42.炎の目覚め
神域実習から戻って三日後。
放課後の演習棟に、ルベルドは一人でいた。
いや、正確には一人ではなかった。
壁の向こう側の区画から、熱気が漏れてきている。誰かが魔法を使っている。その誰かの魔力の質が、三日前とは別物だった。
(……ダリアだ)
ルベルドは壁沿いに近づいた。
廊下から隣の演習スペースを覗くと、ダリアが一人で的に向かって立っていた。右手を前に出し、炎を生み出している。
炎が、変わっていた。
以前のダリアの炎は確かに速くて精度が高かった。しかし今はまるで密度が違う。同じ大きさの炎でも、内側から圧縮されているよう力がまるで違う。
(……加護の影響か)
ルベルドは観察を続けた。
ダリアは炎を五発放って、少し間を置いた。何かを確認するように手を開き、閉じる。それからまた五発。今度は前の五発より明らかに速く、密度も上がっていた。
(加護を受けてまだ三日しか経っていない。それでもう出力の調整ができてきている)
感心だった。
ダリアが振り返った。ルベルドに気づいて、少し目を細めた。
「……見ていたのか」
「通りかかっただけだ」
「嘘をつかなくていい。そんな立ち位置で通りかかるはずがないだろ」
ルベルドは少し認めた。
「……見ていた。三日で、もうあそこまで出力が上がったのか」
「加護は受け取ったばかりだ。まだ体感にはなるが全体の三割程度しか使いこなせていない」
「三割で出力があそこまで変わるとはな」
ダリアは一拍置いた。
「……分かるのか」
「魔力の質を読むのは得意だ。お前の炎は三日前と別物になっている。加護の有無は本当に大きいな」
ダリアがルベルドを正面から見た。
「……それはつまり、加護を本当に使いこなせたときに俺はお前を大きく突き放すということだな」
「既に俺の今の力で対応できるか分からない」
二人の間に沈黙が落ちた。
それは敵意ではなかった。互いの立場を確認する、静かな会話だった。
「大会まで一ヶ月ある」
ダリアが言った。
「俺は三割をもっと上げる。ルベルド、お前はどうするつもりだ」
「俺には加護がない。できることをやるだけだ。それでお前に勝つ方法を見つける」
「……そうか。なら僕はどうやっても勝てないくらいに強くなってみせる」
ルベルドは答えなかった。
「お前も早く加護を手に入れろ。それで加護を使いこなせるようになれば、互いに全力で戦える。そういう日が来るのを待っている」
「……それはいつになるか分からないぞ」
「いつでもいい。僕はそこまで強くなり続ける」
ダリアが再び的に向き直った。
ルベルドは少し見てから、自分の演習スペースへ戻った。
(……面白くなった)
競争相手の成長は、驚異だ。しかしそれは同時に――ルベルド自身が「今の力の範囲内で」どこまでやれるかを、あらためて問い直すことでもあった。
演習棟の中に、炎の音と、闇の音が静かに響き続けた。
◆◇◆◇
ヴェルダ山林の実習から戻って十日後。
学年別大会の告知が来た。
今年も一年生大会を初めに二年生大会を三年・四年の順で行われる。
告知の日の放課後、レインが廊下を歩くルベルドに追いついた。
「大会だぞ!大会!!」
「知っている。騒がしい」
「去年の二年生大会、見てたよな。あのレベルになるのか俺たちが!」
「今年は加護持ちと俺がいる。去年よりずっと高い水準になる」
「とんでもなく強気だな!!そっかぁ。……ダリアが加護を持ってるよな。今年の二年生最強候補だな」
「加護を得たばかりだ。まだ使いこなしきれていない」
「でも実際もう強いだろ?演習棟で見たんだが、炎の密度が化け物じみてたぞ」
「そうだ」
レインが少し声を落とした。
「……ルベルド、大会で勝てるか?ダリアに」
「やってみなければ分からない」
「それって自信があるときと、本当に分からないのと……どっちだ?」
ルベルドは少し止まった。
「……両方だ」
「正直だな!」
コゴメが途中から合流した。いつも通り、明るい顔をしている。
「大会、楽しみにしてます」
「楽しみ、か」
「見ていて楽しいですし。何より、ルベルドさんとダリアが戦うのをちゃんと見たいんです」
「……コゴメ、お前は一年のときも俺たちの試合を見ていたではないか」
「ただ見るのではなくて、二人の意志を見たいというか……今年はルベルドさんが目指してる事をよく知っているので」
コゴメが笑った。
「今年はダリアが加護を手に入れましたけどどうなるでしょうか」
「―――もちろん、僕が勝つ」
後から来たダリアがそう言った。強い信念を持つ声だった。
「ルベルドさんが今年どう戦うのか……気になります」
ルベルドは少し目を逸らした。
「……やれるだけのことをやる」
「それだけで十分です」
コゴメが言った。
「全力で戦うルベルドさんを見たいんです。それだけで」
(……全力、か)
ルベルドは思った。全力とは何か。本来の力を出すことではない。今の自分に許された範囲で、一点の後悔もないようにやり切ること。
それを「全力」と言うなら。今年は間違いなくできる。そこのレベルまでダリアは立っている。
「大会まで三週間だ」
ルベルドは言った。
「全員で準備しよう」
レインが「おう!」と声を上げた。ダリアが小さく頷いた。コゴメが笑った。
その笑顔を見てから、ルベルドは前を向いた。




