67.再来
ルベルドがハートヴェルに戻ってから3日が経った。今の自分が扱える魔力と改めて向き合う日々を過ごしていた時にそれは訪れた。
長い間寝泊まりしている宿。ルベルドがいるのは2階の右奥にある部屋だった。
そこのガラスで出来た窓に小さな鳥が嘴を使って叩いた。
「鳥、いやただの鳥じゃない」
ルベルドは確認するように言った。
この鳥には少しおかしな所がある。
こういった自然の動物、それも小さな生き物であれば魔力を感じないはずだがルベルドはこの鳥に対して「しっかり」魔力を感じた。
それも、自分とよく似た性質の魔力を。
ルベルドが少し考えてから窓を開くと鳥が室内に入ってくる。それから、変な事が起きた。
「ルベルド」
一言。そう鳥が発した。続けて―――「下で待っている」と。
それだけ言うと鳥は外へ飛び立っていた。
(……これは)
鳥はルベルドに小さな連絡をするために送り込まれた。鳥が言ったことが正しいのなら宿を出た所に差し出し人はいるのに。
こんな変な事をやろうとする人物はルベルドの知る中では一人しかいなかった。
ため息をつく。それから窓の下を覗くと予想通りの顔が出てきた。
「スルク……」
名前を言ったところでちょうど上を見上げたスルクと目が合う。その顔は以前と変わらない。相変わらず笑顔であった。
◆◇◆◇
外に出るとスルクが「や」と言った。
「また一段と成長したみたいで、兄上は嬉しいよ」
「……鳥を使って呼ぶとはどういうことだ。普通に来い」
「あれ、面白くなかった? 俺の新しい技の一つなんだが」
「面白いかどうかの話ではない。分かりにくい」
「すぐ下にいたのに?」
「そういう問題では無い。……それで何の用だ。以前会ってから10ヶ月も姿を見せなかったんだ。ただ話したかったでは納得しないぞ」
「ルベルドは固いな。本当にただ会いたかっただけ……ってこはないけど」
スルクが笑った。変わらない笑顔だった。
「少し歩こう。あそこの路地を曲がったところに、静かな店がある。ちょっと話したいことがある」
「アダムの話か」
スルクが少し眉を上げた。
「……知ってたんだ、組織の名前。どこで聞いた?」
「ガルム島という場所で加護を受けに行った時に会った一人の男に教えられた。ズーム、という男だが聞き覚えはあるか」
「へえ。そう、アイツがね……まあいいや。そう、その話もある。来てくれるか」
「用件による」
「兄上から頼まれてもそれを言うか、弟よ」
「用件による」
スルクが楽しそうに笑った。それから歩き始めた。
店は、宿から五分ほど歩いた人通りの少ない裏通りにあった。
外から見ると普通の食事処に見えるが、奥に個室がある。スルクが慣れた様子で店主に声をかけ、奥の席に通してもらった。
「ここ、よく使うのか」
「たまに。人混みの多い場所で話すにはちょっと不便な時が多いから。こういう静かな場所が行きつけになったんだ」
スルクが席に着いた。茶が来た。ルベルドは向かいに座った。
「さて、まず一つ確認する」
「なんだ」
「ガルム島での戦い、どこまで力を出した」
ルベルドは少し間を置いた。
「……五割程度だ」
「五割か」
スルクが少し目を細めた。
「ズームが引いたのはそれで十分だったということか。あいつ、かなり強い方だったと思うけどルベルドは流石だな」
「アダムの幹部なのか、ズームは」
「そう。アダムにはいくつかの階層があって、ズームはその中でも上位の方に位置する。体格も魔力量も、普通の人間の基準を超えている」
「……ただ、刻印を使っていない素の状態だった」
「刻印なし。まぁ刻印は不完全なものでリスクも高い。今のアイツらには刻印じゃない強化人間の作り方を思索している」
スルクが茶碗を持ち上げた。
「アダムについて、知っていることを話そうか。どこから知りたい」
「成り立ちから教えてくれ」
「分かった」
スルクが少し整理するように間を置いた。
「アダムは七年くらい前に出来た組織だ。最初は小規模な集団だったらしい。魔王の政策に不満を持っていた男達が立ち上げたんだ」
「不満?」
「不干渉の条約は父さんが考えた魔族と人間の互いを守るための条約だ。その条約を今に至るまで守られ続けているけど、いつまで続くかは分からない。今のままいて、明日にでも急に気が変わった時にどうする?という人間がいたわけだ」
(父上はそんな事をしない)
そうルベルドは理解しているが、人間に分かるはずは無い。力によって押さえつけられ、知る機会もないのだ。
「……最初はそれだけだった。ただ途中から別の勢力が現れた」
「神への憎しみを持つ者か?」
「そう。加護ってのは神が一方的に選んで与えるだろ。選ばれた者だけが強くなれる。それはおかしいって思う人間は結構いる。特に、どれだけ訓練しても神に選ばれなかった者はね。ズームも元々はそういう人間の一人だったんだ」
「……神への怒りが動機か」
「今のアダムは少し変わったキッカケだ。より過激になった。アダムに入ってきた別の人間の影響でね」
「別の人間、とは」
「アダムを今動かしている人間のことだ。名前は確認できていないが、組織の中では『創設者』と呼ばれているらしい。この人物が入ってきてから、アダムの方向性が変わった。神殺しという選択肢が生まれた」
スルクが少し声を落とした。
「加護の代わりになるものを作り上げた」
ルベルドは動かなかった。
「……加護の代わり」
「そうだ。神に選ばれなくても、加護と同等の力の底上げができる術式を作り上げた。それが今のアダムの核心にある技術だ」
(……ズームが言っていた。加護なしでも強くなれる方法を探している、と)
「どういう仕組みだ」
「詳しくは俺も分かっていない。ただ分かっていることをいくつか言うと——刻印を体内に施すことで、人体の魔力の上限を強制的に引き上げる。魔力量が増える。その分身体にかかる負荷も大きいけど」
「ガルム島の刻印男が使っていたものか」
「それは強制的な過剰強化の方の刻印だ。もっと安定した術式が別にある。ズームや組織の上位にいる者はその改良版を使っている」
「……神の加護と違う点はどこだ」
「加護は神との繋がりだ。神の力の一部を借り受けている。だから加護を使いこなすほど、神の性質が使い手に宿ってくる——お前の友達が炎の加護を受けて炎の性質が強くなっているだろう?だが刻印は違う。あれは器を一時的に広げるだけ。純粋に力が増えるけど、その分弊害も多い」
「弊害」
「体への負担が、加護よりずっと大きい。長く使えば体が壊れる。刻印の術式が改良されていないものは、数年で廃人になる可能性がある。改良版も、長期的に安全かどうかはまだ分かっていないみたいだ」
ルベルドは静かにそれを聞いた。
「……それを作り上げた人物を、俺は今調べている」
スルクが短く答えた。初めて、笑顔以外の表情が混じった気がした。
「アダムを動かしている創設者を見つけ出す。それが俺の目的だよ」
「なぜそれをお前がやる」
「……長くなる理由がある。今日話せる内容とそうでない内容」
「じゃあ、言える範囲で教えろ」
「俺が入っている組織の仕事の一つだ。アダムとは違う組織——ただし、規模も方向性も全く違う。言えるのはアダムとは全く違う方向性を目指していることだけだよ」
「抽象的だな」
「それは意図的に。詳しく話す前に、一個確認したいことがある」
スルクが正面からルベルドを見た。
「ルベルド、俺の組織に入らないか」




