53.異分子
春の4月の最初、ルベルドの学年に一人の転入生が来た。
名前はカジ・ヴォルン。風属性の男子生徒で、北の地方から家の都合で転入したと聞いた。線が細く、話し方が穏やかで、特に目立つ存在ではない。
ルベルドは最初の授業でその男子の隣の席になった。会釈をした。カジも会釈を返した。初日はそれだけだった。
問題は、その翌日だった。
演習棟の廊下ですれ違ったとき、ルベルドは何かを感じた。
(……魔力の流れが、おかしい)
風属性は安定した出力を持つ属性だ。
カジの授業での魔法は標準的で、目立たなかった。しかし廊下を歩く今、その魔力の輪郭が授業のときとわずかに違った。
(……内側に、何かある。不安定に変動している。淀み?)
ルベルドは立ち止まらなかった。何も言わず、そのまま歩いた。しかし記憶の中に、一度感じたことのある感触が浮かんだ。
(……ヴェルダ山林。神域実習のとき)
あのとき、禁忌の強化術を使っていた男が放っていた魔力の歪み。体内に刻まれた刻印を通じ、「強化術」を混ぜる。それによって限界以上の魔力を一種の暴走状態になりながら扱えう。
全く同じではない。しかしその時と似ていた。
(……偶然か。俺の読み間違いか)
その夜の稽古の後、ルベルドはレオニードに話した。
「転入してきた生徒の魔力に、少し気になるものがある」
レオニードが顔を上げた。
「気になる、というのは」
「神域実習でぶつかった連中の魔力に似た感触があった。常にという訳ではないがたまに魔力の流れが変わる」
レオニードが少し黙った。それから、いつもより少し低い声で言った。
「その子には近づかない方がいい」
「分かっている」
「名前と所属を教えて。私の方で確認できることを確認する。もし君が言うことが正しいのなら対処するのは学園側。生徒が簡単に首を出していい範疇じゃない」
「それも分かっている」
レオニードが息を整えた。
「神殺しをしようとした組織だよね。あれ以来それに関する話は聞いていなかったけど、また動き出したのかもしれない。夏休み、君が行く神域でも気をつけた方がいい」
「分かった」
今に至るまで組織が動かなかった理由はなんだろうか。ルベルドが思い浮かべたのは兄上の存在だった。神域で返り討ちにあった連中がスルクを恐れ一時的に身を潜めていた。
ならば、再び動き出した今は何か状況か変わったということなのかもしれない。
「学園でも慎重に動かないといけない。君たちは組織に顔を認識されているから。何かあれば私に言うこと。いいね」
「……分かった」
ルベルドは頷いた。しかし、その夜は少し眠れなかった。
(……兄上が言っていた。学園も例外じゃないと)
スルクはあの日、確かなことを知っていた。そしてルベルドに伝えて消えた。その意味を、ルベルドはまだ全部は理解できていない。
(……今は、見ていることしかできない)
カジ・ヴォルンはその後も、普通に授業を受け、普通に食事をとった。ルベルドは距離を保ちながら、注意だけを続けた。
それからひと月程が経った頃。カジは家の事情を理由に突然退学した。
担任からの告知はそれだけだった。翌日にはもう、荷物もなかった。
レオニードとその後話したとき、レオニードは短く言った。
「調べた。だけど何も彼に関するおかしな情報は出なかった。彼に関して学園も動けないみたい」
「……そうか」
「けど、あなたの読みは正しかったと思う。
詳しく確認できないまま終わったけれど確かにあの子は少し魔力の流れがおかしい時があった」
ルベルドは頷いた。何も言えなかった。
(……組織は、学園にも手を伸ばしている)
スルクの言葉が、また静かに浮かんだ。




