33.エヴァとの時間
場所はエヴァが確保した学園の個室。
令嬢専用の小さな学習室だ。白い壁に本棚、小さなテーブルに向かい合って座る。
最初の日、エヴァが開口一番に言った。
「闇属性の魔力制御の話を聞かせてくださりますか。教科書には載っていない部分を」
「……挨拶はしないのか」
「ごめんなさい」
ルベルドが言うとエヴァが少し姿勢を正した。
「おはようございます、ルベルドさん。では、教えてもらえる?」
「……そっちの方がいい」
「分かりました。以後注意します」
ルベルドは少し考えてから話し始めた。
「闇魔法の基本は『収束』だ。光を吸収し、圧縮する――」
「お待ち下さい。『収束』と『圧縮』は別の概念なのですか?」
「別だ。収束は方向性の制御。圧縮は密度の操作。試合で二発目を受けたのは、収束を崩さずに圧縮を下げた結果だ」
エヴァがペンを走らせた。
「水魔法に対応させると——収束は『流れの向き』で、圧縮は『圧力』といったところでしょうか」
「概ね正しい。ただし水は流れることが前提だから、収束の方向を変えることで出力が変わる。闇は収束が固定されやすい分、圧縮の調整で出力を制御する」
「……なるほど」
エヴァが顔を上げた。
「私が実戦で判断が遅れるのはこの部分かもしれません」
「どういう状況で遅れる」
「咄嗟に氷の壁を出そうとするときに『 壁を作ろう』と思ってから形になるまでに一拍の隙が生まれます」
「それは思考の順序の問題だ。『何の魔法を使うか』を先に決めようとしているから遅くなる。『ここに立つ』という身体の判断を先にすれば、魔法はその後からついてくる」
エヴァが止まった。
「……もう一度言ってくださる?」
「身体の動きを先に決めろ。『ここに壁が必要だから氷を出す』ではなく、『ここに立つから氷が出る』という順序に変える。魔法は手段であって、目的ではない」
長い沈黙があった。エヴァがペンを置いた。
「……それは、私が一年間悩んでいたことへの答えかもしれない」
「試してみれば分かる」
「明日、演習棟で試してみます」
エヴァが再びペンを取った。ルベルドは向かいで、エヴァが書いているものを静かに見ていた。
(……この令嬢は、本当に学ぼうとしている)
「側近として傍に置く」という言葉から、もっと表面的な関係を想像していた。しかしエヴァは純粋に情報と議論を求めている。それが分かってから、ルベルドも話しやすくなった。
◆◇◆◇
三度目の帰り際、廊下でエヴァが少し足を止めた。
「ルベルドさん」
「なんだ」
「……議論してみて、思ったんだけれど」
「なんだ」
「あなた、教えるのが上手ね」
エヴァがやや早口で言った。
「私の質問の意図を汲んで、私の言葉に合わせて説明を変えてくれる。それが……本当に助かっています」
(……褒められた)
ルベルドは少し止まった。エヴァから褒め言葉が来るとは思っていなかった。
「……俺は、ただ話しやすいように話しただけだが」
「それが『上手い』ということよ」
エヴァが少し視線を逸らした。
「……以上です。また来週」
エヴァが先に歩いていった。ルベルドはその後ろ姿を少し見た。
(……変わった令嬢だ)
近衛騎士に守られている存在である令嬢が自ら戦うための術を磨いている。それにコゴメと同じように祝福を受ける彼女は他よりも身体が弱いはずなのにだ。理由は分からないが純粋に強さを求めているエヴァにルベルドは悪くない印象を持っていた。




