55.エヴァとの夏前
六月の末、ルベルドがいつもの学習室に入ると、エヴァがテーブルの上に何かを置いていた。
それは小さな氷の塊だった。二月に作っていたものと同じ形——しかし今度はもっと精巧だった。花びらの一枚一枚が細く、先端が尖って、内側に光の筋が通っている。
「これ、あなたに」
エヴァが言った。
「前に渡したものより、もう少し精度が上がりました。最新版です」
ルベルドは受け取った。冷たく、軽い。
「……溶けないか」
「今回のは一年ほど持つと思う。来年の今頃には溶けてしまうかもしれないけれど―――」
ルベルドはそれを見た。複雑な構造の氷が、手の中で光を反射した。
「そしたら来年もまたプレゼントします」
「……大事にする」
エヴァが少し頷いた。
「今日は最後の議論ですね。夏休みで、しばらく各々の実家に戻ることになる」
「そうだな」
「あなた、夏に何か予定があるの?」
「……少し、行く場所がある」
「神域、でしょう?」
ルベルドが少し止まった。エヴァが続けた。
「レオニードが少し教えてくれました。詳しくは言わなかったけれど。あなたが選抜試験に向けて準備している、ということは」
「……そうか」
「行ってきなさい」
エヴァが言った。いつもの平坦な声調だったが、その言葉には―――何か、確かな重みがあった。
「ルベルドなら選抜試験、通ると思っています」
ルベルドは少し考えた。
「……お前の確信か、俺への期待か」
「どちらもになります」
エヴァが少し間を置いた。それから、言葉を続けた。
「あなたは一年半、ここで何かを積み上げてきた。それが今年の秋、形になると思っています。私はそれを、見ていたから」
「……見ていた、か」
「隣にいただけ。見ていたとは少し違うかもしれないけれど」
ルベルドはエヴァを見た。エヴァは視線を手元に落としていた。
(……この令嬢は、正直だ)
いつも事実しか言わない。感情を飾らない。だからこそ今の言葉が、重かった。
「……ありがとう」
ルベルドが言った。
エヴァが少し目を上げた。
「それは、私からも言いたい言葉です。ルベルド、私に色々な事を教えてくださってありがとうございます」
「お互い様だな」
二人は少しの間、黙っていた。
「……来年も、議論を続けましょう」
エヴァが言った。
「あなたがコゴメさんの近衛騎士になっても、関係ない。私はあなたと話すのが、好きだから」
「……俺も、お前と話す時間は好きだ」
エヴァが立ち上がった。
「夏休みが明けたら、また」
「また」
エヴァが先に部屋を出た。
ルベルドは氷の結晶をしばらく見てから、部屋を出た。




