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怪談遊戯~冥界ドライブ~  作者: 雪鳴月彦
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第十五話:死体

 見越の話を最後まで聞いて、俺はふと思いついた疑問があった。


 葬儀に参列した際に貰えるお清めの塩。


 俺たちはその使い方や目的を把握しているし、それが常識として話を進めていたが、実際今の時代きちんと使い方を知っている若い人はどれほどいるのだろうか。


 それに、仮にほとんどの人が知識として身につけていたとして、その中の何割が真面目に使用しているのか。


 案外、迷信や何だと言って使わないタイプの人間が多いような気がしないでもないのではと、そんなことを思ってしまった。


 となると、知ってか知らずか穢れを家に招き入れてしまっている家庭というのは、案外その辺にいくらでもあるのかもしれないのでは。


 家庭内や身内、親友などに突然おかしな不幸が訪れたりした場合、その中の一定数にそういった隠れた理由があったりしても、俺は素直に納得してしまうだろう。


「……その人、もし先輩が助けてくれていなかったら、どうなっていたんでしょうね?」


 運よくお祓いができたから良いものの、呪いや祟りというは大抵の場合、霊感も何もない一般人が単独でどうにかできるものではない。


「……亡くなっていたのではないでしょうか。死因がよくわからないご遺体は建前上、心不全として処理されると伺ったことがあります。これが本当かどうかについては、私にはわかりませんが……世の中にはそういう風に曖昧なまま片付けられてしまう事案が多々あるのかもしれません。さすがに、死因は悪霊による祟りだった、なんてことは検察官も言えないし判別などできないでしょうし」


 どんな意図があったのか、見越はふぅっと鼻から小さく息を抜くと、そのまま暫し黙り込んだ。


 建前で処理される遺体。


 都市伝説の類にも聞こえるが、様々な怪談を聞いていると確かにそういうこともあり得るかもしれないなと、納得しそうになる気持ちもある。


 呪いや祟りに命を奪われるケースの話では、過去にいくつか特殊な死に方をした人間が絡む怪談を聞いたことがある。


 水も何もない場所で溺死していたり、既に亡くなっているはずの人物の手で首を絞め殺されていた事件など、所謂いわゆる怪事件とでも呼ばれるものがそれにあたる。


 他にも、外傷や持病が一切ない人間が、何故か突然死をしていたり。恐らくこういったものの一部が形式的な理由を埋めるために心不全として処理されているのかもしれない。


「……これは、お客さんからではなく、私の親戚から教えてもらった話なんですがね」


 俺が一人で考え事をしていると、見越がポツリと呟くようにして言葉を放ってきた。


 一瞬何だろうかと思いかけたが、すぐに会話の続きを再開してきたのだと気づいた。


「その親戚の叔父に、山歩きが趣味という人がいたそうなんです。その叔父が、過去に一度だけ山で死体を発見してしまったことがあったそうなのですが、その死体がね、特殊だったと言うか不気味だったと言うか……普通じゃなかったって言うんですよ」


「普通じゃない死体? バラバラの状態で遺棄されていたとかですか?」


 稀に発生する猟奇殺人にでも巻き込まれれば、ショッキングな死体に成り果てることもあり得るだろう。


 そういった話かと予測を立てたが、これに見越は首を振り、


「いえ、そういうのとも違うんです」


 と、意味深な発言を返してきた。


 そして、


「季節は初秋と言っていましたかね。ハイキングへ出かけた山で、その叔父の方、腐乱死体を見つけたそうで。ただこの話、それだけじゃ終わらなかったんですよね。少し、詳しくお話しましょうか」


 そう言い添えて、親戚の叔父とやらが体験したという死体にまつわる不可思議な出来事を語りだした。





       ◇◆◇◆◇◆◇




 その叔父が遺体を発見した山は、富士山とかのような標高の高い山ではなく、ごく普通の誰でも気楽に山菜採りやハイキングを楽しめる地元の山だったそうです。


 その日は休日で、早朝から一人で山へ出かけていたということですが、適当な場所へ車を止め、人気ひとけのない長閑のどかな山道を秋の空気と景色を楽しみながら歩いていると、ふとある不思議なことに気がついたのだといいます。


 自分が歩いている周囲をよくよく見回してみると、どういうわけだか妙にトンボが飛び回っている。


 まぁ、秋ですからね。トンボがいること自体は何も不思議なことではないのですが、ただそれにしてもその数が異様だったと言うんです。


 上空を見れば、十匹やニ十匹ではきかない数のトンボが飛び交い、近くの草むらにもそこかしこに羽を休めているトンボがいる。


 今年は随分とトンボが多いな。異常発生でもしているのかな。


 そんなことを思い首を傾げつつ、叔父は特に害もないからとそのまま先へと進んでいった。


 ですが、それほど進まぬうちに、叔父は何とも言えない異臭を嗅ぎ取り、この臭いは何だとハンカチで鼻を覆った。


 それはまともに呼吸をするのが困難な程に強い刺激臭で、叔父は本能的に嫌な予感を覚えたそうです。


 そのまま、なるべく息をしないよう堪えながら慎重に歩を進めていくと、前方に小道の入口があり、その付近を異様な数のトンボが密集して飛び回っているのが見えた。


 何であんな所にトンボが群がってるんだろうか。


 訝しみながら叔父がそちらへ近づいていくと、それに合わせて異臭も強烈になっていく。


 そうして、小道の前まで到着し、そっとその先を覗き込んだ瞬間――叔父はぐぅっと喉を詰まらせ、吐き気を催してしまった。


 覗き込んだ小道の先、入口から僅かに一メートル程の場所に、丸まるようにして横向きに倒れた男性の遺体があるのを見つけた。


 臭いの原因はこれだと悟ると同時、叔父はその異様な光景を前にいよいよ嘔吐しそうになってしまい、必死に喉の辺りに力を込め胃液が迫り上がってくるのを堪えたそうです。


 普通、腐乱し始めた遺体にははえが寄ってくるものというイメージがあるのですが、どういうわけかその遺体には数十匹のトンボが、まるで遺体の表面を覆うかのように群がっていたと言うんですね。


 叔父の目にはそれが気持ちの悪い不快な光景に映ってしまい、どうしてもそれ以上近づくことはできず、一旦その場を離れ警察へ連絡をしようと逃げるように踵を返そうとしたのですが、その瞬間――。


 まるで電気でも流れたかのような動きで、ビクンッと遺体が顔を上げ、叔父の方を見上げてきた。


 あまりにも異常なその出来事に、大の男である叔父も悲鳴を上げながらその場から逃げだし、一目散に車へと駆け戻っていった。


 遺体が顔を上げた瞬間、身体に止まっていたトンボたちが一斉に羽ばたいた光景はあまりにおぞましく、叔父の脳裏に強くこびりついてしまったそうで。


 ……ただ、それとは別にもう一つ。


 叔父を見つめてきた遺体の瞳。


 ほんの一瞬しか見なかったということらしいのですが……その両目、人間の目ではなかったと。


 死んで濁っていたり腐乱していたり、そういうことならあっても不思議ではない状態だったというのですが、叔父がその時に見た死体の目は、まるでトンボのような目をしていたと、そう言っていたそうなんですね。


 トンボの目って一度くらいは間近で見たことありませんか? 複眼と言うそうですが、あれと同じような目が腐敗した顔の奥に見えたと。


 その後警察が来て遺体は回収されましたが、結局叔父が見た死体の目は錯覚だったのかどうかは明確にできないままになってしまったそうで。


 遺体に群がっていたトンボの謎も含めて、モヤモヤとした気味の悪い思い出になってしまっているということです。

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