い出した。あれは、ルベルドに対してだけではなかったのかもしれない。
「ルベルド」
スルクが少し声を変えた。
「お前の力でズームを退かせたのなら、それはそれで大したもんだよ。俺が聞いていたより、お前は強くなっていた」
「まだ足りない」
「それはそうだ。ズームは本気を出していないしアダムの上位にいる者で、あいつより強い人間は組織の中に何人かいる。それに、創設者が直接動くとなれば話が変わってくる」
「創設者の力は」
「……俺でも、少し手こずる可能性がある。それだけ言っておく」
スルクが「手こずる」と言うなら——それは相当の実力者だということになる。ガルム島でスルクの力の断片を見た。あれに匹敵する、あるいは上回るものが、創設者にあるのだとしたらそれは魔王以外に止められないとすら思う。少なくともルベルドの知っている中で魔王に次いで強いのはスルクだ。
「……組織の人間が学園を狙い続けるなら、いつかコゴメにも危険が及ぶ可能性がある」
「そうだね。あの学園は才能を持つ物が多い。……加護を持てない事に劣等感を持つ人間も。特に令嬢格の祝福を受けた人物は、『実験対象』として狙われる可能性がある。祝福は加護とは違う特殊な力だから」
「……それを早く言え」
「言おうとしてたよ。話の流れが悪かったんだ」
ルベルドは少し眉間に力を入れた。
「分かった。この内容は俺の信用できる奴に伝える」
「そうしてくれ。学園側で対処できることは限られているが、知っている状態と知らない状態では違う」
二人の間に少しの沈黙が落ちた。
外の通りから、夏の声が聞こえてきた。子どもが走っている音。売り声。街の日常の音だ。
「……ルベルド」
スルクが少し声を落とした。
「俺が消えてた間、寂しかったか」
唐突な質問だった。
ルベルドは少し間を置いた。
「……退屈だった。兄上がいた頃は、退屈でなかった」
「そうか」
「魔界にいた頃の話だ。今は退屈ではない」
「それは良かった。……ごめんな、急にいなくなって」
「謝罪は後でいい。いつかゆっくり話せる時に聞く」
スルクが少し目を細めた。
「……そうだな。その方がいいか」
「いつかが来ることだけ、確認できれば今はそれで十分だ」
「——来る。必ず来る」
スルクが短く、はっきりと言った。
ルベルドはそれを受け取った。
◆◇◆◇
店を出ると、夏の午後の光が路地に降り注いでいた。
「お前が好きなあの人間の女の子は、元気か」
歩きながらスルクが言った。コゴメの事を言っている。それを理解した上でルベルドはしっかりと返す。
「元気だ。今は少し会えないが」
「あの子、すごく素直な笑顔をするな。俺、人を一目で気に入ることは少ないんだがあの時ガルム島で少し話して、良い子だと思ったよ」
「そうだ」
「お前が大事に思っているのが分かる。ルベルドがあんな顔をしているのは初めて見た」
「そうか」
「まあ、良かったよ。お前がそういう人間と会えて」
ルベルドは答えなかった。
少し歩いてから、スルクが足を止めた。大通りの手前だった。ここから先は人が多い。
「俺はここで。また会いに来る。次がいつになるかは分からないけど」
「次があるなら鳥を使うのはやめろ」
「え、なんで?面白いじゃないか」
「分かりにくい。それに面白さも求めてない」
「じゃあどうすればいいってのさ。兄上に来るなって言うの?」
「なぜそうなる。普通に来い」
「……うーん、まあ考えとく」
スルクが笑った。それから、少し考えたようにして言う。
「ルベルド、秋に選抜試験があるんだろ。どうなるか見ていていい?」
「勝手にしろ」
「じゃあ勝手にする。遠くから誰にもバレない場所でじっとりと見てるよ」
ルベルドは少し止まった。
「気色の悪い言い方をするな」
「ごめんごめん。……じゃ、今日はこの辺りでお別れだ。またね」
スルクが手を上げた。
歩き始め、人通りの少ない路地の方へ消えていく。その後ろ姿を目で追うだけ無駄だと思ってルベルドは前を向いた。それからその場に立って少しだけ考える。
(……兄上)
スルクはまた会えると言った。その言葉に嘘はないと思ったから。
夏の休暇はもうすぐ終わる。そうすればすぐに選抜試験が始まる。
スルクは「祝福は特殊な力でコゴメが狙われる可能性がある」という可能性を示した。
そう聞いて、自分の手でコゴメを守るためにも近衛騎士には絶対にならなければならない。
ルベルドは1つ決心して宿へも足を進めた。




