32.答え
試験の翌日、ルベルドはいつも通り授業を受け、食事をとり、夜に宿で考えた。
(……エヴァ・クレールの提案)
整理する。
令嬢の「側近」として傍に置く、という話だ。特別近衛騎士の枠ではない―――学園制度の外の、エヴァ個人が選ぶ立場。
メリットを考える。令嬢の実際の生活に近い場所で、近衛騎士がどう機能するかを観察できる。コゴメの側に立つための準備として、別の令嬢の傍で学べる機会は悪くない。
デメリットを考える。コゴメとの時間が減る。エヴァの目的がまだ完全には見えていない。
(……エヴァは俺に何を求めているのか)
側近を置くという行為は、相手を信頼に足ると判断しているということでもある。あの令嬢が、一度の試合観覧だけでそこまで踏み込むとは思えない。
(……もう一度、直接話す必要がある)
答えを出す前に、もう少し相手を知りたかった。
二日目の昼、ルベルドはレインに話した。
「エヴァ・クレールから側近として傍に置きたいと言われた」
レインが口に入れていた肉を吹き出しそうになった。
「えっ!?マジで!?あの試験の観覧席にいた令嬢か!?」
「そうだ」
「なんでお前はそんなにモテるんだよ!お前のとこにはもうコゴメ王女がいるだろうが!!」
「俺に言うな」
「エヴァ・クレールって学園でも有名だぞ。水属性で氷の魔法が得意で、感情が顔に出ないって評判の令嬢だ」
「……そうか」
「エヴァ令嬢の新しい近衛騎士はレオニード先輩だろ。三年生で一番強い。つまり今後はレオニード先輩がエヴァ令嬢の正式な近衛騎士になるってことか」
「そうなる」
「お前、どうするつもりだ?断るか?」
「……まだ決めていない。もう一度話してみる」
「コゴメ王女には言うか?」
ルベルドは少し止まった。
「……話す。ただし答えを出してから」
「そっかそっか……」
レインが少し考える顔をした。
「複雑だな。コゴメ王女からすると、ルベルドが別の令嬢の傍にいるって話だし」
「……複雑か」
「複雑だと思うぞ。まあ、お前の判断を俺は信頼してるから何も言わないけど」
◆◇◆◇
三日目の午後、ルベルドはエヴァに連絡を入れ、学園の中庭の端で話した。
「呼んだということは、返事を貰えるのかしら」
エヴァが言った。感情の起伏は変わらない。
「一つ聞きたい。俺に何を求めているのか。強さと判断力だけが目的なら、他にもっと適した人間がいるはずだ」
「そうね」
エヴァが少し間を置いた。
「正直に言う。私の側に置きたい理由は三つある」
「聞こう」
「一つ目。闇属性で、あそこまで強い一年生は見た事がない。どういう人間か知りたい―――知識として」
「二つ目は」
「あなたは何かを抑えている。それが何かを、私は気になっている。そんなあなたガ令嬢の傍でどう動くかを見たい」
「三つ目は」
「……少し個人的な理由」
エヴァが初めて視線を少し逸らした。
「私の正式な近衛騎士はレオニードになる。彼女は優秀だけれど―――私と彼女は、話し方が似ている。一緒にいて楽しくはあるのだけれど」
「だから?」
「違うタイプの人間を傍に置いておきたい。私が見えていないものを、別の角度から見える人間を」
エヴァが再びルベルドを見た。
「総合して言うと―――私、あなたにとっても興味があるの」
ルベルドは少し考えた。
(……この令嬢は、俺に補完を求めているということか)
「……条件がある」
「聞きましょう」
「俺には別に目的がある。近衛騎士選抜に来年再挑戦する。その準備を妨げないこと。それから俺がエヴァ令嬢の傍にいる時間は、学園の活動外に限る。授業中や選抜試験の準備に干渉しない」
「問題ありません」
「もう一つ。令嬢の側近として傍にいても、俺はコゴメ王女への意志を変えるつもりはない。そこは変わらない」
エヴァが少し目を細めた。
「……コゴメ王女への、ね」
「問題があるか」
「いえ」
エヴァはあっさり言った。
「私は令嬢として、他の令嬢への配慮を強制する立場にないです。あなたの意志はあなたのもの」
「……分かった。引き受ける」
「よかった」
エヴァが立ち上がった。
「明日から、週に二度程度、私の学習補助に付き合ってもいます。魔法理論の議論をしましょう」
「……魔法理論の議論?」
「私の弱点は理論の実戦応用が遅いこと。あなたの即興判断力から学べるものがあると思っています。来週から始めましょう」
エヴァが去った。ルベルドはその後ろ姿を少し見た。
(……魔法理論の議論、か)
想定していた「側近の仕事」と全然違った。しかし―――悪くない、とは思った。
その夜、ルベルドはコゴメに手紙を書くことにした。図書棟で会った時に伝えても良かったがそうはしなかった。早く伝えたかったのか、顔を合わせては言えないと思ったのか。
ルベルドは夏のような日記形式ではなく、短く、事実だけを書いた。
『エヴァ・クレール令嬢の側近として、週に数度傍に置かれることになった。特別近衛騎士の枠ではなく、個人的な立場だ。俺の選抜試験への準備は変えない。報告しておく。
―――ルベルド』
手紙を送った次の日の朝、コゴメから返事が来た。
『そうですか。……少し、驚きました。でも、ルベルドさんが判断されたことなら、そうなんだと思います。エヴァさんのこと、私は詳しく知らないですけれどルベルドさんが側に置かれるなら、きっと何か理由があるのでしょうね。——コゴメ』
ルベルドはその返事をしばらく見た。コゴメらしい返し方だ。疑問を持ちながら、ルベルドを信頼して受け入れている。
しかし―――「少し、驚きました」という言葉の前に、「……」があった。
(……コゴメは、何かを感じた)
分からない、とは言えなかった。何かを感じたから「……」がある。それをコゴメが直接書けなかった何かを示しているのだろう。
ルベルドは返事を書いた。
『エヴァ令嬢と関わることで、令嬢の傍に立つ者の在り方を学べる。来年の試験のためだ。俺の目的は変わらない。―――ルベルド』




