第十四話:お清め
「――まぁ何て言うのか、狐の嫁入りとか百鬼夜行とか、人外のモノが行列を作るといった話はよくあるじゃないですか? たぶんこの叔父が教えてくれた話も、それに似たようなものだったんだろうと思います。死期が近い人にはお迎えが来るって話も、これまでに何度も聞いたことがありますし、実際そういった存在はいるのかもしれませんね」
田舎には、今の時代でもその土地に古くから伝わる伝承が根付いている地域がある。
そういった中には、そこにしか存在しない現象や怪異が潜んでいたりするもので、この話に関してもそれらと同様のものと考えて差し支えがない内容になっているのではと、俺は考えている。
「死の間際にある人間には、先祖が迎えに来ているのが見えているという話なら、私も聞いたことがあります。とすれば、その雨の中を歩き去っていった人たちもまた亡くなった方のご先祖だったのでしょうかね」
「でなければ、その土地に祀られている神みたいな存在か、ですね。土着信仰で崇められているような」
車のライトが照らす前方を見れば、弱い光の外灯がポツンポツンと点在するだけの暗闇が充満し、それ以外の人工的な灯りは皆無となってしまっていた。
正確に言えば、かなり遠くに小さな明りは見えてはいるが、それが余計に周囲のうら寂しい雰囲気を強調してしまっている。
土地勘も何もないため道程はわからないが、徐々に目的地へと近づいてはきているなという感じがして、俺は自分のテンションが高まりそうになるのを自覚した。
「――人が亡くなると言えば」
数秒間の沈黙を挟んで、見越は闇に染まる前方を見つめたままポツリと言葉をこぼしてきた。
「お葬式に参列した後、家に帰った時にお清めの塩を身体に振りかけるというのは、ご存じですよね?」
「え? ええ、もちろん」
葬儀後、家の中に穢れを入れてしまわぬよう、玄関を潜る前に胸、背中、足へと塩を振りかける。
一般的な知識とマナーであるため、特に珍しい事柄でもない。
それがどうかしたのかと思いつつ続きを待つと、見越は
「以前ですね、まだ二十代前半くらいの若い男性が、そのお清めの塩を使わずに家へ入ってしまったせいで、恐い思いをしたという出来事がありまして。いやまぁ、ありましてと言いますか、ご本人から直接聞いた話なんですけれどね」
薄く笑って、小さく肩を揺らした。
「社会人になりたてで、初めてまともに参列した葬儀だったそうですから、塩の意味もわからなかったそうなのですが……せっかくですし、このお話もお聞かせしましょうか」
そうして、前方から走ってきた一台の車と擦れ違うのを合図とするように、お清めの塩にまつわるという話を語り始めた。
◇◆◇◆◇◆◇
その方が参列したのは、勤め始めてまだ半年の職場で一緒に働いていた、二つ上の先輩の葬儀だったそうです。
亡くなる前はかなりやんちゃな人だったそうで、休日前の夜はよく自慢の愛車を走らせ遊んでいたらしく、亡くなった原因も交通事故を起こしてのことだったと言います。
社会人となって、さすがにお世話になった相手の葬儀を無視するわけにもいかず、慣れないながらに参列をして手を合わせたその帰り。
住んでいたアパートへ戻り、そのまま部屋の中へと入ったその方は、帰る際に受け取った返礼品の中から会葬礼状を見つけたそうで、そこに入っていたお清めの塩に気づいたのはその時だったと言うんです。
しかし、気づいたところで今度はその塩の意味がわからない。
これは何だろうか。塩と書いてあるけど、お清めというくらいだから御守りみたいに持っていたり、仏壇のある家はそこに添えておいたりするのかな。
そんなことを考えながら暫し眺め、すぐに興味をなくし適当な場所へ放りそのままにしてしまった。
それから、その方の周りでおかしなことが起こり始めたのはすぐだったと言います。
夜、電気を消して布団に入ると、それほど広いわけでもない部屋の中で誰かが忍び足で歩くような足音が聞こえる。
誰もいないはずなのに、どうにも側で人の気配がする。
そして、パソコンでネットを見ている時やスマートフォンを弄っている時など、ふとした瞬間に室内から微かな線香のにおいが漂う。
何だか変だなと思いながらも、特別不自由があるわけでもなかったため、その方は深く意識せずに生活を続けていたらしいのですが、それから更に二ヶ月程が過ぎた頃。
夜、寝ている最中に突然胸部が苦しくなり、その方、目を覚ましたんだそうです。
持病があるわけでもないのに、いったいどうしたんだろうかと思いながら胸を押さえようとすると、どういうわけか身体が動かない。
呼吸もうまくできない状態のまま、どうにかこうにか目だけを開くと、仰向けに寝ている自分の上に、誰かが乗っかっているのがぼんやりと見えた。
誰だこいつ、泥棒か? こんな時にどうしたら……。
謎の胸痛で命をなくすか、不審者に殺されるか。
混乱よりも苦しさの方が勝っていたその方は、どちらの理由にせよこのまま自分は死んでしまうのではないかと恐くなったそうで、せめて何とか身体だけでも動いてくれればと、必死に腕に力を込めようとしたそうなのですが、その瞬間、突然上に乗っている何者かがぐぅっと顔を覗き込もうとするように身を屈めてきたのだそうです。
首でも絞められるんじゃないかと不安になったそうですが、それは一瞬のことで謎の人物の顔を間近で見た途端、その方、それが生きた人間ではない存在だとすぐに気がついてしまった。
と言うのも、間近に迫った相手の顔は、粘土でも練っているかのようにグニュグニュグニュグニュと蠢き歪んでいて、男のような顔になることもあれば女に見える顔にもなり、老人なのか子供なのか、それすらも判別できない異様なものであったというのです。
こいつは人間じゃない。
そう悟った瞬間、その方まるで意識を奪われるように気を失ったそうで、次に目を開けた時には朝を迎えていたそうで。
一人でいるのが落ちつかず、すぐに仕事の用意を整え出勤したその方は、職場の仲の良い先輩へ自分が体験した出来事を話して聞かせた。
するとその先輩、自分の後輩が葬儀の直後からおかしな現象に襲われているのを知った途端、
「お前、葬式の時に貰った塩、身体に撒いたか?」
と、固い表情を浮かべて訊ねてきたそうで、その方は素直に「使ってないです」と答えた。
途端、先輩はその方を叱り、すぐにお祓いをしてもらえと近くにある神社を紹介してきたそうで、後日先輩に付き添われるかたちでお祓いを受けると、まるで嘘のように部屋の中で起きていたおかしな現象がピタリと止み、その後は平穏に生活が送れるようになったのだそうです。
その方の部屋へ付いてきたモノがなんであったのかは定かでありませんが、やはり人の死に関わる場所や集まりには、言葉では表せない何かが潜んでいたりすることもあるのかもしれませんね。




