94.待てない
「巫女様、待って——」
「待てない」
ノクタールの声は静かだったが、揺るがない。長杖を両手で構えた姿は訓練された者のそれだった。
「この神域に害をなす者は、排除する。それが私の役目だから」
(……あの目は、本気だ)
ルベルドは動きを読んだ。加護を持つ者が本気で構えている。守護者という性質上学園で技を学んだ訳では無いのだろう。しかし技術が磨かれている。長年この場所を守ってきた者故の、熟練した構えだ。
「スルク、下がれ」
「分かってる」
スルクが一歩引いた。ルベルドが前に出た。
「俺たちは神を殺しに来たわけではない」
「そう言える立場じゃない。魔族の者が神域に入るとはどういうことか、あなた方は分かっているはず」
「分かっている。だが——」
「話はない」
杖が動いた。頭上から土砂が勢いよくルベルドに降りかかった。落ちる速度、量を考えるに手加減は微塵もないのが分かる。相手が魔族である以上は始末するつもりなのだろう。
続けて、人の背丈と同じ程の岩が3つ砲弾として飛んできた。速い。このサイズの岩を同時に生み出してダリアの炎の糸と変わらぬ速度で飛ばした。加護の熟練度の高さを感じる。
(いくつの時から加護を持ったのか……)
考えながらルベルドは左に一歩、闇の球体を放って2個の軌道をずらし、三本目は体を半転させて回避した。
(……防御より回避の方が消耗が少ない。この攻撃は威力が高い。正面から受け続けるには障壁に使う魔力が多くなりすぎる)
「話を聞いてもらいたい。俺たちの目的はあなたと同じだ。神を守りたい」
「信じろと言う方が無理」
ノクタールが踏み込んだ。近距離での杖さばきが速かった。横薙ぎと同時に鋭く尖った礫がいくつも来た。ルベルドは後退しながら防壁を展開した。礫がいくつか貫通してルベルドの頬を掠った
(一枚で受け止められなかった)
「ルベルド、やり合うよりも——」
「分かっている」
スルクの言わんとすることは分かった。消耗してから戦うのは得策ではない。それに、ノクタールを傷つけることを目的にはしていない。
ルベルドは大きく後退した。闇の魔力を足元に流して速度を上げながら、ノクタールとの距離を保った。
「俺たちはアダムと戦うために来た。神を守るためだ。嘘をついているのはあの男の方だ」
「信じることはできない」
「なぜだ」
「魔族がこの神域に入った理由を、私が信じる根拠がない。あなた方は魔族であることを否定しなかった。不干渉の条約を破り魔族がここにいる意味を、私はまだ理解できていない」
(……筋は通っている)
ルベルドは認めた。彼女の立場からすれば、当然の疑いだ。見知らぬ魔族が神域に入ってきて「守りに来た」と言っても信じる根拠がない。それもアップが先に情報を入れてしまった以上、言葉だけでの説得は難しい。
何発か攻撃を受け流し、ルベルドはノクタールの構えを観察した。
(……杖さばきの癖がある。右から左への薙ぎ払いの後、一瞬貯めがある。払った瞬間に礫が放たれるわけじゃない)
戦意を削ぐ、という判断をした。
次の薙ぎ払いに合わせて、ルベルドは動かなかった。防壁を展開するでもなく、回避するでもなく、ただ立っていた。
ノクタールの目が、わずかに揺れた。
攻撃が止まった。
「なぜ、避けない」
「俺がお前を倒すつもりがないことを、行動で示す他に方法がない」
一瞬の沈黙。
その沈黙を破ったのは、別の場所からだった。
「やあ、いい場面ですね」
アップの声が、柔らかく、しかし確かな重みを持って、二人の間に入ってきた。
「正直なところどちらを倒してもらっても、俺には都合がいい。巫女様がここで窮地に落ちいれば山の神が姿を見せるかもしれない。魔族の少年が手傷を負えば、それはそれで面白い」
ノクタールが顔を向けた。
「……あなたは、何を言っている」
「言ったままですよ」
アップが肩をすくめた。笑顔は変わらない。しかし目の中の何かが、ここで初めて変わった。
「本当に感謝しています。俺のために消耗してくれて」
杖を構えたまま、ノクタールの呼吸が変わった。理解が追いついてきた表情だった。
「……あなたが、嘘をついていたということで間違いないか」
「嘘というのは言い方が悪い。俺にとっての真実を伝えただけです。魔族が神域に入っているのは事実でしょう?」
「でも——」
次の瞬間、アップがノクタールの口元に1枚の布を当てた。するとノクタールは力が抜けたようにそのまま地面に倒れ伏した。
「あなたを騙したのは申し訳ないと思っている。本当に」
アップが一歩前に出た。その両手が、ゆっくりと上がった。
「ただ俺にも、目的があります。神以外にも今日は少し試したいことがあって」
袖をまくった。
腕に、刻印があった。
以前ズームと戦った時にルベルドが見たものとは違う。あの時の刻印でも既に形としては完成はされていた。しかしこの刻印はその更に上をいっていると一目で分かった。整然と、皮膚の下に溶け込むように刻まれている刻印の中に妙なものを感じる。少し神の加護に近い。
(……これが、コゴメの血を使った改良版か)
思い出した。スルクが言っていた。祝福を受けた者の血を採取した意味が。今まさに、その成果が目の前にある。
「改良版です。ver.2.115もかなり安定してきた。今日はフィールドテストに丁度いい相手が揃っている」
「……試す気か、俺で」
ルベルドが前に出た。
アップが微笑んだ。
「一番近くにいたのが君ですから。それに魔族相手なら、本気を出せる」
刻印が輝いた。
同時に、アップの全身から光が溢れた。




