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怪談遊戯~冥界ドライブ~  作者: 雪鳴月彦
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第二十八話:深夜ラジオ

「まだいくつかお話はあるんですけれど、ひとまずは以上が病院に纏わる恐い話になります。あまり恐くはなかったですかね」


 謙遜するような見越に俺は「いえ、そんなことはないですよ」と無難に告げて、バックミラーに映るその顔をジッと見つめた。


 話をしている最中も、見越はしきりにサイドミラーや、暗いだけで何も見えないはずの外の様子を気にしている風だった。


 何をそんなに気にしているのか。


 話を聞きながらも何度か周囲の様子を確かめてはみたのだが、やはりどこにも不審なものは見当たらなかった。


「俺が病院の話で一番記憶に残っているのは、中学の頃に読んだ漫画ですかね。男性患者が深夜に亡くなって、一時的に霊安室へ安置していたら、翌朝その患者さんに生前気に入られていた看護婦が、霊安室に安置されている遺体にしがみつかれるようにして死んでいるのが発見された、みたいな内容の。さすがに、こんなあからさまな出来事はリアルで起こることはないでしょうけど」


 自分の胸中を悟られぬようにと努めながら、世間話のように会話をして、俺はより慎重に見越を観察していく。


「そうですね。漫画であれば、大抵の出来事は何でもありで許されますし。ですが、もし本当にそんなことが起きれば、ニュースにはならなくても院内ではすぐに噂が広まることでしょうし、その病院を避けるような人も出てくるのではないでしょうか。ネットが発達した時代とは言え、やはり人同士の直接のネットワークの方が、まだまだ強固で厄介な部分もあるでしょうからねぇ」


「ええ。病院としては、隠したいでしょうね。マスコミだって、そんな事件……かどうかも曖昧ですけど、死体にしがみ付かれて死んでいた看護師なんて話、お茶の間には流せないでしょう」


「……となると、逆にそういう世間へは流せない、説明がつかないおかしな事件というものは、影に隠れてたくさんあるのかもしれませんよ?」


 ふざけてからかうような口調で見越は言うと、ゆっくりとブレーキを踏みスピードを落とし始めた。


 どうしたのかと訝しがる間もなく、ガタガタと車体が小刻みに揺れ出し、舗装されていない道路へ進入したのだということを理解した。


「ここからはずっと、路面の状態が悪くなりますので。車体が大きく揺れることもあるかもしれません、ご注意ください」


「はい。……しかし、こんな道路の先にあるのか」


 山の中とは言え、もう少し一般的なルートを通れるものと甘く考えていた。


 やはり自力で目指す考えを放棄したのは正解だったなと若干安堵しつつ、同時にこの道を帰りは歩かねばならぬのかと想像し気が滅入るのも自覚した。


 運動は基本的に苦手ではないし、山道を歩くことも好きな方だが、悪路であれば暗い中での行動はあまり良いものではない。


 霊や呪いよりも物理的被害のリスクが高まることが、一番に勘弁願いたいことなのだ。


「……さっきよりもまた随分と、道幅が狭くなっているように感じますけど。これ、万が一対向車が来たら避けることできますか?」


 一度後方を振り返り、それからまたライトが照らす前方へ視線を移し、俺は訊ねた。


「うーん、さすがにちょっと厳しいですかねぇ。でも、大丈夫ですよ。こんな場所、人が来ることなんて稀ですから。ましてやこんな時間帯に奥から出てくる人なんてまずいないでしょう」


 特に不安がる様子もないまま言われ、俺はそれもそうかと素直に納得する。


 実際、夏場の心霊スポットであれば、先客がいることなどそれほど珍しいことでもないのだが、向かう場所に関しては知名度を考慮すればその心配はほぼないのかもしれない。


 どの道、一人で散策するのが好きな身としては、誰もいない方が都合が良い。


「……ああ、そうだ。運転手さん、普段仕事中にラジオを聞くことって多いですか?」


 揺れる車体の中、見越のどこか不審な挙動には注視したまま、俺はチラリと車に付けられているラジオを一瞥しそう問いを投げた。


「ラジオですか? ええ、まぁ。聞きますけれど、それがどうかなさいましたか?」


 唐突に話題が切り替わり、素のような表情を見せながら見越が答えてくるのを聞いて、俺は意識して口角を上げると


「いえ、そう言えば以前にラジオに纏わる怪談を聞いたことがあったのを思い出しまして。良かったら話をしようかなと」


 そう言葉を返した。


 そこで一度、車体が大きく揺らいだ。


 路面がえぐれた場所にタイヤが取られたのだろう、バックミラーに付けられている御守りが縦に跳ねる。


「何だか、聞いてしまったら今後はラジオを付ける度に思い出してしまいそうですが……ここで断るのも後悔しそうですし、聞かせていただきましょうか」


 まず聞かないとは言ってこないだろうという、核心に似た気持ちへ応じるように、見越はやんわりと俺へ話すことを促してきた。


「ええ。是非とも、これからはラジオを聞く度に思い出してください」


 冗談口調でそんな軽口を叩いて鏡に映る見越を見つめ、俺は幼馴染の母親が昔体験したという、奇妙な出来事を語り始めた。





       ◇◆◇◆◇◆◇



 これは、俺の幼馴染の母親が体験したという話です。


 これを体験したのは、俺や幼馴染が生まれる数年くらい前だと言っていたような気がします。


 当時、その母親にはまだ子供がいませんでしたから、旦那さんと二人暮らしだったのですが、その時には既に家を購入していたらしく自分の持ち家で暮らしていたそうです。


 旦那さんは仕事柄、家を空ける日が度々あったそうで、そういう日は当然母親だけが一人家に残ることになってしまっていた。


 本人に寂しいとかいう気持ちはなくて、一人ならそれはそれで気楽だから良いかと、結構悠々自適な感じで生活をしていたそうなんですが、ある日……旦那さん側の親戚関係で法事があったそうなんですよ。


 でも、タイミングの悪いことに旦那さんは仕事で出張中。


 場所が遠方で離れている上、自分一人だけでるのも気まずいし、用事があることにして断ってしまえと、旦那さんの了承も得た上で、口裏を合わせ顔を出さずに誤魔化してしまった。


 相手側も特に疑ったりすることもなく、まぁ遠いことだし無理はしなくて大丈夫だと対応をしてくれ、母親もスムーズに話がついて良かったと内心、舌を出すような心地でいたそうです。


 ですが、その法事があった日の夜、母親は酷く恐い体験をする羽目になってしまったんです。


 その幼馴染の母親というのは、毎晩布団に入るとラジオを聴きながら眠るのが習慣だったそうなんですが、その法事があった日の夜……零時に近い時間だったと言っていました。


 布団に入り部屋の電気を消して、いつものようにラジオを聴きながらウトウトしていると、突然ラジオの音がノイズ混じりの不快な音を鳴らしだしたのだそうです。


 あれ、電波がおかしくなったのかな。いつもは綺麗に聴こえてるのに。


 母親も気にはなったものの、いかんせん眠気の方が勝り、まぁ別に良いかとそのまま眠りに就こうと放置していたらしいのですが、それが仇になってしまったのかもしれません。


 最初は普通にクリアな音が聴こえていたラジオ。


 そこにザザ……ザザ……っとノイズが混じりだし、だんだんラジオ本来の音が聴き取り難くなっていった。


 そうして更に暫くすると、ノイズが若干収まり、またラジオの音声が聴こえはじめてきたかな……と母親は思いかけたのですが、すぐにおかしなことに気がついた。


 ラジオから聞こえてくる音が、ついさっきまで聴いていた内容とあからさまに違う。


 何だろう、ノイズが混じっている間に別の番組が始まっていたのかな。


 そんな風に訝しみながら暫し様子を窺っていた母親でしたが、やがてそのラジオから流れてきいているものが何なのか、わかってしまった。


 ノイズに紛れて聞こえてきていた音……それ、お経だったって言うんですよ。


 すごく低い男の声で、唸るように淡々とお経を唱えている声が、ラジオから流れてきていたと。


 こんな夜中に、どうしてお経なんて……。


 さすがに気味が悪くなった母親は、もう今日はラジオを聴くのはやめようとスイッチを切ろうとしたそうなのですが、更にそこで自分が金縛りに遭っていることに気がついた。


 身体を動かそうにも、指一本動かない。


 唯一自由が利いたのは目だけで、母親は閉じていた瞼をそっと開くと、暗い寝室を必死に見回したというのですが、そのとき、部屋の入り口に近い位置に、誰かが立っているのが見えたのだそうです。


 一人きりの家の中、暗い部屋に見知らぬ誰かが入り込んでいる。


 その誰かは、真っ白い服を着てぼんやりと佇むようにして立っていて、母親は悲鳴も上げられないまま、ただジッとその誰かを凝視することしかできずにいたのですが、そうやってずっと見ているうちに(あっ!)と、その侵入者の正体が誰なのか気づいたのだそうです。


 そこに立っていた人物、それ、亡くなった旦那さん側の親戚だったって言うんですよ。


  ちょうどその日、法事で供養するはずだった親戚。


 それに気づいた母親、自分がズルをして法事に参加しなかったから、それで怒って自分の元へ来たんだと思い、心の中で必死に何度も謝ったんだそうです。


 そんな状態が十分近く続いたと言っていましたが、やがてその親戚は何の前触れもなくフッと姿を消してしまい、それと同時に一瞬前までずっとノイズが混ざっていたラジオの音がクリアになり、そこから聞こえてきていたお経もピタリと止まり、何事もなかったかのように聴き慣れたラジオ番組のトークが流れ始めたのだそうです。


 この体験をしてしまってから、母親は法事や葬儀がある際にはできる限り参加するように気持ちを入れ替えたそうで、実際俺の幼馴染も小さい頃からそういった場には毎回連れていかれていたのを覚えています。

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