62.覚醒
ズームの攻撃は、速くて正確だった。
魔力を全身に纏い、物理的な打撃に魔力の圧力を乗せてくる型だ。魔法使いでも剣士でもなく——武術家に近い戦い方だった。魔法はあくまで補助で、体の動きそのものが武器になっている。
(……こういう戦い方は、学園では見たことがない)
学園での戦闘は基本的に魔法の撃ち合いだ。近接戦自体が稀で、クロードやエレナのような加護持ちでも魔法を主体にする。
しかしズームは違う。魔力の操作と体の動きが完全に融合している。
(面白い)
純粋にそう思った。危機的な状況でそれを思ったことに、少し呆れながら。
「……まだ余裕があるな、少年」
ズームが言った。
「それはこちらのセリフだ」
「俺は本気だが」
「それならありがたい」
ルベルドが魔力の出力を1段階上げた。それに呼応してズームが眉を上げる。少し本気で驚いたような顔をした。
「……本気でこの防御か。それは見事だ。加護もなしに、これだけの防壁を維持できるとは」
「防壁を維持しながら次を待っている」
ルベルドは言いながら、右手の指先に闇の魔力を集めた。
ズームが次の一手を踏み込んだ瞬間——ルベルドは後退ではなく、横に一歩ずれた。ズームの攻撃の軌道の外側に出る。その状態から、近距離に闇の魔力弾を放った。
ズームが腕で受け流した。魔力を瞬時に右腕に集めて衝撃を散らした。
(……受け流せるか。反応が速い)
「良い踏み込みだ。どこで覚えた」
「実戦で」
「学生の実戦とは限らんな」
ズームが少し口元を動かした。笑ったのかもしれなかった。
次の攻防は速かった。
ルベルドは防壁と機動を組み合わせた。ズームの動きを読んで、ぎりぎりのところで回避する。全力を出せばいい。しかし——「全力」には、魔族としての変わった力が含まれる。その一線をまだ越えるつもりはない。
(……だが、これでは決め手がない)
ズームの攻撃を防ぎ続けることはできる。しかし倒すには、こちらからの決定的な一手が必要だ。防壁で消耗させていくには、相手の魔力量が多すぎる。
(……どうする)
ルベルドは考えながら動いた。攻防の中で、ズームの動きのパターンを蓄積していく。速くて正確。しかし——その正確さが逆に読めるようになってきていた。
(……正確な動きをする者は、意外性が少ない。完璧な動きとは、つまり予測可能な動きでもある)
次にズームが踏み込んだとき——ルベルドは防壁を張らなかった。
「!」
ズームが驚いた。
ルベルドはズームの拳が届く直前に、上に跳んだ。ズームの肩の上を踏み台にして、後ろに回った。
「……!?」
後ろから、闇の魔力を圧縮して放った。これは今まで「制限した範囲内」の力ではく魔族としての力。加護を得た人間と同等の力を一瞬引き出した。
ズームが防御反応を取ったが、間に合わなかった。
衝撃が背中に当たり、ズームが数歩よろけた。
(……与えた。しかし——倒れない)
ズームが体勢を立て直した。今度は少し慎重な目でルベルドを見ている。
「……なるほど。そういうことか」
「何が」
「力を、少しだけ引き出した。あれは今まで出していた力とは質が違う」
ルベルドは答えなかった。
「隠し持っていたか。……ますます面白い少年だ」
「感心している場合ではないだろう」
「そうだな」
ズームが一段、構えを変えた。
今度は魔力が体全体に滲み出てきた。今まで抑制していた魔力の、本格的な解放だ。
(……これが本気か。随分と舐められていたものだ)
圧が増した。やはり三年の近衛騎士に匹敵する——いや、わずかに超えるかもしれない水準だ。
(……それでも、やる)
ズームを前にルベルドは覚悟を決めた。
今日は本気を出す。「見せていい力」の限界を、この戦いに限っては分けていられないと判断した。魔族として、魔王の息子としての本気を見せる。コゴメの傍に戻るために。レインが戻ってくるまでに。
闇の魔力が、ルベルドの両手から溢れた。
普段より圧縮度が高く、密度が大きい。球体ではなく——薄く平たい、刃のような形だ。
(……これを使うのは久しぶりだ)
魔界にいた頃に使っていた形状。闇の刃は、点ではなく面で圧力をかける。防御を一点で受け流しにくい。
「それは……闇の、刃形成か?珍しい」
ズームが少し目を細めた。驚きはあるが、動揺はない。
「……本当に面白い少年だ。加護を持たずして、そこまでの精度を出せるとは」
「雑談をするなら、そのまま刻まれろ」
「その通りだな」
互いが動いた。
ズームの体当たりに近い踏み込みに、ルベルドは横に回りながら闇の刃を走らせた。ズームがそれを腕で受け止めようとして——刃の面が腕に当たり、弾かれた。しかし衝撃が腕全体に広がり、ズームの体勢が崩れた。
その隙に、もう一発。今度は正面から、圧縮した魔力の塊を放った。
ズームが防御魔法を展開したが、刃との衝撃でタイミングが乱れていた。魔力弾が防御を貫いて、胸部に当たった。
「——!」
ズームが後退した。壁代わりの岩に背中が当たる。
数秒の沈黙。
「……参った」
ズームが岩場に手をつき、息を整えながら言った。
「今日のところは退く。俺が想定していた相手じゃなかった」
「逃がすつもりはないが——集落の人間に手を出さないなら今日のところは追わない」
「……そちらはとっくに撤退指示を出した。加護覚醒が起きた」
ルベルドは少し止まった。
「覚醒……?」
「集落の方に向かった俺の仲間から連絡が来た。お前の連れの子供が加護覚醒して、戦線から撤退せざるを得なかったと。……あの子は土属性だったはずだが、水の加護が出たらしい。珍しいな」
(……レインが覚醒した)
ルベルドの胸の中で、何かが動いた。
「俺も引き上げる。次に会うときは、きっと準備が整っている」
「次があるなら、俺も同じだ」
ズームが立ち上がった。
「最後に言う。お前は本当に加護持ちじゃないのか?それとも別の種類の存在か?」
ルベルドは答えなかった。
「まあいい。お前のことはまた調べる。アダムの提案は、いつでも立っている」
「断ると言った」
「今はな。状況は変わる」
ズームが岩場の先へ歩いていった。その背中が森の中に消えるまで、ルベルドは動かなかった。
静けさが戻った。
岩場に、鳥の声が戻ってきた。
(……レインが覚醒した)
ズームがそう言った。
ルベルドは深く息を吐いた。
(終わった)
手が少し震えていた。魔力の消耗ではなく——力を出した後の反動だ。久しぶりに本気の力を使えば、流石のルベルドにも負荷がかかる。
正確に言えばルベルドも自分の本気を自覚出来ていなかったのだ。魔界を出ておよそ二年、純粋な時間の流れと修行による成長。
それはルベルドの想定を大きく超え、結果的には自分が思っている以上の出力を出すことになった。
(……まだ、出しすぎると体が追いつかない。本気を出すにしても慣れが必要だな)
冷静に記録しながら、ルベルドは集落の方を見た。
煙はまだある。しかし、減ってきている気がした。
(……レイン)
集落の状況がどうなっているか、分からない。
急いで向かおうとして——ルベルドは足を止めた。
(いや。あの言葉からしてレインは勝った。レインを信じる)
それがルベルドにできる唯一のことだった。
風が吹いた。丘の上で、嵐の神の気配がまだ残っている。
(……見ていたか)
光の輪郭は消えていない。ただ静かに、そこにある。
ルベルドはそれを見た。
(……疲れた。レインが戻ってくるまで、ここで待つ)
そう決めて、岩の端に腰を下ろした。
空は、まだ昼の明るさを保っていた。




