58.到着
一日目の夜、船は航行を続けた。
甲板は暗く、星が出ていた。北の海の星は都市から離れた分、数が多い。
レインが甲板に座って星を見ていた。ルベルドはその少し後ろに立っていた。
「……星、多いな」
「都市から離れると多く見える。光が少ないから」
「ルベルドって今まで色んな所旅して来たんだろ?星が綺麗な場所ってどんなとこだった?」
ルベルドは少し止まった。
「……星が見えるかどうかは、場所による」
「そっか」
「話すことが少ない。旅をした期間もそう長くはないしまず星を意識していなかった」
「んー、ルベルドって色々謎だよな。今までどんな風に生きてきたのか予想できないっていうか……」
レインが再び星を見た。
「ルベルドはさ、まだ隠してることがたくさんある。けどそれって当たり前のことだ。俺だって自分の全部はルベルドに見せてないし」
「……今は言えないことも、いずれは言うつもりだ。正直になれなければコゴメの傍にいることは出来ない。ただ、今は強くなるのが優先だ。その為に加護を貰いにいく」
レインが少し黙った。
「……お前ってさ、コゴメ王女のことになると変わるよな」
「変わるか」
「変わる。コゴメ王女の話をしているお前は顔も声もなんか優しい」
「……それは俺の主観では分からない」
「俺には分かる。さっき言っただろ、俺は人の感情を読むのが速いって」
ルベルドは答えなかった。
レインが笑いながら前を向いた。
「まあ、いいやお前がコゴメ王女のために強くなろうとしてる、それは本当のことだろ。それだけで十分だよ!」
「……そうか」
「俺も、お前の隣に立てるように強くなる。加護、もらえるといいな」
「もらえると思う」
「断言か」
「根拠はないが、そう思う」
レインが少し笑った。
「根拠がないのに断言するの、珍しいな。ありがとう」
「事実になるように動けばいい」
「だな!!絶対動く!!」
波の音が続いた。甲板に風が来た。北の夜の風は少し冷たかったが、不快ではなかった。
ルベルドは夜空を見上げた。
(……コゴメが言っていた。帰ってきてくれれば、それだけでいいと)
手のひらを軽く開いた。外套の内ポケットに、石の形が触れた。小さく、重みのある感触。
(帰る。必ず)
それだけを思って、ルベルドは星を見続けた。
◆◇◆◇
二日半の航行の末、ガルム島が見えてきた。
「あれだ!!あれがガルム島だ!!」
船首でレインが叫んだ。
島は思っていたより大きかった。遠目には緑の塊のように見えるが、近づくにつれて地形の複雑さが分かってくる。中央に小高い丘があり、その斜面に森が広がっている。海岸線には黒い岩が連なり、その間に白い砂浜が覗いていた。
ルベルドは島を見ながら、何かを感じた。
(……気配がある)
薄く、しかし確かにある。前回の神域実習で感じた「神の気配」に近い何か。島そのものが、何かに守られているような感触だ。気候ではない。もっと根本的な何か——土地そのものが持つ、生きているような重さ。
「何か感じるか、ルベルド」
「ある。この島は普通の島と空気が違う。嵐の神の加護というのは本当だろう」
「え、もう分かるのか。俺にはまだ何も」
「感知の話だ。慣れれば分かるようになる」
「なんか、ここに来ると少し胸が詰まる感じがする。それは関係あるか?」
ルベルドは少し考えた。
「……ある可能性がある。加護を得られる素質がある者は、神域に近づいた時に身体的な反応が出ることがある。胸が詰まる、というのは——神域の気配に体が反応しているのかもしれない」
「本当か!!」
「分からない。ただ可能性はある」
「めちゃくちゃ希望になる可能性だな!!」
船が小さな港に着いた。港には数隻の漁船が停泊しており、桟橋に老いた漁師が二人いた。二人とも日焼けした顔で、こちらを不思議そうに見ている。
オルトが船を着けながら言った。
「島の人間はほとんど漁師だ。古老のガウルという爺さんに話を聞け。島の事情を一番知っている。名前を出せば通じる」
「ありがとうございます」
「帰りは四日後に来る。何があっても四日後には出るから、それまでに港に戻ってこい」
「分かりました」
二人が桟橋に降りた。
砂の感触が靴越しに伝わってくる。潮の匂い。風が森の方から来ていて、潮と木の香りが混ざっていた。
「島だ……!!本当に来た!!」
レインが砂浜を踏みしめた。
「去年も海には行ったけど、島は全然違うな。海に囲まれてるって感じが、なんか全部が切り離されてる感じがする」
「神域の性質と関係があるかもしれない。孤島はその構造上、外の世界との繋がりが薄い。それが神域として機能しやすい要素の一つだ」
「なんか難しいが……とにかく、いい感じだ。好きかもしれないこの場所」
ルベルドは先に港を歩いた。
ガウルという老人を探しながら、島の地形を観察する。港から北に道が続いている。その先に集落らしい建物が見えた。南には浜が広がり、東には岩場。
(……集落の方向に民家が集まっている。北の森の中が神域への道だろう)
老人はすぐに見つかった。港の近くの岩場で、網を繕っていた。白い髭を蓄え、日焼けした顔に深い皺。年は七十を超えているだろう。
「珍しいな、若者がこんな島に来るとは」
老人が顔を上げて言った。声は低く、穏やかだった。
「ガウルさんとお呼びしても構いませんか。船長のオルトさんから、島の事情を一番ご存知だとお聞きして」
「オルトか。あいつから聞いたなら話してやろう。……立ち話も何だ。茶を飲んでいけ」
その言葉に頷いて、二人は歩き出した。




