第十二話:啼泣に狂う
「なかなか良い話ですね。俺の両親は間違っても死後にそんな夢を見せてくれるような性格じゃない感じですから、そういう体験はさせてもらえないだろうなぁ」
真剣に自分の息子を心配するような親には恵まれていないため、俺は今の話をしたという男へ少しばかり羨ましいという気持ちを滲ませた。
体調不良で苦しんでいても、どうせ夜更かしでもしていたんだろうといったレベルの言葉をかけてくるだけで、他人事のように扱うような親では、死後もこちらへ干渉などしてくるわけもない。
「ははは、そんなことはないでしょう。どんな親だって、内心では我が子を想っているものですよ。ただ、距離感がわからなかったり不器用であったりするだけで」
「そうでしょうかね。いやもちろん、世の中の親というのは大抵そうなのかもしれませんけど、それでも全てに当て嵌まるものでもないんじゃありませんか? ほら、ここ最近は家庭内暴力や子供への虐待なんてニュースも増えてきていますし。未婚で子供もいない立場の俺が言うのも偉そうかもですけど、さすがにああいうのは親である資格なんてないですよ」
近頃よく目にするニュースでは、家庭内での暴力が殺人にまで発展するケースも珍しくはない。
しかも、そこまでに至る経緯や動機を聞けば、十中八九あまりにも馬鹿げた内容の事件ばかり。
それでも、そういった不幸を生み出す家庭というものが一定数存在してしまうのが、俺たちの生きる現実だ。
「DV、と言われるものですか。確かに、社会問題にもなっていますからねぇ。そういったケースのほとんどは、まともな親や大人が起こすものではないでしょうから、厄介な問題ではありますね。……ところで、今の話の流れで私、また一つ恐いお話を思い出しました」
深刻そうな硬い声で呻いた見越は、気分の沈むような話題を払拭させようとするかのように、僅かに口調を変えると、また怪談へ話を戻してきた。
「これは比較的最近のことなのですが、三十代くらいの女性を乗せましてね。その女性が、元夫にまつわる何とも不思議で少し不気味なお話を聞かせてくれたんですよ」
◇◆◇◆◇◆◇
その女性、一年程前に離婚をされた方だったのですが、その原因がホストをされていた旦那さんによる家庭内暴力ということで、特に当時まだ生後八ヶ月だったお子さんへの暴力があまりに酷く、このままでは殺されてしまうと恐くなっての決断だったと言っていました。
うるさいからなのか、お子さんが泣き始めると怒りだすことが多かったそうで、最初は文句を言いながら軽く頭を叩く程度から始まり、平手打ち、両手で掴み乱暴に揺する、終いには首を絞めるようにして掴み持ち上げる等、筆舌に尽くし難い行為を繰り返し、ある日持ち上げたお子さんを床へ投げ捨てようとするのを慌てて止めたことをきっかけに、これはもうこの人についてはいけないと、そこで離婚を決めシングルマザーとして生きていく決心をしたのですが、離婚をして半年くらいが経過した頃に、元夫のことをよく知る男性と偶然お話をする機会ができたのだそうです。
それで、その男性から色々と話を聞いてみると、どうやら元夫は女性と結婚する前まではかなり女遊びが激しかったようで、数人の女性を妊娠させた挙句、本気でもない女の責任など取るつもりはないからと、全て中絶させたりもしていた。そんな人間だったと言うんですね。
お話をしてくれた女性は、そういったことを全く知らなかったものですから、話を聞いた時はそんな男と自分は結婚してしまっていたのかと、頭が真っ白になったそうです。
更にその男性は、元夫の近況も教えてくれたそうなのですが、どうやら元夫は女性と離婚をして間もなくに仕事を辞め、それからずっと引きこもりのような状態に陥っているというのです。
男性も一応心配をして、二度ほど様子を窺いに足を運んだそうなのですが、元夫はほとんど食事もしていないのか病人のように痩せ細り始め、男性が話しかけても終始俯いて頭を抱えたまま、
「泣き声がする。ずっと耳元で赤ん坊の泣き声がするんだ」
と、意味のわからないことを繰り返し呟き続けているだけだったと。
精神病院にでも連れていくべきなのでしょうが、元夫はそれも拒み部屋から出ようともしないため、知人たちも手の打ちようがないと諦めかけている状況なのだと。そういったことを、教えてもらったのだそうで。
女性の方、離婚の際にはかなり反対されながら、どうにか離婚届けにサインをさせたそうですが、どうせ無理だろうしもう二度と関わりたくもないからと、慰謝料や養育費も全て諦め、催促はせずに終えていたそうで。
おかしくなった元夫と関わらずに済んだことを考えると、自分の判断は正解だったなと、肝を冷やしたらしいです。
……このお話で私が思ったのは、元旦那さん、仕事か離婚のストレスでノイローゼにでもなってしまっていたか、でなければ過去に中絶させた赤ん坊や裏切ってきた女性たちの恨みの念みたいなものにとり憑かれていたのではないのかなと、そう感じましてね。
因果応報、悪いことをする者にはいずれ必ず報いが訪れると言いますから、そういう風に考えると、お話を聞かせてくださった女性は離婚をして正解だったのかもしれませんね。
でなければ、元旦那の受けている呪いのようなものに巻き込まれて、より不幸な人生に陥ってしまっていた可能性もあるのですから。




