表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王リライト  作者: ゆずリンゴ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/114

106.ゼル

 ルベルドは立ち上がった。


 壁に手をついて体を起こす。レオニードがこちらに来た。


「ルベルド、大丈夫」


「……問題ない」


「嘘をついてはいけない。あの男との戦闘で君も、私だって危なかった」


「……少しだけ問題がある」


「正直に言えました。よかった」


 レオニードが軽く笑った。それからスルクの方を見た。


「先程の——リライトと言っていましたね」


「そう、リライト。命名は俺」


「それが、あなたの力ですか」


「……ルベルドも今練習中だ」


「あの一瞬、動きを止めたのも」


 ルベルドは頷いた。


 スルクがこちらを振り返った。いつもの笑顔が戻っていた。しかし少し——疲れた色が混じっていた。


「危なかったね」


「……なぜ動いた。観戦すると言っていたはずだ」


「観戦はしてたよ。よく戦ってたと思う」


「では、なぜ」


「レオニードさんに向かった一撃が、ちょっと本気すぎた。あれが当たれば……まずかったと思って」


 スルクが頭を掻いた。


「そもそも、俺が完全に観戦できるとは思ってなかったかな。自分の弟とその師匠が危ない目に遭ったら、手を出すよ」


(……俺の師匠、という言い方をした)


 ルベルドは少し止まった。


「この人もお前にとっては大事なやつだろ。それに今回の件に巻き込んだのは俺達だ。守る責任がある」


「……ありがとう」


 否定できなかった。だから素直に感謝をした。


「うん」


 スルクはルベルドの言葉に満足そうに頷いた。それからズームの傍に近づく。


「意識を失っている。ただ——」


 スルクが少し眉を寄せた。


「刻印を砕いた。これが体に与える影響が……どうなるかは分からない」


「話を聞き出せるか」


「やってみる」


 神獣が動いた。


 戦闘の間、祭壇の傍でじっとしていた神獣が、ズームの横たわる場所に近づいてきた。大きな体がゆっくりと傾いて——ズームを見た。


「——哀れなものだ」


 神獣の言葉が神殿に満ちた。


「——この者に刻まれたものは、術式ではない。命そのものに刻まれた呪いだ」


「呪い、か」


 スルクが静かに言った。


「……刻印の性質が、普通の強化術と違うと思っていた。体内に打ち込む技術は禁忌だが——それでも限度がある。あれは、そういう次元ではなかった」


「——神の力を奪うために設計された呪いだ。神に近づいた者が、より強く命を燃やす仕組みになっている」


(……だから神殿に来た時に暴走が激しくなったのか)


 ルベルドは頭の中で繋がった。ズームが神殿に辿り着いた時、刻印が反応した。

 奴らは神殺しを謳っているが、刻印を使ったとてまともに勝てるような相手ではない。しかし実際に神を前にするとその気配に呼応して、設計された通りに命を燃やし始めた。その結果があの暴走だ。刻印の改善のどこかの段階でそう進化させた。


「……助けることはできないか」


 神獣に向けて、ルベルドは言った。


「——でき得ぬ。呪いは既にこの者の命の根に及んでいる。私が手を加えれば、かえって早まる」


「……そうか」


 スルクがズームの傍に片膝をついた。


「意識は戻るか」


「——刻印を砕いたことで、一時的には戻る。ただし」


「短い、ということか」


「——そうだ」


 ルベルドがズームの肩に手を置いた。


「……ズーム」


 呼びかけた。


 しばらく、何も起きなかった。


 ズームの目が、ゆっくりと開いた。


 焦点が、今度は定まっていた。最初に神殿に来た時の、焦点のない目とは違う。人の目に戻っていた。


「……ここは」


「神殿の中だ」


 ルベルドが静かに言った。


「……お前は」


「意識が安定しないか。お前には何度も世話になったが。……ルベルドだ」


 ズームが少し動こうとした——動けなかった。体が言うことを聞かないようだった。


「……俺は、何を」


「色々迷惑なことをした。でも今は何もしなくていい」


「……俺の、刻印が」


 スルクが前に出る。


「砕いた。悪かったとは思っていないが、申し訳ないとも思ってない。刻印に手を出した末路だ」


 ズームが小さく笑った。笑顔とは言えない。何に笑ったかと言えば、自分自身を。


「……砕かれなくても、どうせ終わりだった。組織に入った時から、分かっていた。でも——」


 ズームが少し止まった。


「……ゼル、に、言われた。これが、俺のできることだと」


(……ゼル)


 ルベルドは静かに聞いた。


「ゼルとは誰の事か言えるか」


「……創設者、だ。組織を、作った人間。俺が、すべてを、捧げると誓った人間」


「……!名前か。本当の名前か」


「……分からない。俺たちは、ゼルと呼んでいた。顔も見たことが、ない。声だけを聞いた。しかし——」


 ズームの目が閉じかけた。


「……話は、まだあるか」


 スルクが聞いた。


「……ゼルは、生きていない。もういない」


「……生きていない?」


「……もう、ずっと前に。ゼルは——ゼルは、人ではなかったのかも、しれない。それでも、俺たちは——」


 ズームの体に、変化が起きた。


 最初は手の甲だった。皺が増えた。深く、細かく——皮膚が古くなった。それが腕に広がり、顔に至った。


(……老化が始まった?)


 急速だった。ほんの数秒の間に、ズームの顔が変わっていった。若い顔が、老いた顔に——さらに老いた顔に。


「……ゼル」


 ズームが言った。


「……おれは、ちゃんと、やっただろうか」


 返事は、なかった。


「……ゼル、おれは——」


 声が、止まった。


 体が動かなくなった。


 もう声もなかった。


 神殿に、静寂が戻った。


 誰も何も言わなかった。


 スルクがゆっくりと立ち上がった。


「……ゼル、か」


 静かに言った。


「……生きていない、と言ったな」


「ああ」


 ルベルドが頷いた。


「ずっと前に、と言っていた。しかし組織は動いている。それはどういうことだ」


「……俺には分からない。ただ——ゼルが生きていないとするなら、組織を動かしている何かは——ゼルの意志を継ぐ者か、あるいは」


「あるいは」


「ゼルそのものが、別の形で在り続けているか」


 レオニードが静かに言った。


「……それは、人の話ではなくなりますね」


「そうなる」


 神獣が動いた。


「——話は終わったか」


「まだ終わっていないが、聞けることは聞いた」


「——ならば、私はこれより休眠に入る。条件を満たした。信頼は確認した。神を守ろうとする者よ——その心は届いている」


「……ありがとう」


 神獣が祭壇の方へ向かった。大きな体が、石畳の上を音もなく動く。


「——一つだけ言っておく」


 神獣が止まった。


「——ゼルという者は、確かに人の世界に一度存在した。しかし人であることを、そこで失った。何を選んだかは問うまい。ただ——その名を口にした者は、既に限界だった」


「……それはどういう意味だ」


「——限界まで使われた者が、最後に呼ぶ名前。それがゼルだ。組織の中にいる者たちが、知らず知らずに縛られているものの名前だ」


 神獣がそれだけ言って、祭壇の奥に消えた。


 光が少し変わった。神殿全体が、静かになった。深い眠りに入ったような、安らかな重さが空間に満ちた。


 スルクが天井を見た。


「……眠りについた、か」


「ああ」


「よかった。これで、しばらくは安全だ」


「しばらく、だな」


「そうだな」


 スルクが水面を見た。帰りの道だ。


「……ズームのことを、どうする」


「ここに置いていくか」


「それしかないと思う。この神殿の中で眠らせる。神獣が休眠した場所だ。悪くない」


 ルベルドは何も言わなかった。


 ズームという人間のことを、ルベルドはほとんど知らなかった。二度戦った。最初の神域実習の時と、今日。どちらも、対話ではなく戦闘だった。


 しかし最後に聞こえた言葉は——戦った相手の声ではなかった。


(……誰かに、認められたかったのかもしれない)


「行こう」


 スルクが水面に向かった。


 ルベルドとレオニードが続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ