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怪談遊戯~冥界ドライブ~  作者: 雪鳴月彦
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第三十話:立ち入り禁止

「その土地に眠る霊の怒りに触れたのか、あくまでも不幸な偶然か。真相は知る由などありませんが、こういった話は珍しくはないですからね。好奇心は猫を殺す。イギリスのことわざですが、あながち間違ってもいないでしょう」


 黙って話を聞いていた俺の様子をさり気なく窺うかのような目線を、見越は一瞬だけ向けてきた。


 深読みだと思いたいが、今の怪談は俺に対する忠告も含んでいたのだろうか。


 仮に、これから向かう場所で祟られたりしても知りませんよと、そう暗に告げているのだとしても、残念ながら俺にやっぱり引き返してくださいなどという、つまらない言葉を吐く気持ちはさらさらない。


「好奇心がなくなったら、人生なんて楽しくありませんよ。ですけど、今の話にでてきた友人というのは、きっと大昔に処刑された人の怨念に触れてしまったんでしょうね。そういうケースがあることは、俺もわかってます」


 わかっているからこそ、そのスリルや未知の力に近づいてみたい。


 そんな不謹慎極まりない思いが、常に俺の中に蠢いている。


 もはやこれは個性のようなもので、いくら自重しろと言われたとしてもどうすることもできない性質だろう。


 沸騰した水がお湯になって蒸発するのが当たり前のように、手の届く範囲に怪異があればそこへ踏み込んでしまうのが自分という人間なのだ。


 そもそも、オカルト好きとなった自分が、一番最初に霊が潜むかもしれない危険な場所へ自ら赴こうと思い立ったきっかけをくれたのは、とある個人ブログで見つけた体験談だった。


 見越が今話してくれた、足を踏み入れてはいけない場所に纏わる話と理屈はほぼ一緒の、禁忌きんきに触れたというブログ主の体験談。


 それを読み終えたとき、胸の奥に負の好奇心がムクムクと芽生えてきた感覚を、今でも鮮明に覚えている。


 自分も、これくらい非現実的で説明のつかない体験を目の当たりにしてみたい。


 そんな欲求に、心が支配されてしまった瞬間だった。


 それによって、俺は本やテレビで怪異を見聞きするだけの生活に満足ができなくなり、より深い非日常の世界へ飢えるようになってしまった。


「実はですね、俺も今お話いただいたのと少し似た内容の怪談を知ってるんですけど、お返しにお聞かせしましょうか。こっちの話は処刑場跡地みたいな特殊な場所での話ではなく、もっと身近な所に潜む怪異になります」


「ほう、面白そうじゃありませんか。どのようなお話か、興味はありますね」


 パシ……っと、すぐ横の窓が小さな音を鳴らし、道路まで突き出してきた細かい枝葉が車体を掠めたのだと、数秒遅れて俺の脳が理解する。


 ほとんど車の通らない山道。この劣悪な道程により、もし車に傷ができてしまうことになったら、さすがに申し訳ないことをさせてしまっているな。


 そんな今更ながらの配慮が胸中に飛来してきたが、引き返す気もないためすぐに意識の外へと叩き落とす。


 個人の車でないのだから、きっと直すとしても会社が負担をするだろうと安易に割り切り、俺は思考を語ろうとしていた怪談へと切り替える。


 もうかなり前に見たネットのブログだ。さすがに一字一句漏らすことなく暗記しているわけではないため、細かい部分は脚色をしなくてはならないが、大まかな内容さえ合っていれば特に問題もないだろう。


「これはもうかなり前になりますが、今は封鎖されてしまった個人ブログに書かれていた、とある火災現場で起きた不可思議な事件の話です」


 当時、夢中で読んでいた文字たちを懸命に頭の中へ再現させながら、俺は嘘か真実かわからない、どこの誰が記したものかもわからないその話を、自分の太腿を見るよう目を伏せながら静かに語り始めた。




       ◇◆◇◆◇◆◇



 本当なのかふざけた作り話なのかは俺も未だにわかりませんが、もし実話であるとするなら、この話は一時的にでも事件として扱われていたかもしれません。


 このブログの主、“真夜中のフクロウ”と名乗っていた人で性別も年齢も不明なんですが、ブログを更新する数週間前くらいに、住んでいる場所の近くで火事が発生したそうなんです。


 燃えたのは平屋建ての一軒家で、全焼は免れたものの家の中はほとんど全てが焼き尽くされ炭化しているような有様だったらしく、消火後は外壁が形を保っているからまだマシに見えるだけの状態になっていた、と表現して書いていました。


 その火災現場は当然、現場検証をするために警察が出入りをしていたそうなのですが、やがて調べることが全て終わったのか、気づけば捜査員の姿を見ることもなくなっていった。


 火災は住民による火の不始末だったらしく、事件性はないものとして公表されたそうですが、そこに一人で住んでいた六十代の女性が中から焼死体となって見つかったということで、まぁ、地元では亡くなった女性の霊が出るとか見たとか、根拠のない噂話のネタになってしまっていたらしいです。


 どんな事情があってかは知りませんが、その焼けてしまった家屋はすぐに解体されることはなく、一ヶ月以上が経過してもそのまま放置されるような状態が続いていたそうで、夜間になると若い連中がふざけ半分で近づいたりしている姿も、近隣住民から目撃されていたといいます。


 そして、この話を書いたブログ主も例外ではなく、その家へ近づいた不謹慎者の一人だったんですね。


 事故から一ヶ月と少しが過ぎた頃。警察も完全に来なくなったのを見計らうように、友人と三人でこの家を訪れてみたんだそうです。


 人目につかないよう、時間帯は深夜を選び、三人で一つの懐中電灯を持って現場へと赴いた。


 火事になったその家は、窓は全て無くなり中の様子を外から窺うことができるような状態になっていて、懐中電灯の明かりを差し込ませると一面が真っ黒になった火事現場特有の禍々しい有様が目に映しだされ、周囲に微かに残る物が燃えた後の臭いも相まって、フクロウさんも気分が悪くなったと書いていました。


 警察のものなのか、一応入口には立ち入り禁止の黄色いテープが張られ、中へ無闇に入るなと暗黙の忠告を示してきていたそうですが、さすがにそれだけでじゃあ入るのは止めましょう、とはならなかったんですね。


 全員で入ってしまうと、万が一誰かが側を通りかかった時に気がつけないし、ばれて通報でもされたら面倒になると、じゃんけんで負けた人が一人で中を探索してこようという流れになったそうで。


 そうして、負けてしまったフクロウさんの友人が、一人懐中電灯を持たされ嫌そうなため息をこぼしながら立ち入り禁止のテープを潜り、家の中へと入っていった。


 高齢女性一人が暮らしていた平屋ですから、そもそも建物自体がそれほど大きくも広くもなかったそうで、窓枠だけになったその奥から友人が照らすライトの光や焼け落ちた残留物か何かを踏みしめる物音がひっきりなしに聞こえてきていたそうです。


 ちゃんと探索しているな。そんなことを思いながら、フクロウさんは一緒に残った友人と含み笑いをして、中の友人が戻るのを待っていたそうなのですが、探索を始めて五分が経ったかどうかという頃、突然家の中から「うわっ」と、何かに驚いたような友人の声が聞こえてきたんだそうです。


 それとほぼ同時に、ガツンッと何か硬い物がぶつかるような音が響き、窓枠から見えていたライトの光が不自然に揺れて動かなくなった。


 何だ、どうしたんだ。何かにでもつまずいて、転びそうにでもなったのかな。


 最初のうちはそんな風に思いながら様子を窺っていたフクロウさんと友人でしたが、どういうわけかそのおかしな物音以降、中から友人の気配が感じ取れなくなってしまった。


 歩く音は聞こえてこないし、ライトの光も、全く動くことなく静止している。


「どうしたんだろうなあいつ、まさか、転んで足挫いたりしてるんじゃ……」


「いや、それだったら俺らに助けくらい求めるだろ。転んで意識失ってるってこともあり得るんじゃないか」


 二人でそんなやり取りを暫時ざんじ交わし、それからフクロウさんはそっと近くの窓枠へ近づくと、そこから中の様子を窺ってみた。


 ですが、見える範囲に友人の姿はなく、その友人が持っていた懐中電灯だけが、黒く汚れた床の上に転がっていたんだそうです。


 おい、どうしたんだ? 大丈夫なのか?


 声をかけてみるも、反応は返ってこない。


 仕方なく、友人と二人中へ入っていったフクロウさんは、落ちていた懐中電灯を拾うと家の中をくまなく――と言っても、狭いうえに焼けてますから三分とかからずに全ての部屋を調べ終えたそうですが、まぁ調べられる所は全部調べてみたものの、どこにも友人の姿は見当たらなくなっていたのだそうです。


 ……何だ、ひょっとしてあいつ、一人だけ中に入らされたことを根に持って、俺たちを置いて先に帰ったんじゃないのか。仕返しに、俺たちを困らせてやろうって、そういうことかもしれないぜ。


 外へ出る場所なんて、いくらでもあったそうですから。


 フクロウさんたちから見えない死角をついて外へ出て、そのまま帰ったんだろうとその日は結論をだし、明日にでも問い詰めてやるかとこのときは解散になったということなんですが……。


 この夜以降、その先に帰ったと思われていた友人、行方不明になってしまったんだそうです。


 アパートにも実家にも帰ってはおらず、知り合いや親戚も誰一人足取りがわからない。


 正真正銘の、神隠しに遭ってしまったと。


 この話をブログに書いていた時点で、既に捜索願いも出されていたみたいですが、何も進展はないと書いてあった記憶があります。


 フクロウさん、立ち入り禁止テープを潜っていく友人の背中が、最後に見た光景として記憶に焼き付いてしまっているそうで、何だかあのとき張られていたあのテープは、この世と別の世界を区切る境界線になっていたんじゃないかと、当時のことを思い返す度に考えてしまうのだと、最後の方はそんなことを書いて話が締め括られていました。

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