34.沈黙のコゴメ
ある昼、ルベルドが図書棟に向かうと、コゴメが先に来ていた。いつも通りだ。
しかし今日はコゴメが少し、いつもと違った。ルベルドが来るといつも柔らかな笑顔で迎えてくれるがすれが少しぎこちない。別の感情が混ざっているという感じだろうか。
「ルベルドさん」
「来た。何かあったか」
「……いいえ」
コゴメが首を振った。
「何もないです。ただ、聞いてもいいですか」
「なんだ」
「エヴァさんと、どんな話をしているんですか?」
ルベルドは少し考えてから、正直に話した。魔法理論の議論。収束と圧縮の違い。それらを教えていた話。
コゴメは黙って聞いていた。
「……そうなんですね」
「何か気になることがあるか」
「……ないです」
(あるみたいだな)
ルベルドには分かった。声調に不満が隠せていない。
「コゴメ」
「はい」
「思っていることがあるなら、話してくれていい」
コゴメがしばらく黙った。本の表紙を両手で持って、その下を見ていた。
「……ルベルドさんって、エヴァさんとは話しやすいですか?」
「議論はしやすい。お互いに目的が明確だから」
「……私との話と、どっちが――」
コゴメが途中で止まった。
「……すみません、変なことを聞きました」
「変ではない」
「でも比べるようなことじゃないですよね。聞いてしまってごめんなさい」
「コゴメ」
ルベルドは少し声調を落とした。
「比べてどちらが良いか、という話ではない。しかし答えるなら――お前との時間と、エヴァ令嬢との時間は、全然違う種類のものだ」
「……どう違うんですか」
「エヴァ令嬢との時間は、互いに何かを学ぶ場だ。明確な目的がある」
「……」
「お前との時間は——目的がない」
コゴメがキョトンとした。
「目的がない、というのは……」
「悪い意味ではない。エヴァ令嬢との時間は『何かのための時間』だ。お前との時間はただお前といたいからいる―――それだけの時間だ」
コゴメが少し黙った。
「……そうですか。私も一緒です。ルベルドさんといたいから」
「……すまない。言うのに一年かかった」
「一年で言えるようになったんです。一年で」
コゴメが笑った。目が少し潤んでいた。
「ありがとうございます。聞いてよかったです」
「……聞いてくれて良かった。俺も整理できた」
コゴメが本を開いた。ルベルドも自分の本を出した。
しばらく、二人は黙って読んだ。
その沈黙は、ルベルドが知っているどの沈黙とも少し違った。何かが、この静けさの中にちゃんとあった。




