56.また旅が始まる(1)
夏の休暇が始まった次の日、ルベルドは港に向かっていた。
空は淡い青で、雲が薄く広がっている。海の方から吹いてくる風は塩辛く、湿っていた。港に近づくにつれて、船乗りたちの声や貨物を運ぶ音が聞こえてきた。
待ち合わせの場所は事前に決めた港の入口にある丸い石造りの標識の前だ。
レインはすでに着いていた。
大きな荷物を背に、石畳の上に立ってきょろきょろしている。ルベルドを見つけると、顔全体で笑った。
「いた!ルベルド!!」
「早いな」
「早く来すぎたかな……三十分くらい前から来てた」
「なぜだ」
「緊張したら早く来ちゃったんだよ!!っていうかルベルド遅いぞ!遅刻だ遅刻!!」
「遅刻した記憶はない」
「今までで一回あった!春の演習で!!」
「……あれは正確に言うと遅刻ではなく……」
「遅刻だよ!!」
ルベルドは言い訳をするのをやめた。
二人は港の桟橋へ向かった。今日は定期船でまず南の中継港まで行き、そこからさらに小さな船に乗り換えて島へ向かう。全行程を合わせると二日以上かかる見込みだ。
「ルベルド、島ってどのくらいの大きさなんだ?」
「事前に調べた範囲では、片道歩いて半日ほどの規模だ。住民が数十人いるはずだ」
「小さいな!!なんか、ちゃんとした島な感じがする。神域ってそういう場所が多いのか?」
「神域の場所に法則はない。ただ、人里から離れていることが多い。人間の生活の喧騒が少ない方が、神は姿を現しやすいと言われている」
「ふーん……なんか神様も人間と似てる気がする。静かな方が好きって」
ルベルドは少し止まった。
「……お前はそういうことをよく言うな」
「どういうこと?」
「難しい話を、自分の言葉に置き換える。それが分かりやすい」
レインが少し照れくさそうにした。
「……なんだよ、急に」
「思ったことを言っただけだ」
「それがルベルドの一番ずるいところ!」
そう言いながらも、レインは笑っていた。
桟橋に到着した。定期船は大きくなく、貨物と旅人が混在する中型の木造船だ。
乗り込む前にルベルドは荷物を確認した。着替え、食料、応急処置の道具、それから情報収集のための地図と小さなノート。コゴメから受け取った石のお守りは上着の内ポケットの中にある。
「重くない?」
レインが聞いた。
「問題ない。お前は?」
「俺は食料を多めに積んだ。……なんか不安で」
「旅先で補充できる」
「分かってるけど、そういう気持ちになるだろ!!」
船が出た。
港が後ろに小さくなっていく。ルベルドは甲板に出てそれを眺めた。潮の匂いと風が体に当たる。
(……また海に来た)
去年、レインとルーベンへ行ったのを思い出した。あのときと同じ匂いだ。しかし今年はあのときとは違う。
(目的が、はっきりしている)
加護を探す神域実習は去年も経験した。今回は実習ではない。選抜試験を前に、自ら選んで来た。その意味が、違う。
「なぁルベルド」
レインが甲板に出てきて、隣に立った。
「この島、どういう神様がいるんだ?情報はあるか?」
「……嵐の神だと聞いている。この海一帯と、目的の島を守護する存在だそうだ」
「嵐の神!?レオニード先輩の加護の神と同じだ!」
「同じだ」
「え、じゃあレオニード先輩もこの島に来たことがあるってこと?」
「おそらく。詳しくは聞いていないが、先輩が俺に神域の場所を教えてくれた理由の一つはそれだろうと思っている」
レインが少し真剣な顔になった。
「……なんかそれ、かっこいいな。学園最強の先輩が加護を貰ったのと同じ場所に、俺たちが行くわけか」
「そうなる」
「じゃあ俺もここで加護がもらえたら、レオニード先輩と同じ神様に繋がれるかもってこと?」
「……そういうことになるな」
レインが空を見上げた。雲が流れている。
「……プレッシャーしかない」
「お前はプレッシャーを力に変えられる性格だろう」
「そうかな」
「去年の大会でもそうだった。お前はいつも自分にプレッシャーをかけているがそれを力に変えて勝ち上がってきている。それはお前のいいところだ」
レインがルベルドを見た。
「……また急にそういうこと言う」
「思ったことだ」
「分かってるけど!!」
波の音が続く中で、二人は並んで立っていた。




