105.ころさなければ
そうしている間にズームが動いた。
速かった。
純粋な突進攻撃。戦略も、魔力の使い方も何も定められていない。ただ——刻印の効果が増幅されているのか、それとも暴走しているからこそ制御がなくなって純粋な出力だけが上がっているのか。
ルベルドは防壁を三重に展開した。
——砕けた。三重全部が、一撃で。
ルベルドが吹き飛ぶ前に横に跳んだ。体が床を転がった。
(……一撃が必殺攻撃、捨て身か。やはり痛みは感じていないみたいだ)
ズームは止まる事を知らない暴走列車のように壁にぶつかると大きく神殿を揺らした。
ぶつかる寸前に防壁を使った様子もない。あれだけの勢いでぶつかれば衝撃も余程のものだろうが、ズームは直ぐに攻撃する体制に入った。
気を緩めることができない。今の力でも、全力で当たらなければ直ぐにやられる。
「止めよう」
レオニードが動いた。
雷が走った。去年の大会で見た動きより、さらに速い。
ズームが腕で受けた。受けた部分は焼けているが、ズームは表情を変えなかった。
やはり痛みが伝わっていないのか。
「ルベルド、左!」
レオニードの声に、ルベルドは左に跳んだ。ズームの右腕が通過した。その腕の刻印が光っている。
(……出力が上がっている。継続的に上がっている。これは——どこまで上がるんだ)
ルベルドは闇の魔力弾を連続で放った。五発、七発——全部当たっている。しかしズームは止まらない。
「——ころさなければ」
「——ころさなければ」
同じ言葉が繰り返される。
ルベルドとレオニードが連携した。ルベルドが前から圧力をかけ、レオニードが側面に回る。雷の膜がズームに触れるたびに、確実にダメージが積み重なっている。雷の膜は、触れるものを着実に削る。
(押せている。押せているはずなのに、なんだこの違和感は)
既に戦闘が始まって10分は経った。ズームはこれまでに酷く傷を負ってきた。その傷が、減っている。
ズームが回復魔法を使った様子は無い。
(刻印の力か)
そう考えるのが自然だった。この無茶な動きを続けられる理由としも納得できる。
そうなれば、このまま戦い続けても勝てない。
「レオニード先輩、ズームに最大出力の攻撃を同時に入れたい」
「彼は常に動き続けている。これでは攻撃をしたタイミングでのカウンターが……」
「隙を作るための考えがある。ズームを一瞬止める」
レオニードが体勢を整える。
「分かったルベルドを信じる」
(リライトを使う。考えろ、守りたいものを。コイツに勝てなければ学園には戻れない)
「――ころさなければ」
次にズームの攻撃が来た時、ルベルドは構えた。目を瞑り、ズームを見る。
流れは見えた。――触れる。止まらなかったズームが硬直した。
「今だ!」
闇を一点に凝縮させる。貫通性は要らない。この打撃に最大の一撃を叩き込む事だけを考える。
―――ルベルドの攻撃に合わせ、レオニードもまた至近距離で高電圧の一撃を穿った。
決死の技。それに暴走したズームも膝を折った。本来なら瀕死に近い状態になってもおかしくなかったはずだ。それなのに―――
「何が起きている!?」
ルベルドは目の前で起こった異変に声を上げた。ズームの身体が急速に回復し始めたのだ。砕けた骨、焼けた肌も。
その間、ずっとズームの体は痙攣していた。狂った操り人形のように。その姿を、ルベルドとレオニードは警戒する。ズームがどうなっているのか。
ズームが止まった。
「……たすけて」
言ったのはズームだった。それが聞こえた時、ルベルドは思わず構えを緩めた。
今まで繰り返していた言葉と、まるで違う声だった。
「……たすけて」
もう一度。
小さく、かすれた、まるで別の誰かの声のような——
ズームの体から、魔力が一段階上がった。
「助けて」という言葉が、何かの引き金になった。
ズームの体に灯っていた刻印の光が、倍になった。三倍になった。石の上に影が落ちるほどの輝きが、ズームの腕の至るところから溢れた。
(……刻印が暴走している?)
ルベルドは瞬時に判断した。体内の術式が制御を完全に失っている。それが魔力を際限なく増幅させている。あの叫びは——ズームの意識の奥底から出てきた言葉かもしれない。助けを求める言葉が、皮肉にも力を引き出した。
ズームが踏み込んだ。
「——!」
ルベルドはリライトを発動させようとした。
しかし——流れに触れた瞬間、弾かれた。
(……通じない)
今まで練習の中で掴んだリライトの感覚が、まるで噛み合わなかった。刻印によって増幅された魔力の流れは、通常の魔力と異なる何かを持っていた。歪みがある。乱れている。だからこそ「書き直す」前に、流れそのものが形を変えてしまう。
「ルベルド、防壁!」
レオニードの声に、ルベルドは闇の防壁を最大まで展開した。
ズームの一撃が来た。
防壁が三重と砕け四重目。それも砕けるとルベルドの体が大きく後退させられた。壁にぶつかり、石の壁が罅割れた。魔力を体に被っていなければ身体を貫通したかもしれない。
(……まずい)
足に力が入らない。一瞬だけ膝をついた。
「ルベルド!」
レオニードが前に出た。
雷が複数走った。ズームに向かう線が七本、八本。それでもズームは止まらない。半分がズームに当たりながら、残りを腕で打ち払う。
レオニードが後退した。ズームの腕が追いかける。
(……このままでは——)
ズームの腕が振り上がった。
レオニードに向かっていた。
ルベルドは膝から立ち上がろうとした——間に合わなかった。
その腕が——止まった。
ズームの攻撃が止まった。
あれだけ複雑だった魔力の流れが、消えた。まるで最初からなかったように。リライトだ。ルベルドに出来なかった事を行えたのは1人だけだ。
スルクが立っていた。
いつの間にか石畳の中央に立っていた。どこから動いたのか、どのタイミングで立ち上がったのかが分からなかった。音も魔力も感じなかった。
右手でズームに触れていた。
「——リライト」
それだけ言った。
ズームがルベルドを見た。眼球の焦点が——ない。しかしその体がスルクの方を向いた。
スルクがズームに向かって一歩踏み出した。
「お前に何があったかは知らない」
静かに言った。その顔は笑っていなかった。
「組織がお前にしたことも、お前の体に刻まれたものも、俺には関係ない。ただ——」
スルクが手を上げた。
「もう終わりにしろ」
スルクの言葉は届かない。ズームが動いた。
最大出力の一撃が来た。
それがスルクに触れる寸前——存在ごと消えた。ズームの攻撃が、何もなかったことになった。
ズームが止まった。
スルクが一歩、踏み込んだ。
ズームの体の刻印の光が一か所に集まるように収縮した——スルクの手が触れた瞬間、それが砕けた。
音はなかった。
ズームが崩れ落ちた。
膝をついて、そのまま前のめりになった。
神殿には沈黙が戻った。




