31.試験結果
第三段階は審査員による総合判断だった。
各生徒が審査員の前に一人ずつ呼ばれ、簡単な質疑を受ける。魔法の実力だけでなく、判断力・言葉の選び方・令嬢への奉仕の意識を見るためだという。
ルベルドが呼ばれた。
五名の審査員と向かい合った。試験官二名と令嬢代理人三名。端の一席が空いていた―――代理人を送らなかった令嬢が一人いるらしかった。
「ルベルド・コロール、一年生。闇属性」
試験官が読み上げた。
「まず聞く。一年生で今回の試験に挑んだ理由は?」
「特別近衛騎士になることが目的です。受験資格があるなら受けるのが当然だと判断しました」
「率直だな。特別近衛騎士になって、何をしたいか」
「令嬢を守ることです。力でなく―――その方が『普通に過ごせる日常』を守ることが、本来の役割だと考えています」
審査員の一人―――センが少し眉を上げた。先程までは黙って変わらず眠たそうにしていた彼が目をしっかりと開いてルベルドのことを見ている。
「ルベルド『普通に過ごせる日常』というのはそれはどういう意味だろうか?」
「令嬢は祝福を受けています。それは特別であることを常に意識させられる立場でもありますがその中で、ただの自分でいられる時間を確保することが近衛騎士の重要な仕事の一つだと思っています」
沈黙があった。審査員たちが何かを書いている。
「そうか」
センはそれだけを言って考えるように黙りこくった。別の審査員が質問をする。
「最後に。一年生での近衛騎士は前例がない。周囲の懸念についてどう思うか」
「懸念は当然です。前例がない選択は不安を生む。しかし前例がないことと、不適切であることは別の話です。俺の判断と行動で示していく以外に道はないと思っています」
「以上だ。下がっていい」
ルベルドは礼をして下がった。
全員の審査が終わったのは夕方だった。
試験官が演習場の中央に立った。
「合格者を発表する。この後、名前を呼ばれた者は前へ出ること」
静かになった。ルベルドは前を見ていた。
「ユーリ・ファルコ、二年生」
最初に呼ばれたのは、やはりその名前だった。光属性の加護持ち。光の髪を持つ穏やかな顔立ちの二年生が前に出た。拍手が起きた。
「次。ラール・ドミン、三年生。カーラ・ヴィーノ、三年生。続くのはレオニード・クレイン、三年生」
四名が前に出た。
「以上、四名を今年の合格者とする」
それだけだった。
(……俺の名前は、なかった)
ルベルドは動かなかった。表情も変えなかった。しかし―――
(……分かっていた。分かっていたが)
何かが、胸の奥で引っかかった。
「分かっていた」という言葉が、今まではそのまま通り過ぎていた。しかし今回は違う。「分かっていた」の後ろに、すっと冷たいものが残った。
(……悔しい)
初めて、その感情を心の中で強く自覚した。
悔しい。当然の結果で、自分の力の上限も理解していて、それでも名前が呼ばれなかったとき、初めて「悔しい」という感情が何かをきちんと動かした。
隣でレインが小さく「くそ」と言った。それがルベルドには、少し助かった。
「……お前も落ちたか」
「落ちた。まあ一年生が通るとは思ってなかったけど……やっぱり悔しいな」
「俺も同じだ。悔しい」
「え?」
レインが振り返った。
「ルベルドが『悔しい』って言った?」
「言った」
「……初めて聞いたかもしれない、その言葉がお前の口から出るの」
「初めて感じた」
レインが少し黙ってから「それはそれで、前進じゃないか」と言った。ルベルドは答えなかったが、否定もしなかった。
◆◇◆◇
生徒たちが解散し始めた頃、ルベルドは演習場の端に向かった。一人になって、少し頭を整理したかった。
(……来年もある。次の試験まで一年。その間に何が変わるか)
「―――失礼」
声がした。
振り返ると、白い髪の令嬢が立っていた。観覧席にいたあの人物だ。
近くで見ると、十四歳前後だろう。細い顔に大きな青灰色の目。纏っている気配が、周囲の空気より少し低い―――得意魔法は水か氷の属性だ、とルベルドは即座に読んだ。
「……何か用か」
「あなたがルベルド・コロール?」
「そうだ」
「試合を見ていました。模擬戦の近接戦。あれは面白かったです」
「面白かった」
無表情で感情のない声調でそう言った。褒めているのかバカにしているのか、判断がつかなかった。
「……何が面白かった」
「風属性の三連撃を二発避けて一発を受けた。なぜ二発目を受けたのかしら?」
鋭い質問だった。戦略の話をしている。
「三発目で踏み込む間合いを作るために、二発目の位置に敢えて居続けた。避けると相手との距離が開く。最短で懐に入るには、受けた方が良かった」
「盾を出すほどの出力だったのに、受けることを選んだ」
「盾は最小出力で足りた。体力との兼ね合いで、その方が効率が良かった」
令嬢が少しだけ目を細めた。笑ったわけではない。しかし何かが変わった気配があった。
「あなた、本当に一年生?」
「そうだ」
「……見ていて気になったの。闇属性で、あれだけの精度がある。それに、貴方抑えているのでしょう?」
ルベルドは一瞬だけ止まった。
「……何のことだ」
「速すぎる。反応も。ああいう動きをするのは、普段から『制限をかけた状態で動く練習をしている』人間じゃないと出ない。自然に制限をかけるのが習慣になっている―――そう見えました」
(……この令嬢は、見える)
ルベルドは少し時間をかけて返答を選んだ。
「……鋭い観察だ」
「否定しない、ということ?」
「否定も肯定もしない。俺がどういう状態かは、俺自身の問題だ」
「……なるほど」
令嬢が少し間を置いた。
「私はエヴァ・クレール。この国の令嬢の一人」
「……知っている。今日の試験を直接観覧していた令嬢だな」
「代理人を通すより、自分で見た方が正確だから」
エヴァが淡々と言った。
「それで、あなたに提案があるのだけど」
「提案?」
「今回あなたは不合格だった。しかし私は、あなたを側に置きたいと思っています」
ルベルドは答えなかった。
「特別近衛騎士の枠ではない。『側近』として、私の傍に置く。特別近衛騎士が公的な守護者なら、側近は私個人が選ぶ——学園の制度とは関係ない存在と言った所でしょうか」
「……側近とは、どういうものだ」
「はっきり言います。あなたの強さと判断力に、私は価値を見ました。あなたの目的が近衛騎士なら、私の側にいることで見えるものがある。令嬢の立場から見た近衛騎士の在り方というものが」
エヴァの声は感情の起伏が少ない。しかし嘘をついている様子はない。
(……この令嬢は、純粋に有用性として俺を評価しているのか)
「……答えを今すぐ出さなければならないか」
「三日以内に返事をくれれば良いです」
エヴァは踵を返した。
「名前と所属を教えたので、連絡先は調べられるでしょう」
そのまま去ろうとして、一歩のところで振り返った。
「一つだけ。今回の不合格、悔しいと思っているでしょう?」
ルベルドは少し止まった。
「……そうだ」
「その感情は、捨てなくていいです。悔しさがある限り、人は強くなれるます」
エヴァは去った。
ルベルドはその場に一人残った。夕暮れの演習場に、風が吹いた。
(……側近)
想定していなかった展開だった。しかし―――エヴァが言ったことは、一つも嘘ではないと感じた。
令嬢の立場から見た近衛騎士の在り方。それは確かに、ルベルドがまだ持っていない視点だった。




