第二十話:引っ越してきた人
「この世に未練を残していた……と言うべきなのか。しかし、亡くなってもまだお酒を求める父親も困ったものではありますね」
若干呆れたように笑いながら、見越はチラリとこちらへ首を曲げてきた。
「幽霊って、生前の想いが念として形になったモノなんても言われますからね。余程その父親は酒が好きだったんでしょう。でも何て言うか……酒で命を落としておきながらなお酒を求めるっていうのも、悲劇を通り越して喜劇にも感じますね」
「かもしれませんね。ご本人にとっては、笑い事ではないのかもしれませんが」
見越が大きくハンドルを切り、それに合わせて車も左へ旋回するかのように動いていく。
ライトに照らされる前方を凝視し、急カーブに差しかかったのかと気づくと同時に、既にここが峠道になっているのだと理解した。
「外の景色も、いよいよそれっぽい雰囲気になってきましたね。目的地まではまだ距離があるんですか?」
自然と心が浮つくのを自覚しながら問うと、見越は
「そうですねぇ、もう暫くはかかりますかね」
と、申し訳なさそうに応じてきた。
「何分、あそこは結構入りくんだ場所にありますからね。毎年夏になると、お客さんのように肝試しやら、あー……最近だと動画撮影ですか? ネットへアップして視聴者を喜ばせたいと考える方が訪れてはいるみたいなんですが、大抵は目的地へ辿り着けずに引き返してしまうパターンが多いようですよ」
仲間内の噂ですけど。
見越の言うことを聞いて、俺はそういえば……と、今から向かう廃墟に関する情報を自らの脳裏に展開させた。
ネットではそれなりに知名度はある。
過去に凄惨な事件が起きた場所であることは事実で、これに関してはきちんと調べれば正式な記録が残っている。
しかし、確かに自分と同じような趣味を持つ同士たちの中に、未だ現地の動画をアップしている者を確認できていない。
今の時代、動画サイトを漁ると、せいぜい数分もあれば心霊スポットの撮影映像をいくらでも見つけだすことができるのにだ。
たまたまなのか、それとも見越が今告げたように、目的地への行き方が複雑過ぎて単に撮影を諦める者ばかりという状況なのか。
「あの……今まで、俺と同じようにあの廃墟へ行きたいと言ってきた乗客って、一人もいないんですか?」
「私が知る限りでは、いませんね。場所が場所ですから、まさかタクシーで行けるとは考えてもいないか、でなければ訪れる理由が不謹慎なため、後ろめたくて頼めないか、恐らくどちらかだとは思いますけど。正直なことを言いますと、今日お客さんにあそこへ向かってほしいと言われたときは、内心驚いたのが本音ですから」
「なるほど……」
現実的に考えれば、ただの一般人が心霊スポット等へ出向く際は、事前に管理者へ許可を取らずにというパターンも少なくないと聞く。
かくいう自分だって、自己判断だけで動いているし、向かっている場所を現在管理している者が誰なのか、それすら把握していない。
そんなばれたら問題になるかもしれない行為を、他人に認知させるリスクは避けたいと考えるのは、ある意味自然の防衛反応ではあるだろう。
「念のため確認しますけど……運転手さんは俺のこと――」
「ああ、ご安心ください。他言するつもりはありませんよ。お客さんが警察沙汰とか、何かしらこちら側に被害を被ることさえしなければ、咎めるつもりはありません。そもそも、そういう気持ちがあれば行き先を聞いた時点でお断りさせていただいてます」
こちらの心を読んだかのように、見越は穏やかな口調でそう告げてきた。
「助かります。いや、本当はきちんと下調べや手続きをしなくちゃいけないんでしょうけどね。どうにも、そういうのは苦手なもので」
ごまかすように苦笑しながら言って、俺は飲みかけのペットボトルにわざとらしく口をつけた。
「堅苦しい手続きというのは、誰でも内心では面倒だやりたくないと思うのが普通ですよ。ましてや、今から行く場所なんて現在は誰が管理しているのか、そもそも管理自体されているのか地元の人だって知らないと言っているような所です。調べたところで、恐らくはすぐに手詰まりになっていたことでしょう」
「え? そうなんですか?」
「本来は、遺族や親戚等が管理を引き継いだりするのでしょうが、さすがにあんな事件が起きた場所を管理したがる人はまずいないでしょうから。そういう関係で、色々あったのではないでしょうか」
無人になって久しい家屋を取り壊したくとも、現在の管理人が誰なのか不明であったり連絡がつかなくなっていたりで、そのまま放置されている物件は結構あるというのは知っている。
国や市で管理しているわけではないため、どれほどのボロ屋であろうと勝手に取り壊しはできない。
そうなることで、町中で稀に見かけるどうして放置しているのかよくわからない廃墟が出来上がってしまうわけだ。
もちろん、他の理由で取り残されるパターンもあるのだろうが。
「でも、中にはもっと別の……非現実的な理由によって取り壊しができない建物というのもあるんですよね」
見越が話を続けてきた。
「ほら、怪談好きな方なら耳にしたことがあるでしょう? 建物を取り壊そうとした業者が、次々に事故を起こし死者が続出したとか、重機のトラブルが連続して作業ができなくなって諦めたとか。ああいうのはきっと、曰くつきの土地に手を出してしまったせいで祟られたのでしょうね」
「ああ、古い神社を壊したり、敷地内に祀られた祠を取り除いたら不幸が起きるようになったって話に類似しますね。昔何かを祀っていた跡地とかを利用して施設を建てようとしたら、作業員が何人も呪われたみたいなことも聞いたりします」
「やはり、この世にはまだまだ人が手を加えてはいけない場所というのが、そこら中にあるんでしょうねぇ。霊感でもあれば見分けがつくのでしょうが、一般人にはなかなか用心が難しいのが厄介ですが。……あ、そうだ。曰くつきの土地や建物と言えば、幽霊が出る家にまつわる話をいくつか聞いたことがありますので、ご紹介しましょうか。ちょうど、周りの雰囲気もそれっぽくなって参りましたし、怪談を語るのにはより最適でしょう」
左右に木々が生い茂り暗くなった空間を指差しながらそう告げてくる見越へ、俺はニヤリと笑い頷きを返す。
「断る理由が見つかりませんね。聞かせてもらえるのなら、いくらでも」
「そうですか。では、お話しましょう。ただ、最初にご紹介するお話は、曰くつきの家と言うよりも、その家に引っ越してきたご家族に問題があったという結末になるのかもしれません。真相は私の知る所ではないのですが、聞いた限りではそう感じましたので」
そんな言葉を一言添えてから、見越は新たな怪異を紡ぎ始めた。
◇◆◇◆◇◆◇
茨城から出張で来ているのだと仰っていた、五十代後半くらいの男性から聞かせてもらったお話です。
その方が住んでいる家――茨城にあるお住まいのことですね、その家に住んでいて、過去に一度嫌な体験をされたことがあったと言って、教えて下さったお話なんですけれど。
十数年前、すぐお隣に、あるご家族が引っ越しをされてきたのだそうです。
五十代の両親と三十代前半くらいの娘さんの三人家族。
挨拶を交わしてみた印象では、特におかしな感じもせず人当たりの良い印象を受けたと言います。
安心できる人が引っ越してきてくれて良かったな。
そんな風に受け止め、顔を合わせれば挨拶を交わし世間話をする程度の関係は築いていたそうなのですが、ある日の夕刻、たまたま自宅の窓から隣の家の様子が目に入ってしまったその方は、異様なモノをその目に映してしまい驚きで動けなくなってしまった。
窓越しに見えたのは一階のリビングで、そこを旦那さんが歩いて移動している光景だったのだそうですが、その旦那さんの後ろを、宙に浮かんだ二本の足がまるで追いかけるようにしてついていっているのが、はっきりと見えたらしいのです。
浮かんだ風船がスーッと横へ移動するような動きで、その足は旦那さんの後ろをついていき、そのまま視界から消えていった。
太腿から上は死角になっていて確認できなかったそうですが、どう考えても人間とは思えない動きであったし、かと言って風船の類とも思えない。
暫くの間、その方は自分が見たものが何だったのか自問していたそうですが、最後まで納得のいく答えを導きだすことができなかったそうです。
そんなことがあってから、一ヶ月くらいが過ぎた頃。
その方の奥さんが、引っ越してきた家族に関するある噂を近所のお茶飲み仲間から仕入れてきて、それを教えてくれた。
何でも、お隣に越してきたそのご家族、元は四人家族だったそうで。
以前に住んでいた家で、長男が首吊り自殺をして亡くなられていたそうなんですね。
その後、住みずらくなったのか、何か別の理由があったのかは定かでありませんが、隣の家に引っ越してきたらしいと。
その話を聞かされて、その方、真っ先に自分が見たあの宙に浮かぶ両足を思い出したそうです。
あれはひょっとすると、その自殺された長男が家族と一緒についてきて、今でも共に暮らしているという意味だったのではないか。
そう思い至ったものの、ご本人たちへ確認などできるわけもなく、そして恐がらせたくはないという理由から自分の家族にも話すことをしないまま、今でもお一人でモヤモヤとした気持ちを抱え込み続けているのだそうです。




