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魔王リライト  作者: ゆずリンゴ


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23.ルーベンの街

 一日目の夜、二人は宿場町に泊まった。


 小さな宿で、夕食は宿の食堂だ。煮込みの肉と根菜、黒パンが出た。


「うまい!旅先の飯ってなんでこんなうまいんだろ」


 レインが肉を口の中に放り込んで言った。


「環境が違えば食事の感じ方も変わる」


「哲学的だな。でもそれは確かにあるかも」


 食事しながら、レインが「宿場町の夜に何かやることあるかな」と言い出した。


「俺は夜の街を少し歩いてみたい。お前はどうする?」


「付き合う」


「よし!行こう!」


 食後に二人で宿場町を歩いた。夜は少し涼しく、街道沿いの酒場から賑やかな声が漏れている。露店もいくつか開いていた。


「ルベルドって夜と昼どっちが好き?」


「夜の方が好きだ。静かだから」


「俺は昼の方が好き。明るいと元気になる」


「真逆だな」


「だから旅仲間としてちょうどいいんじゃないか! 俺が昼に盛り上げて、お前が夜に冷静に引き締める」


「……俺が引き締めるというのが不本意だが、概ね正しい」


「うんうん!正しい正しい。やっば相性抜群だな!」


 レインが喜んだ拍子に露店の縄に引っかかり、縄に吊るされていた干し魚が五、六匹まとめてレインの頭に落ちた。


「うわっ!!」


「…………」


「ルベルド!笑ってないよな!?」


「笑っていない」


「顔は笑ってないけど肩揺れてないか!?」


「気のせいだ」


「絶対笑ってる!!それ笑ってるやつだろ!!!」


 露店の主人が出てきて「大丈夫かい」と言い、レインは頭から干し魚をどけながら「大丈夫です!!」と言った。


 主人が申し訳なさそうにしながら干し魚を一匹「旅の土産に」とくれた。


「もらっちゃったよ俺……」


「ここで食べるか」


「あぁ。―――っ!しょっぱぁ!」


 1口齧り付くとレインが飛び跳ねた。


「塩辛いのか?」


「単体で食べる奴じゃない!ルベルドも食べてみて」


「お前の話を聞いて食べる思うか?」


「無理やり食べさせてやる!」


 レインはせめて口に当てようとしたが、かする素振りすらなかった。


 干し魚を宿に持ち帰り、「食べてみるか?」「食べない」「少しだけ食べてみて」「食べないと言っている」という無駄な時間を過ごした。


 翌日の夕方、馬車はルーベンに着いた。


 坂道に沿って建物が連なり、色とりどりの旗が風に揺れている。潮の匂いが街全体に漂い、港に大小の船が並んで、夕暮れの光が波に反射してきらめいていた。


「うわ!!」


 レインが馬車から飛び降りた。


「海だ!!めっちゃひさしぶりに見た!!」


 ルベルドも降りて、そこで止まった。


 海―――。

 水平線がある。水がこれだけ広く広がっている。底が見えない。空との境がぼんやりしていて、どこが海でどこが空か、遠くに行くほど曖昧になる。


 言葉が出なかった。ただ、見ていた。


「ルベルド?大丈夫か?」


 レインが振り返った。


「……問題ない」


「固まってたぞ」


「目が、離せなかった」


 ルベルドは正直に言った。レインがぱっと顔を明るくした。


「だよな!!初めて海見るとそうなる! 俺も小さい頃初めて来たとき同じだった! 広くてでっかくて、なんかずっと見てたくなる!」


「……ずっと見ていたい、という感覚は分かる」


「俺、お前がそう言うの待ってた気がする! いい反応!!誘ってよかった!!!」


 レインが腕を広げてぐるりと回った。通行人が二人をちらっと見た。ルベルドは静かに海の方を向いていた。


 宿に着いた。レインの親父の知り合いが経営する小さい木造の宿で、部屋の窓から海が見える。ルベルドは荷物を置いて即座に窓を開けた。


 潮風が入ってきた。


(……こういうものがあるのか、人間界には)


 まだ知らないものがたくさんある。それを「まだ見るものがある」と思えることが退屈ではない、という感覚の正体の一つだと、ルベルドは思った。


◆◇◆◇


 翌朝から二人は街を歩いた。


 港の朝市は声が大きく、人の熱気が違った。魚、貝、干物、海の道具―――ハートヴェルの市場よりずっと庶民的で、活気がある。


「焼き魚食べよう!港の朝は魚が一番うまい!」


「朝から魚か」


「旅先では現地のものを食うのが正解!これは親父の教えだ!」


 屋台で焼いたばかりの魚を買った。塩だけで焼いたシンプルなものだったが——ルベルドが一口食べたとき、ハートヴェルで食べたどの魚とも違う味がした。


「どうだ」


 レインが覗き込んだ。


「……美味い」


「だろ!!!!その顔が見たかった!!!!!!」


「顔は変わっていない」


「目が少し柔らかくなってる!!俺には分かる!!」


「一年間で人の顔を読む技術が上がったということか」


「お前の顔を読み続けた成果だよ!!難易度最高のトレーニングだった!!」


 朝の市場で騒ぐ二人の様子を通行人がまた見た。ルベルドは静かに魚を食べ続けた。


 昼ごろ、レインが「港の船を近くで見たい」と言い出した。


「俺、大きい船って乗ったことないんだよな。近くで見てみたい!」


「港の端まで行けば見られる。ただ漁師の仕事の邪魔をするな」


「なんか保護者みたいだな!!分かってる。 見るだけ!」


 二人で港の端まで歩いた。大きな帆船が停泊しており、船員たちが作業をしていた。レインが目を輝かせて見上げた。


「でっか……!これで海を渡るのか……」


「大陸間の貿易に使う。帆の大きさと船体の重さで速度が決まる」


「詳しいな」


「本で読んだ」


「お前の『本で読んだ』の範囲、どこまであるんだ……」


 レインが船の綱に手をかけて、ぐっと引っ張ってみた。


「固い!こんな太い綱で固定してるのか」


「レイン」


「なに」


「その綱を引くな」


「なんで―――」


 ―――ぎぎぎ、と音がした。綱が繋がっていた滑車が動いた。船の端に積んであった木箱が一つ、するすると動き始めた。


「うわっ!!」


「放せ!」


 ルベルドは即座に闇魔法で木箱の動きを制した―――するりと箱の底に魔力を這わせ、摩擦を強制的に増やす形で停止させる。人間には見えない速度での処置だった。木箱がゆっくりと止まった。


「……なんか止まった」


 レインが呆然と言った。


「ルベルドが止めたのか?」


「なんとか間に合った」


「ありがとう!!!! 今日は俺、お前に命をひとつ救われた!!」


「命まで危うくはなかった。荷物が落ちても怒られるだけで済んだ」


「怒られるのは十分怖いよ!!!」


 船員が様子を見に来た。「問題ないか」と聞かれ、レインは「問題ありません!!!すみません!!!!」と九十度の角度でお辞儀をした。


 ルベルドは少し離れて、空を見た。青い空だった。


(……色々あるな)


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