102.騎士団
神殿の外に出てから、ルベルドとスルクはしばらく黙っていた。
崖の上、海が広がっている。波の音が低く続いていた。
「……人間を連れてくる必要がある」
スルクが先に口を開いた。
「条件として言われた以上、それに応えるしかない。心から信じ合える人間、か」
「お前にとってはコゴメさんのことが頭に浮かぶ場面だな」
(……そうだ)
ルベルドはそう思った。正直に言えば、条件を聞いた瞬間に最初に浮かんだのはコゴメだった。信じている、ということならば——コゴメとルベルドの間には、その言葉が当てはまる。
しかし今、コゴメに会える手段がない。
学園を追われた状態では、学園内にいるコゴメと直接接触することができない。学園の外、誰か通じることも考えたが、コゴメを巻き込むにはこの件はあまりにも危険すぎる。
(……会いたい、と思う。しかし、今は違う)
「コゴメに頼める状況じゃない」
「そうだな。となると誰だ」
ルベルドは少し考えた。
「レオニード先輩だ」
スルクが軽く目を上げた。
「先ほど読んだ書類に書いてあった。先輩は卒業後、騎士団に所属している。幼い祝福受領者の護衛をしているとあった」
「連絡先は分かるか」
「分からない。ただ、場所を探す手段はある。騎士団の所在は調べられる。先輩は学園の頃から、連絡を取り合う方法を俺には何も教えていなかった。卒業後に会いに来るなら、直接行くしかない」
「なるほど」
スルクが海を見た。
「俺はここで待つ。お前が先輩を連れて戻ってこい」
「一人でいいのか」
「俺が出ると目立つ。警戒対象一覧の最上位に載っていることを忘れたか?お前一人の方がいい。それに——」
スルクが少し口の端を上げた。
「俺がいなければ、先輩と二人で話せる。師弟の時間じゃないか」
「……そういう話でもない」
「まあ、とにかく。早い方がいい。アダムがまた動くかもしれないから」
「分かった」
ルベルドは立ち上がった。
「どれくらいかかるか分からない」
「問題ない。待つことは得意だ」
「本当か」
「まあ、そこそこ」
「……信用できないな」
「それは傷つく言葉だよ、ルベルド」
スルクが笑った。
ルベルドは踵を返した。崖を下り、港の方角に向かって歩き始めた。
◆◇◆◇
レオニードの所属する騎士団の支部がどこにあるかを調べるのに、半日かかった。
騎士団の情報は公開されているが、個別の任務の詳細は外部に伝えられない。港の近くの書記所で書類を確認し、周辺の商人に聞き込みをして、ようやく「南区の宿舎を拠点に、令嬢の護衛を行っている部隊がある」という情報を得た。
南区。ハートヴェルの街から少し離れた静かな地域だ。貴族が別邸を構えることが多い場所でもある。
宿舎の場所は分かった。
石畳の広い通りを歩くと、緑の多い広場の前に、警備員が立つ建物が見えた。騎士団の紋章が入った旗が掲げられている。
(……ここか)
近づこうとした、その時だった。
「止まれ」
声がかかった。
正面から歩いてくる人物がいた。制服を着ており、騎士団の肩章をつけている。年齢はルベルドより数年上——二十代前半か。背が高く、肩幅が広い。陽に焼けた顔に、真っ直ぐな目をしていた。
その目が、ルベルドの顔を見て細くなった。
「……お前、学園の生徒か」
ルベルドの内にある優れた魔力量を見ての感想だった。
「元学園の生徒だ。今は在籍していない」
「名前は」
「ルベルド」
男の目がさらに細くなった。
「……ルベルド。学園で最近あった事件——その中に出てきた名前じゃないか」
(……把握されている)
「何の用だ、ここへ来た目的を言え」
「レオニード先輩に会いに来た。用がある」
男の表情が変わった。
細かった目が、今度は別の意味で細くなった。
「——レオニードに?」
「そうだ」
「随分変わった呼び方をしているがレオニードとお前の関係は何だ」
「師弟だ」
男がルベルドを見下ろした。
少し間があった。
「……師弟」
声のトーンが変わった。怒りとも呆れとも取れる声だった。
「お前のような若造が、レオニードの弟子だと」
「そうだ」
「証拠はあるか」
「証拠を求めるなら、本人に確認すればいい。俺が嘘をついているかどうか、当人が一番分かる」
男がルベルドを真正面から見た。腕を組んだ。その後ろで、魔力の質が少し変わった。
(……風属性だ)
ルベルドはそれを皮膚で感じた。敵意ではない——しかし、警戒だ。
「……俺はアレクセイ。ここの騎士団でレオニードより先輩にあたる者だ」
「そうか」
「そうか、で終わらせるな」
アレクセイが一歩前に出た。
「今、学園では問題が起きた。魔族が生徒に混ざっていたという話が出ている。お前はその当事者ではないか?」
「……否定しない」
「正直なやつだな」
「嘘をつく必要はない」
アレクセイが少し間を置いた。
「なら聞くが——そういう事情があるお前が、レオニードに会いに来た。その理由は何だ。ただの挨拶ではないだろう」
「頼みたいことがある。内容はレオニード先輩に直接話す。お前に先に説明する義理はない」
アレクセイの目が、わずかに揺れた。
怒りの色が滲むが、それだけではない——何か別のもの、警戒、嫉妬、色々な感情に読み取れる。
「……レオニードに会わせることはできない」
「理由は」
「俺がそう判断したからだ」
「それは理由にならない」
「なる。俺がここの先輩だ」
「先輩後輩の話ではない。俺はレオニード先輩と直接話す必要がある」
「その必要があるかどうかも、俺が判断する」
(……融通が利かない人間だ)
ルベルドは少し止まった。
(いや——融通が利かないだけではなく、レオニード先輩を守ろうとしている)
そう読んだ。この男はレオニード先輩に対して、通常の先輩後輩の関係以上のものを持っている。だからこそ、見知らぬ人間を会わせることを頑に拒む。
問題は——その判断を変える方法だ。
「師弟だということが嘘だと思うなら、直接確認しに行ってくれ。レオニード先輩はここにいるんだろう」
「……それをする必要はない。俺の判断でお前を帰す」
「帰したとして、俺はまた来る。何度でも来る。それよりも確認した方が早い」
「お前は——」
アレクセイの魔力が変わった。
風が、集まってきた。
「一度手合わせすれば、お前の力量が分かる。学園の生徒——いや、元生徒というなら、それなりのものを見せてみろ。それで判断する」
(……戦闘を望んでいる)
ルベルドは少し考えた。
(ここで断っても引かないだろう。戦うとして、リライトは使わない。今は使う場面ではない)
「……分かった」




