51.エヴァの笑顔
二月。ルベルドがいつもの学習室に入ると、エヴァは先に来ていた。
座っているテーブルの端に、小さなものが置いてある。
氷だった。
手のひらより少し小さい。複雑な六角形の構造が、内側から連なっている。花のようでもあり、結晶のようでもある。魔法で作られた氷だと分かったが、技術の精度が前とはまるで違った。
「……それは何だ」
ルベルドが言うと、エヴァが少し顔を上げた。
「練習中に作ったものです。「身体の動きを優先して」という課題を続けていたら、気がついたらこれができていた」
ルベルドは席に着かずに、その氷を見た。
「……綺麗だな」
エヴァが少し止まった。
「……そう?」
「そうだ。形が均一で、内側の構造が整っている。技術として上等だ」
「技術として、ね。貴方らしい答えです」
エヴァが氷をそっと持ち上げた。窓の光が当たって、内側が白く輝いた。
「これを見ていると、自分で作ったの胸が温かくなります。」
静かに言った。いつもの平坦な声調だったが、どこか柔らかさがった。
ルベルドは席についた。
「前に話しただろう。感情は時間と相手がいれば分かるようになってくると」
「……覚えています」
「お前も、分かるようになってきたんじゃないか」
エヴァが少し間を置いた。それから、氷を丁寧にテーブルに戻した。
「……分かる、という言葉が正しいかは、まだ自信がないです。ただ―――」
エヴァが口を閉じた。それから、今まで見せたことのないものを見せた。
口の端が、わずかに上がった。笑顔と呼ぶには微かすぎる。しかし確かに、笑っていた。
「……あなたが―――ルベルドが一緒にいてくれたおかげだと思うから。ありがとうございます」
ルベルドは見ていた。何も言わなかった。しかし、それを見た瞬間に——何かが、落ち着いた気がした。
(……エヴァが、笑った)
特別なことではないはずだった。しかし、初めて見たその笑顔は、思ったよりずっと人間らしかった。
「……今日の議題は何だ」
ルベルドが普通の声で言った。エヴァも普通の顔に戻った。
「氷の結晶の密度制御と、魔法の維持時間の関係です。あなたの闇魔法での持続技術を参考にしたいのだけど」
「分かった。どういう状況での維持が切れるか、先に教えてくれ」
いつもの議論が始まった。エヴァはペンを走らせ、ルベルドは言葉を選んで答えた。
日が当たる部屋の中でテーブルの端にある、小さな氷の結晶が少しずつ溶け始めていた。
議論が終わった帰り際、エヴァが言った。
「これ、持っていってくれる?」
ルベルドと一緒に改めて作った氷のことだった。
「溶けないように魔法をかけられたから。永久ではないけれど、しばらくは持つと思います」
ルベルドは受け取った。
「……なぜ俺に」
「最初に『綺麗だ』と言ったのがあなただから」
エヴァが先に歩いていった。
ルベルドは氷を持ったまま、少し立っていた。
(……変わった令嬢だ。相変わらず)




