36.神域実習
二年生の最初の月は、一年生のそれとは明らかに違う忙しさを連れてきた。
授業の難度が上がり、実技の課題も複雑になる。一年生のときは「慣れる」ことに多くのエネルギーを使ったが、二年生になると「慣れた先をどう伸ばすか」が問われるようになった。
毎朝の演習と、週二度のエヴァとの議論。コゴメとの図書棟での時間。ダリアとの無言の練習時間。レインは相変わらずルベルドについて回っては笑っている。
それらが積み重なって、ルベルドの二年生が始まっていた。
そんなある朝のホームルームで、ベルド・ノア教師が黒板に「神域実習」と書いた。
「二年生になると新しい実地演習と言うのがある。今回行うのは『神域踏破』だ。対象は二年生以上の希望者。班を組んで聖地へ向かい、実地での魔法運用と精神強度を評価する」
教室がざわめいた。
「神域とは、かつて神が宿ったとされる聖地の総称だ。人間界には複数存在する。実習では四人一班を編成し、対象の神域に三日間滞在して、魔力の感知・精神制御・自然環境下での対応力を総合的に学ぶ」
「先生、神域に行ったら本当に神様に会えるんですか?」
後ろの席の生徒が声を上げた。
教師は少し間を置いた。
「会えるかどうかは、その者次第だ。神が眠る神域では、稀に『神の顕れ』が起きることがある。神が気に入った者の前に姿を現し、加護を与えるかどうか見極める。去年同じ神域で加護を得た者は一人。現三年唯一の近衛騎士―――ユーリ・ファルコだ」
教室の空気が変わった。
「ただし、実習の目的はそこではないは忘れないようにしろ。班について、細かい事は言わない。各自で組むように。基礎魔法の精度を落とさないよう準備しておけ」
ルベルドは正面を向いたまま、静かに考えた。
(……神域。神が眠る場所、か)
加護の仕組みについては、魔界の書物でも断片的にしか分かっていない。神が人間を気に入ったとき、試練を与え、その者に力を与える―――。
そういう制度が、人間界にはある。
(……俺は加護を受けられないだろう。魔族だからな)
それは分かっていた。しかし神域に行くこと自体は、情報を得る機会としては悪くない。
(……神が眠る場所へ赴く、か)
神域―――加護の源泉となる神が眠る地。人間の強者が加護を得るのは、そこで神に認められた時だという。学園がそこへ生徒を連れていく意図は一つ。
加護の獲得機会を与えるためだ。
レインは隣でソワソワしていた。
「行くよな!?絶対行くよな!!」
「行く」
「よし!!班を組まないといけないけど……ルベルドと俺で二人確定として、あと二人」
「コゴメと、ダリアに声をかける」
「あ、そっかそっか!確かにな。それがいいよ!!」
レインは何かを理解したのか、嬉しそうに言った。
「俺、もし会えたら加護もらえるかな?貰いたいな!お前は?」
(……俺は)
「どうだろうな。まぁ、貰えれば近衛騎士に近づくのは間違いない」
その日の放課後、図書棟でコゴメに話すと、コゴメは少し目を輝かせた。
「神域……!行ってみたいです」
「危険もある。ただの合宿ではない」
「分かっています。でも、祝福を受けている私が神の眠る場所に行くことには意味があると思っています。何かが分かるかもしれない」
ルベルドは少し止まった。コゴメの祝福。
加護とは異なる、王家に宿る力。神域でそれがどう作用するかは分からない。
(……コゴメが行きたいなら、良かった)
「分かった。班に入ってくれ」
「はい。ルベルドさんと一緒なら、どこでも大丈夫な気がします」
コゴメが小さく笑った。ルベルドは少し視線を逸らした。
◆◇◆◇
月曜日の朝、決まった班の発表があった。
ルベルド・コロール。
ダリア・ハーヴェル。
レイン・ハルト。
コゴメ・ハーヴェル。
「……この班に決まったな!」
レインが隣で声を上げた。
「俺たち全員一緒じゃないか!!良かったぁ!」
「姉様が行くのだ。それをお前ら二人だけには任せられん」
ダリアはコゴメが班に入った事を言うとルベルドが誘った時にも同じことを言った。
「なんか豪華な班だぞ!!」
ルベルドは発表の紙を見たまま、特に言葉を返さなかった。
(……王族がいる班に特別な配慮があると思っていたが、それはないのか)
「ルベルドさん」
廊下の向こうから声がした。コゴメとダリアが並んで歩いてきた。コゴメが発表の紙を手に持って、嬉しそうに笑っている。
「同じ班でした。良かったです」
「そうだな」
「ダリア、実は喜んでたよ?『ルベルドと同じ班だ』って」
「姉様、僕は誓ってそんな事言ってません」
ダリアが静かにコゴメを牽制した。しかし耳が少し赤い。
「……試験の時、一年生で特別近衛騎士に最も誓ったのは悔しいがお前だった。ただ、僕が一番姉様の傍にいるのに変わりはない。今回加護を獲得して実力に差を付けてやる」
「そうか」
ルベルドは短く答えた。ダリアとの関係は、もう一年を経て「認め合った競争相手」の域に入っていた。言葉の少ない確認をして、それで十分だった。
「三日間、一緒ですね」
コゴメが四人を見回して言った。
「きっと面白い実習になります」
(……面白いかどうかは分からないが)
ルベルドは思った。しかしコゴメが笑うと、その「分からない」が少し「まあ悪くないかもしれない」に変わる。
それも、一年を経て身についた変化だった。




