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怪談遊戯~冥界ドライブ~  作者: 雪鳴月彦
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第十八話:深夜のコンビニ

 数百メートルはあったであろう、長いトンネルを抜けた。


 密閉された空間から出た瞬間、明らかな空気の変化を五感で感じつつ、俺はより一層暗くなった外の景色を眺め回した。


 トンネルを境界線にして世界が変わったなと、そんな感想が頭に浮かんだ。


 完全に人工物が消え、外灯すら見当たらない漆黒の闇。


 山間部に踏み入ったのだろう、窓へ顔を近づけ目を凝らせば、大きな木々が連なる輪郭がぼんやりと見えてくる。


「……よく考えてみると、気味の悪い話ではありますね」


 たっぷりと十秒程の沈黙を流した後に、俺はそう静かに言葉をほうった。


「ひとつ屋根の下で暮らしてきた家族が、ある日を境にして別人のように変化する。見た目が変わるわけでもなく、これまでの記憶を無くしているわけでもない。でも、明らかに何かが一変してしまっている。自分がそんなおかしな体験をする側になったら、気分が落ち着かなくなるでしょう」


 家族の姿を模した他人と暮らしているような感覚になるのだろうか。


 漠然とした想像をしながら、俺が思ったことを口に出すと、見越は「そうですねぇ」と何かを考え込むように返事をし、


「その方の妹さんが本当に何かおかしな存在にとり憑かれてしまっているとして、では妹さん本人の意識はどこにあるのか、それが私は気になります。長い時間をかけて既に肉体だけでなく精神までも奪われているのか、それとも知らぬ何かに操られていることに気がつけぬまま、自らの変化を自覚できず共存しているのか」


 エアコンが効いている車内ではあるが、トンネルを抜けた辺りから一層温度が下がったように感じるのは気のせいか。


 山道に入ったことで外気の気温も若干下がったのかと思いつつ、見越の言葉に応じようと口を開きかけた時、


「――ところで、目的地まではまだ暫く時間がかかりますが、お手洗いなどは大丈夫ですか? この先に一件、コンビニがあります。何でしたら、一度そこで止めても構いませんが」


 一瞬前までの重い口調を一変させ、見越がそう問いを投げかけてきた。


「え? こんな所にコンビニなんてあるんですか?」


 外灯すらないに等しい場所だ。寂れた民家の一軒くらいならわかるが、店があるというのは驚きだった。


「ええ。ここ、これでも夜間はトラックが通ることが多いんですよ。そういう人たちが立ち寄るのには便利なんでしょうね」


「ああ、なるほど。じゃあ……そうですね。立ち寄ってもらっても良いですか?」


 この先トイレに寄れる機会もないだろうし、万が一に備えて飲み物と簡単な食糧くらいは用意しておいても損はないだろう。


「承知致しました」


 こちらの返答に頷いて、見越は暫しそのまま運転に集中でもするかのように黙り込んだ。


 特別重苦しい沈黙でもなかったため、俺も特に口を開くことはせずに黒く染められているだけの景色を眺めていると、十分程度の時間が過ぎた頃に前方で場違いとしか思えない見慣れた明かりが灯っているのが見えてきた。


 煌煌こうこうと灯るその明かりは、闇に覆われた山中で異様な存在感を放っていて、そこだけが周りから切り取られた異世界のようにも見えた。


 駐車場に車はなく、店内にいる中年と思しき男がこちらに気づき顔を向けてきたのがわかった。


「急がなくても構いませんので、ごゆっくり御用を済ませてきてください」


 適当な位置へ車を止めた見越が、肩越しに振り返り告げてきた。


「ありがとうございます」


 簡単に礼を言いタクシーから降りると、俺は明かりに引き込まれる蛾のような気持ちで店の入口へ歩いていく。


「いらっしゃいませ」


 やることがないのか、つまらなそうにレジの中に立っていた男が不愛想な声をかけながら入店した俺を見つめてくる。


「すみません、ちょっとお手洗いをお借りします」


 声をかけ、男が小さく頷くのを確認しながら手洗いへと向かい、中へと入る。


 時間帯が原因なのかは知らないが、こんな客のいない場所で朝まで仕事をするというのも嫌なものだなと思うと同時、俺はふと昔誰かから教えられた話を記憶の中に蘇らせた。


 誰に教えられた話だったか。


 その辺りはうろ覚えであるが、話の内容は正に今自分がいる夜のコンビニにまつわるものだった。


 正確に言えば、もっと夜が深まった時間帯。日付も変わった後の深夜に起きた出来事だったはずだが、あれもなかなか面白く聞くことができた話だと思う。


 確か、家族か知り合いがコンビニで夜勤をしていて、その時に体験した話だと言われたような覚えがある。


 都会ではなく地方のコンビニで、夜間はあまり客が来ることがない店で、その人はワンオペで深夜の業務をこなしていた。


 深夜となると客足はゼロに等しく、雑誌や飲食料の納品に対応し品出しをすると、後は適当に掃除をしながら時間を潰すことが日常だったという。


 ある日、普段通りに仕事を進め、客が来ない間に休憩を挟むかとレジの奥へ待機していると、客が自動ドアを潜ったことを知らせる音が聞こえてきた。


 あ、客が来たのか。


 そう思いつつ机上に置かれた時計を見れば深夜の二時半。


 こんな時間帯でも、客が来ることは稀にあるため、特に不審に思うこともなくレジの方へと出て客の対応に備えようとしたのだが、どういうわけか店内を見回しても人がいる様子がない。


 おかしいな、トイレにでも入ったか?


 そう訝しみながら、暫く立って待っていたが一向に客が姿を見せる気配はない。


 具合が悪いのか、それとも何か企んでるおかしな客か。


 不安に感じつつ、そっとレジを抜け出しトイレの方へ向かったその人は、遠慮がちにドアをノックし声をかけてみた。


 しかし、中から返事は聞こえず物音すらしない。


 これはいよいよおかしい。万が一にも中で倒れて意識を無くしていたとかなら、早めに対応しないと自分にも責任が生じてしまうかもしれない。


 そう焦ったその人は、「開けますよ?」と短く声をかけながらそっとドアノブに手をかけると、鍵が掛けられていたわけでもなくすんなりと入口が開いた。


 そっと中を覗くも、誰もいない。


 おかしいなと思いながら、再び店内へ戻って人の姿を探してみるも、やはり子供一人見当たらない。


 何だろうか、誰か店に入ろうとしてドアの前まで来たものの、そのまま気が変わって引き返したとか、そういうことだったのかな。


 思い当たる可能性がそれくらいしか浮かばず、ちゃんと店内のカメラ映像を確認しておくべきだったと一人肩を竦めながら、また事務所で休憩を取ろうとした瞬間――。


 バサッという音と共に、いきなり棚へ陳列していた商品が床へと落ちた。


 驚きつつも、並べ方が雑だったかなと落ちた商品を拾い、それを棚へ戻そうと顔を上げた時、落ちた商品が置かれていた位置、そのぽっかりと空いたスペースの奥からどす黒い色をした初老と思しき男の顔が、ジッと自分を見つめていることに気がつき、その人は大声を出しながら外へと飛び出した。


 その後は暫く、店内へ戻ることができずに駐車場で時間を潰しながら気持ちを落ち着けていたが、やがて意を決して再び顔のあった場所まで戻った時には、既にそこに人の顔などは存在せず、ただ商品が抜け落ちたままの空白ができているだけだったという。


 姿なき客と棚の奥にいた顔が何か関連性があったのかは不明だが、コンビニのような場所には時折こういった非現実が迷い込んでくることがある。


 少なくとも俺は、そんな話をこれまでにいくつか聞いてきた。


 辺鄙へんぴと表現したくなるような場所に建つこの店にも、そういう怪異は紛れ込むことがあるのか。


 非常に好奇心の湧く疑問ではあったが、そんなことを問いかけるのも非常識だろうし、見越を待たせ過ぎるのも申し訳ない。


 そう自分をいましめ、手洗いを済ませた俺は飲み物と食糧を適当に購入し、


「ありがとうございました」


 最後まで覇気のない店員の声に見送られながら店を後にした。

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