39.禁忌の術
三日目の朝。
実習の最終日だった。前日の報告は引率のロウ教員に届けてあった。事態の重大さを認識したロウが「今日の午後には迎えを出す。それまでは安全な場所に留まれ」と伝令を寄越した。
しかし昼を少し過ぎた頃、それは来た。
木々が揺れた。魔力の波動―――昨日の三人とは次元が違う重さだ。ルベルドは立ち上がる前に、その圧力を皮膚で感じた。
(これは)
「誰かが来る」
ルベルドが言うように奥から異質な気配が溢れている。四人が即座に構えた。
林の中から、一人の男が現れた。
昨日の三人とは違う。体格が大きく、外套の下から魔力が溢れ出ている。腕に、刻まれた紋様が見えた。魔力を強制的に増幅させる刻印だ。強化系の術は本来は外側に纏うようにすものだが―――それを体内に無理矢理抑えている。人体に施す危険な強化術で、通常は廃人になるリスクがある。
(……あの刻印を打ってでも戦力を上げた。昨日の失敗を受けて、送り込んできたのか)
「子供たちか」
男の声は低く、感情がなかった。
「昨日、俺の仲間を追い返したのはお前たちか」
「そうだ」
ルベルドが前に出た。
「用は何だ」
「神の目覚めを待っている。邪魔をするならそれは排除しなければならない」
男が右腕を持ち上げた。魔力が集まる。その密度が、ルベルドの読んでいた数値を遥かに上回った。
(……あの刻印の効果か。力が強化されている)
「ルベルド」
ダリアが小声で言った。
「昨日と同じ戦い方はできない」
「分かっている」
「俺が前に出る。姉様を頼む」
「待て。──先に俺が出る」
男が放った。
闇魔法ではない。それよりも黒く、重い、別の何かだった。魔力の塊が空間を歪めながら飛来する。
ルベルドは防壁を三重に張って受けた。
―――弾き飛ばされた。
木の幹に背中が当たった。痛みより先に「力を隠した状態では防壁が持たない」という判断が走った。
「ルベルドさん!」
コゴメの声がした。
「大丈夫だ」
立ち上がりながら、ルベルドは内心で考えていた。
(……今の力の範囲内では、守れない)
ダリアが攻撃に転じた。炎の束を連続して放つ。男が腕を振って受け流した。あれほどの炎を、素手で受け流す。
レインが地面を隆起させた。男が足元を踏み砕いて進んでくる。
(……コゴメを守りながら、今の力で―――)
計算が合わなかった。
力を少し上乗せするか。いや、それでは人間の範囲を優に超える。しかしこのままでは―――
「レイン、姉様を守れ!僕が時間を稼ぐ」
「でも、お前一人じゃ無理だ!死ぬぞ!!」
レインが前に出た。
遅れてルベルドも戦線に復帰する。
三人が男に向かった。一斉に攻める。しかし男の刻印の力は異常だった。三人の同時攻撃を受けながら、ゆっくりと歩いてくる。
ダリアが弾き飛ばされた。レインの防壁が砕けた。
男が、コゴメの前に立った。
「邪魔をするな」
コゴメが男を見上げた。怯えた顔はしていない。しかし、手が震えていた。
「何が目的なの」
コゴメが静かに聞いた。
「魔族を滅ぼすためと言いましたね。……それは、神を殺してまでしないといけないことなのですか」
「貴様には関係ない」
「あります。私はこの国の王女です。この地を守ることは、私に関係がある!」
男が腕を持ち上げた。
(―――まずい)
ルベルドは走った。男とコゴメの間に割り込んで、防壁を張る。
衝撃が来た。
今度は防壁事吹き飛ばされた。ルベルドが勢いよく地面に転がった。
(……これ以上、力を隠したままでは──)
立ち上がろうとした。上手く足に力が入らない。
男がルベルドを見た。
「まだ立つか。……なかなかの子供だ」
「立てる」
ルベルドは言った。しかし体が正直だった。力を抑えた状態では、あの刻印の出力には届かない。
(……出すしかないのか。本来の力を)
しかしそれは―――
(魔族だと、ばれる。ダリア。レインに。なにより、コゴメに―――)
一年以上かけて積み上げてきた「ルベルド・クレイン」という立場が、崩れる。




